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16世紀のヨーロッパ王妃にも「同人作家」がいた(しかもエロスな二次創作)

清少納言紫式部は、現代で言えば「同人作家」――以前、マンガでそんな内容のものを読んだことがあります(そして更級日記の作者は、その本を求めるガチオタ地方民…というのが理解しやすく、個人的にツボでした)↓。

(↑購入ボタンでなく書影をクリックすると、Amazonさんの商品詳細ページに跳んで詳しい内容が見られます。ちなみに、もう1作品、そういう内容のモノがあったはずなのですが…タイトルを忘れてしまいましたので、探せません…。)

「なるほどな…」と思いながら読んでいたのですが…何となく、ソレは「日本だからこそ」だと思っていました。

海外には「そんな人」はいなかっただろう…と。

ところが数年後、「ヨーロッパにもそんな人いた!」という人物を発見します。

それが、16世紀のナヴァール王妃にしてフランス王姉 マルグリット・ド・ナヴァルとの出逢いでした。

■16世紀の「二次創作者」はヨーロッパの王妃

この王妃を知ったのは、全くの偶然です。

元はと言えば「おとぎ話」のルーツを知りたくて、ヨーロッパの説話集の歴史を漁っていたのですが…

その中に「王妃でありながら作家でもあった」この女性が出てきたのです。

さらに驚いたのが、彼女の代表作が、とある有名作品の「パロディ」である、ということです。

世界史の教科書にも載っているイタリアの名著『デカメロン』――それを真似して書かれたのが、彼女の代表作『エプタメロン』でした。

さらに言えば、この『エプタメロン』……男女の恋愛(しかも浮気不倫なども扱う)をテーマとした、エロティックな内容の物語集なのです。

(さすがに16世紀に書かれたものですので、現代の官能小説のように直接的で詳細な描写はありません。)

実を言えば、本家の『デカメロン』にも、エロスな要素が無いわけではありません。

ですが、全てが全て「そういう物語」なわけではなく、むしろ中心は「恋愛」よりも「俗世の人間の滑稽さ」を皮肉ったもの…「コメディ」なのです。

一方の『エプタメロン』は、完全に男女の色恋の物語ばかりそれがメインテーマです。

「まるで、エロス要素をマシマシにした二次創作のようだ」…と、そんな感想を抱いてしまいました。

しかも後で知ったところによると、この物語、当時は売れに売れたビッグセラーだったそうです(文庫版の解説より)。

王妃でありながら、外国の人気作のエロティックなパロディを著し、しかもそれが売れに売れまくる(出版されたのは彼女の死後ですが)…

あまりにも気になる人物なので「歴史小説の主人公にしてみよう」と思い立ち、さらに詳しくその人生を調べ始めました。

…とは言え、日本ではほとんど知られていない人物のため、資料はあまりにも少なく…

代表作である『エプタメロン』でさえ、出版年月が古いものしかない上に、入手困難で、大変苦労しました。

(彼女の人生に関しては、主にウィキペディアの英語版(日本語版とは内容が違います)で調べました。おかげで「愛人」ですとか「腹違いの姉妹」ですとか、妙な英語ボキャブラリーが増えてしまいました…。)

ですが、調べれば調べるほどに、思いもよらない事実がどんどん出て来て、驚きの連続でした。

■王妃なだけでなく、フランス王姉。そして弟は有名画家のパトロン。

まず、彼女は「フランス王姉」なので、当然「弟」はフランス国王なのですが…

その弟が「フランソワ1世」であるという事実に、まず驚愕しました。

フランソワ1世は「フランス・ルネサンスの父」として有名ですが…個人的にはそれよりも「レオナルド・ダ・ヴィンチの熱狂的なファンで、パトロン」というイメージが強いです。

晩年のダ・ヴィンチを助け、城の近くに住まわせ、高い年金を払い…最期にはダ・ヴィンチがフランソワ1世の腕の中で亡くなったという伝説まであるほどの、親密な間柄…(その場面を絵画にした画家もいます↓)

ならば、姉であるマルグリッドも、ダ・ヴィンチと会っていたのかも知れない…と、想像がふくらみます。

(マルグリッドとフランソワ1世の姉弟仲は非常に良かったようです。)

■伯爵令嬢からフランス王姉へ。そして世界史の有名人たちとの関わり。

フランス国王フランソワ1世と、その姉マルグリッド。

実はこの姉弟、実家の爵位は「伯爵」でした。

昨今のファンタジー恋愛小説では、ヒロインは「公爵令嬢」が多く、伯爵令嬢(もしくはそれ以下の爵位の令嬢)は王子と結ばれない「当て馬」役(もしくは結ばれた王子ともども復讐される役)が多かったりしますが…

