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マリア・ジョアン・ピレシュの言葉

 ポルトガル出身のピアニスト、マリア・ジョアン・ピレシュ。日本のファンも多く、ピアノ演奏のみならず、その思想や行動に惹かれる人もいるのではないかと思う。以前スーパーピアノレッスンで出演していた時、生徒にかける言葉が印象的だった。

 ピアニストとしては非常に小さな手で、しかし凛とした演奏をする。超絶技巧やエネルギッシュな演奏を売りにするようなピアニストではない。思想家や哲学者のような印象を与えるピアニストだ。個人的には、とりわけアンサンブルが素晴らしいように思う。

 彼女の2018年のインタビューがこちら。パンデミックにより多くの音楽家が打撃を受けている今、彼女の言葉に考えさせられる。

https://jp.yamaha.com/sp/pianistlounge/interview/maria_joao_pires-2/p1/

「芸術家は創造することが使命であって、商業的な結果を気にする必要は本来ないはずでした。それなのに今、芸術と商業主義とのはざまの困惑が、ますます大きくなってきています。第二次世界大戦以降、エンターテイメントやショービズが発達したことで、芸術界全般が混乱しています。社会が芸術家に対し、市場で売れるようでなければ存在する権利はないと思いこませている。真の芸術家として生きることは不可能になってしまいました。若者にとって本当に意地悪な世の中だと思います。音楽学校や先生が若いアーティストに、自分の売り込み方や効果的なメールの書き方を教えるだなんて狂っていると思いますし、とても危険です」

「私もいろいろな失敗を経て進んできましたが、そんな中で感じているのは、例え今やっていることの意義が人々に理解してもらえなくても、自分の中で確信できていればいいのだということ。そして、常に正直に行動すること。そうすれば、経験が自分を助けてくれますし、自分自身が変わることを可能にしてくれます。変わることを許せるということは、自分が失敗することを許せるということ。それによって、真実を探っていく。こうして人は、より早く前に進んでいけるのです」

「人生は、人と共に生き、協同してこそ意味を持ちます。もし、私が得た何かを自分だけのものとして留めておけば、それはすぐに役立たずなものになってしまう。
 人が簡単に音楽の本質を見つけることはできません。でも若い人に伝えたいのは、本当に人と共に生きることを実行すれば、音楽の本質に向かう道は、見つけることができるということ。あなたが持つものが自分だけのものではなく、すべての人のものであると思うことができれば、道は開けるのではないでしょうか」

「時に“計画”というものは、人生に訪れる素敵なことを拒んでしまいます。人生にはたくさんの驚きがあふれているでしょう。私はいつもそんな何かを待っているので、いざというときのためのスペースを残しておきたいんです。起きた物事に、Noと言わないことにしているの」

 市場価値のないものは無価値なのか、生産性が人間の価値そのものに直結するのか、社会的価値が人間の価値を決めるのか、そういったことを考えずにはいられない現代。有史以来ずっと人間と生活を共にしてきた音楽や芸術が、商品の役割しか果たさなくなってしまう未来、または、既にそうなっているのかもしれない。

「社会が芸術家に対し、市場で売れるようでなければ存在する権利はないと思いこませている。」悲しいことに、これは非常に的を得ていると思う。

 

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