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いつも遠くにばかり光を見ていた。 希望はいつだって先の先の方にしかないような気がしていた。 中間の長い路には、散りばめられたものがあるのに それには目もくれず 暗がりにしかすぎず こちら側には何も映っていなかった。 自分の存在にさえ 見えないのか 見ようとしないのか 見たくないのか そんなこと一つ答えを出さないままに生きていた。 ただ自分の中に何も灯っていないのかというと 決してそうではない。 小さなロウソクの炎が、ちらちらと横切る。 別につかまえなくてもいい
夏が過ぎ、夏のはじまりを思い起こす。 はしゃいでいた光輝く時。 海沿いの道をバスに揺られて帰る。 旅の終わりだ。 雨降りの隙間で、ただ波間を見ている。 5.5は海抜を意味するのだろうと 海を知らない者は思うだけだ。 海抜は above sea level というらしい。 レンズが映り込む窓に向かって さよならと口ずさむ。声に出さずに心の中だけで。 会ったばかりだけれど どうしても、さよならは来てしまう。
雨が降っている。 窓のこちら側にさえ伝ってくるのは、侵害。 こちらにおいでよと誘うつもりなら、お断り。 あめかんむりに下と書く君は、しずくなんて響きをもらってる。 その時点で、私とは合わない。 睨んだところで平気な顔の💧は 人だったら、キライになってしまうのに。 君が雨の使者だからゆえ、指で止めるだけの意地悪でとどまる。 🌂 本当は私の赤い傘が狙いなのでしょう? 私に似合わない、真っ赤な傘。 太陽のようなお母さんが買ってきた誕生日プレゼント。 いまどき、どこの女の子
小さなカフェがありました。 お役所の駐車場の角にぽつんと建っているそのカフェが、本当はお役所よりもずっとずっと前からあったことを知る人はもういませんでした。 だから誰もがそのカフェはお役所のものだろうと思っているくらいでした。でも、本当はどこのものでもありませんでした。 そこには娘さんがいます。お父さんの手伝いをして、珈琲を入れています。彼女が入れる珈琲は、優しく人の心を包んでくれます。だからとても人気です。お役所の昼休みには、珈琲を求めて列ができます
誰かに包まれる想定は、いつだって甘い。 視線を感じる時、それを知った時 突然、羽衣のような 透明ジェルに守られていく。 春のステップ。 どうしようもなくはしゃぐ心をそのままに。 ワルツを踊る少女は、手を出せない幻。 いつだって、君は。 部屋に戻って 真っ暗にして ステレオの灯りだけの暗がりのまま ヘッドホンをつけたなら 夜の底に堕ちていきそうな メロディに、ただただ身を任せようか。
デパートの屋上に行ったら 強い風にあおられて、今にも飛ばされそうないぬがいた。 ハンチングをかぶった男の子が近づいて ミルク色の風船を取り付けたので いぬは空にふわりと舞い上がり、みるみる小さくなってしまった。 「ちょうどいのちがつきるとこだったんだ」 ぼくはその子が言った言葉を素直に信じることはできなかった。 ✜ 男の子は、おかあさまに さっきのいぬのようにふんわりした綿菓子をねだっている。 いいとこのぼっちゃんらしいその子は 綿菓子にかぶりつくことを許されていな
雨が降りはじめたのに、鳥の声が止まない。 私から姿を確かめることはできないが 鳥たちは何処で鳴いているのだろう。 身を隠せる葉陰があるのだろうか。 私は籠の中の一羽の鳥だ。 ずっとひとりぼっちで生きている。 最低限の粒を与えられ、心臓は動いている。 聴こえてくる鳥の声は一羽ではない。 多種多彩のそれらは きっと姿も飛び方も異なるものなのだろう。 羽の色も輝いているに違いない。 私はきっと以前にも鳥だった。 大空を飛んでいた微かな記憶を元に その頃すれ違った仲間たちを思
ここにリボンを結んだ人のことを考えてる。 誰に渡すプレゼントなのかと。 花の代わりに咲かせたのだろうかと。 🎀 心を打たれる瞬間や、すきだなぁとしみじみすることが あちこちでたくさん起こると 言葉は追いつかなくて ただ自分だけのコレクションになっていく。 🎀 ほんとは君に伝えたいけど 上手に受け渡せはしないだろう。 心のまま透明ボックスに入れて届けられたらいいのにな。
桜の色が、今よりも濃かったら、ここまで人々を魅了しただろうか。 そんなことを考えてみる。 半分の半に色と書いて、半色《はしたいろ》、と読む。 あるいは、半端のパの色、端色《はしたいろ》。ハシタイロ。 平安時代、高貴な者だけが身につけた色は、濃く深かった。 深紅や濃い紫色に代表される、はっきりとした、強い印象の色合い。 他の者には使うことが許されず、禁色《きんじき》となった色。 でも、だからこそ存在した、中途半端な色があって。 浅い色は反して、許色《ゆるしいろ》となる。
雪を載せた椿を見た途端 君を思い出した 冬になるとすぐに真っ赤になる頬 好んでつけていた赤い髪飾り はしゃいで雪を掬った赤いミトン 君と繋げるモチーフが色々あるけれど 何よりも この雪に似合う可憐さが ひときわ僕に訴えかけてきたようで あの街に残してきた君を思い出して 勝手に浸っている僕を許してほしい
記憶というのは実に曖昧で なのに強烈に覚えていることがある でも、そのシーンを誰も覚えていない時 それは現実にはなかったことなのかもしれない 証明できないことの積み重ねの日々 夜に滲んだ信号に似て ずっとチカチカして気になる 🚥 たとえば酔って歩いた、覚束ない記憶 どこを辿ったのか定かではないけれど 身体だけはどこかに心ごと運んでいく 人によって覚えているシーンが違うのは当たり前で 見た角度だって、聞こえた声だって違うんだ あの時君は、ふと違う人を見ていたかもし
涼しい風が吹くからここに避難したんだ、ぼく。 君の椅子になるためじゃないんだよ。 呑気にアイス食べてるとか、勘弁してよ、もう。 足ばたばたすると、くすぐったい! やだ、もぉーーー。 夕立がやってきて、滝の修行みたいに 雨に打たれるスケジュールだったのに 君が大きな葉っぱを傘にして座ってるから ぼくは、何故だか守られたみたいになってしまって。 でも、お礼なんか言わないからね! ああ、君。いくらちっちゃいからって横になるのはやめて。 ぼくは君のベッドじゃないよ。 他の
内緒で、君がつけているオード・パルファムの小瓶を買った。 夜、ほんの一滴をつけるだけで、君が傍にいるみたい。 包まれて、眠りにつく。 はじめて夜を過ごした時 君は意外な顔をして、私の髪に顔をうずめた。 「この匂い、シャンプーだったんだね。これすきなんだ」 正確にはね、シャンプーじゃなくてトリートメントだよ。 ホワイトシトラス。多分、ジャスミンの花の香り。 私もお気に入りだったから、「すき」と言われて嬉しくて はしゃいでいっぱいキスしたね、あの夜。 何度も何度も、互いの腕
昔から私は 寂しさからくる飢餓が 何かを生み出すような気がしていて しあわせを鈍化のように思っていたところがあります。 満たされないから、何か書けるって思っていた。 その欠落を補完するために 泉のように言葉が出てくるのが文学であると。 常に何かを探し続けて 巡り巡って勝手に疲れて 迷路の中をただひたすらに歩き続けるように。 昔の自分を思い出しながら 今は、ゆるく温いとこに停滞しているなと感じます。