実際の歴史を見ると、婚姻には爵位よりも血筋が重んじられることも多く、伯爵家から王族となった例もあるのです。

実際、マルグリッドの弟フランソワは、傍流の王家の血を引いていたことから、フランス王女の夫となります。

さらにはマルグリッド自身、一度はイギリス王子との縁談が持ち上がります(マルグリッドの母が乗り気で進めていたようです)。

結局、その縁談がまとまることはなかったのですが…この話がまとまらなかったことは、マルグリッドにとって幸いでした。

なぜなら、その時の縁談の相手こそ、生涯に6人の王妃を持ち、うち2人を処刑台送りにした、エリザベス1世の父王「ヘンリー8世」だったからです。

マルグリッドは生涯に2度の結婚をしていますが、1度目では子ができず、2度目の結婚でも男児をすぐに亡くしています。

後継ぎの男子を求めて妻を次々替えていったヘンリー8世。彼と結ばれていたなら、マルグリッドもどんな運命を辿っていたか分かりません。

さらにヘンリー8世だけでなく、その2番目の王妃にしてエリザベス1世の母「アン・ブーリン」とも、彼女は関わりがあります。

アン・ブーリンとその姉は、かつてフランス宮廷に仕えていたのですが…その時のフランス宮廷こそが、マルグリッドの弟フランソワ1世と、その王妃の宮廷なのです。

つまり、マルグリッドとブーリン姉妹は、同時期に同じ宮廷にいたことになります。

■2度の結婚、2度目は11歳年下の「国王」

世界史上の「大物」たちと関わりがあった…というだけでも、充分に刺激的なのですが…マルグリッド自身の人生も、なかなかに波乱万丈です。

弟がフランス国王になり、自身は最初の結婚で公爵夫人となって順風満帆…かと思いきや、スペインとの戦争で弟は捕虜となり、その解放交渉や国王不在の国政、残された王子王女たちの世話などで、マルグリッドとその母親は東奔西走の日々(マルグリッドの父は、彼女が幼いうちに亡くなっています)…。

おまけに、マルグリッドの最初の夫は、この戦争がきっかけで亡き人となります。

2度目に結婚した相手が、ナバラ王エンリケ2世なのですが…この夫、マルグリッドより11歳も年下でした。

夫婦仲がどうだったのか、はっきり分かる資料は見つからなかったのですが…二人の間には一男一女が生まれています(うち男の子はすぐに亡くなってしまいましたが…)。

ちなみに、このマルグリッドの娘の名が「ジャンヌ」と言うのですが(ちなみに、後にフランス王を産む「ジャンヌ・ダルブレ」です)…

このジャンヌという名は、彼女の異母姉の名(そして、その姉の母親=「父親の愛人」の名である可能性も…。←「父親の愛人」の名は、資料により異なり、はっきりしません。)なのです。

愛人異母兄弟(姉妹)がいるとなると、普通はドロドロしがちなイメージですが…娘の名にその名を付けるというのは、なかなか想像力を掻き立てられる、不思議な関係性だなぁ…と思います。

■文芸サークルの主催者、そして文学の庇護者

当時の上流階級の女性は「サロン」を開き、文化人たちと交流を深めていました。

マルグリッドもサロンを開いていたわけですが…文学好きだった彼女のサロンは、当然のことながら「文学サロン」になりました。

文筆家たちの話を聞くだけでなく、自らも創作し、発表する――いわば文芸サークルの主催者だったのです。

彼女の代表作『エプタメロン』ができたのも、かつて、この文芸サークルの仲間内で「こんな本作ろうよ」と盛り上がったのがきっかけだったと言われています。

しかし、彼女の文芸サークルは、思いがけない苦難に見舞われます。

世界史上で有名な「宗教改革」の荒波に呑み込まれたからです。

カトリックVSプロテスタントの争いの中、プロテスタントの考えに通じる「新しい文学」は、神学者たちから目の敵にされ「禁書目録」に載せられました。

作品だけでなく、それを書いた作者たちも、弾圧され、迫害され、命の危険にさらされました。

マルグリッドは王族の権力をもって、できる限り彼らを保護しましたが…

そんなマルグリッド自身も一時、神学者の標的にされかけ…(さすがにフランス王姉なので、害は及びませんでしたが)、その後は思うように文学者たちを保護することができなくなってしまいました。

さらにはカトリック教徒であった弟フランソワ1世までもが、ある事件をきっかけにプロテスタントへの粛清を始めてしまったのです。

そうしてマルグリッドと親交のあった文人たちは、国外へ逃れ、彼女の元を去っていきました。

■「十日」までは遠く、未完の「七日」の物語に…

『エプタメロン』の執筆が開始されたのは、マルグリット50歳頃のこととされています。

かつて仲間内で「作ろうよ」と盛り上がった本は、彼女一人の手によって書き進められることとなりました。

多忙な彼女は、移動中の「輿」の中で、この物語を執筆していたそうです。

(「輿」は、ちくま文庫版のあとがきに書かれていたのですが…文字通り「輿」なのか「馬車(キャリッジ)」なのかは、あとがきの元となった資料が分からないので、確認できていません。)
 
『エプタメロン』の元となった説話集『デカメロン』のタイトルは、「十日物語」を意味します。

その名の通り、十日分の物語(登場人物たちが十日の間に語った物語を集めたもの…という「設定」)なのです。

『エプタメロン』も当初は『デカメロン』と同じく、「十日分の物語」を目指して書き始められたと思われますが…

その物語は、十日分になる前に、彼女の死により途絶えてしまいました。

『エプタメロン』は、マルグリッドの死後に付けられたタイトルなのですが…

彼女の死により未完で終わった物語が、七日分まで出来ていたことから「七日物語」――『エプタメロン』と名付けられているのです。

(↑上はエブリスタ版、下はブログ版です。ブログ版の補足には、ここに書いていない裏話も載っています。)



(↑平安文学×サブカル記事まとめ。)

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