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氷砂糖
小さなカフェがありました。
お役所の駐車場の角にぽつんと建っているそのカフェが、本当はお役所よりもずっとずっと前からあったことを知る人はもういませんでした。
だから誰もがそのカフェはお役所のものだろうと思っているくらいでした。でも、本当はどこのものでもありませんでした。
そこには娘さんがいます。お父さんの手伝いをして、珈琲を入れています。彼女が入れる珈琲は、優しく人の心を包んでくれます。だからとても人気です。お役所の昼休みには、珈琲を求めて列ができます。
それを面白く思っていない人がいました。お役所の食堂の係りの人です。食堂のごはんは割とおいしいのですが、珈琲はただ機械が入れているだけなので、あまり飲まれませんでした。
あのカフェさえなければ。タンクローリーでつぶしてしまいたい。
おそらく、その人の頭の中にあるのは、ロードローラーだったのでしょうけどね。
あまりに毎日そう思っていたので、考えがだんだん駄々洩れになっていくのに、本人は気づいていないようです。近くを通ると、その思いが流れてきて、周りの人は怖くなりました。
☕
ある日突然、カフェが消えていました。跡地はまっさらで、まるでそこには最初から何もなかったかのようでした。人々は、ああ、とうとう潰されたのだと嘆きました。
あの子は、どこに行ってしまったのだろう。
いつも珈琲に蜂蜜を入れてもらっていた戸籍係りの男の人は、心配になりました。いつも伏し目がちで、めったに笑顔を見せることなどなかったけれど、何も言わずにやって来る人のこのみの味を作ってくれていた。
とある角の空地に、あのカフェがそっくりそのまま登場しました。潰される前に救済しようと考えた土木係りの青年が、彼女を救ったのです。
今ではここは彼しか来ません。彼は朝も、お役所の昼休みも、夜も、いつだって珈琲を飲みに来ます。お客さんは彼だけなので、彼のこのみのものしか置いていません。彼のこのみ。彼女とカフェだけ。
他の人に知らせたりしたら、また潰しにやって来るかもしれないからね。僕が守るんだ。
カフェは表向きは何も変わらずに見えました。珈琲の香りも漂ってきて、だんだんと道行く人たちの気になる場所になっていきました。でも、ドアは開かず、クローズの看板が翻ることもなく、ただ一人だけの専用の裏口があるだけでした。
娘さんは何も言わず、相変わらず伏し目がちに珈琲を入れています。そして毎晩夜になると、そっと氷砂糖を裏に捨てていました。積みあがっていく氷砂糖の粒がきらきらと夜の街灯の下で光って、溶けることもなく時間が過ぎていきました。
それはきっと、彼女の心模様であったと、私は思うのです。
fin.
モノ カキコさんのすてきなイラストから
小さなおとぎ話を書いてみました。ありがとうございます💛
さみしげな表情に、惹かれてしまいました。
守るとは、やさしさとは、何でしょうね。
100週連続投稿になりました。忘れっぽいのに。
読んで下さった方のおかげです。ありがとうございます。
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いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。