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どうか19歳の人生が「野球をやっていてよかった」と思えるものでありますように【8/12横浜戦◯】

その打球は、私たちが座っているライトスタンドの方めがけて、すっと飛び込んできた。まるで、ライトスタンドが打球を呼び込んだみたいに。村上くんのタオルを掲げていた熊本出身のオットが、大喜びではしゃいでいる隣で、私は目の前で起こったことがなかなか理解できなかった。

いつもそうだ、私はどんなことも、ストンと自分の中に落ちるまでに時間がかかる。

それが、村上くんのプロ初打席だった。新井さんが神宮での最終戦を迎えたその日、村上くんは、プロ初打席で、ホームランを放った。

あれからもうすぐ一年が経つ。あの日、希望の塊を私たちに見せつけてくれた18歳は、このたった一年の間に、信じられないほどの、成長を見せた。

「人と同じことをしない」というのが、思ったよりずっと大切なのだと、本当の意味で知ったのは、多分会社を辞めてからだと思う。

それは、とんでもなく立派なことを成し遂げるとか、すごい発明をするとか、そんなレベルのことじゃない。そうじゃなくて、例えばとりあえず毎日走るとか、宮古島の旅を3泊4日で終わらせないとか、あほみたいに神宮へ行くとか、毎日英語の本を1ページ読むとか、そういうレベルのことだとしても。

それは「人と同じことをしない」というよりもむしろ、好きなものに対して「人と違うことを恐れない」というくらいの、小さな心がけかもしれない。

そういう小さく、地味な「ちょっと違うこと」の積み重ねが、いつか「他の人にできないこと」に、つながっていくのかもしれない、と、少し思う。

9回表、みんなのマクガフが2失点したのを見ながら私は、「ということは、だ。」と、思った。「こんなにひっどい逆転負けを何度も何度も何度も見せられて、12球団で一番たくさん負けているチームを、性懲りも無く応援し続ける、というのもまた、「人と違うこと」なんじゃないのか、と。

そういう姿勢は、もしかしたら、いつか、何か、人と違うことを成し遂げる原動力みたいなものになるかもしれないじゃないか。

・・・もはや自分を慰める言葉すら思い浮かばず、私の思考はよく分からないことになっていた。いやだってもう、結構辛い試合を見続けているのだ。よく見ているよと自分でも思う。

9回表が終わった時点で、むすめが「荷物片付けちゃうね」と、言う。ここのところいつも9回裏はさくさくと終わってしまう。バックネット裏2階席は、横浜ファンの大声援だ。「そうだね、自分のものはバッグにしまっておいて」と、私は言う。

水筒をバッグにしまおうとしていたら、ココちゃんは、でっかいホームランを放った。目の前でそれは、バックスクリーンに飛んで行った。

続く雄平は、渾身の内野ゴロを掴み取った。私の手には、仕舞い損ねた水筒がまだ握られていた。

村上くんが打席に立つ。「そうか次は村上くんか」と、それくらいのことを、思った次の瞬間だった。祈る間もなく、その打球は、バックスクリーンにすいこまれて行った。

いつだってそうだ、私はいつだって、理解することに時間がかかる。

わっと上がったその歓声が、どこか遠くで聞こえる気がする。村上くんは、ゆっくりとダイヤモンドを回り、目の前のホームに戻ってくる。みんなが、みんなが笑っている。むすめも笑っている。ああ、勝ったのか、と、私は思う。じわじわと、涙が出る。水筒はまだ、私の手の中だ。

お立ち台で、「今25本です、あと何本打てそうですか」と聞かれた村上くんは答える。「そこじゃなくて、(チームが)勝てるように、もっともっと頑張りたいと思います」と。

19歳のその背中には、とてつもなく大きなものがのしかかる。そのプレッシャーは、倍近く生きている私の1000倍くらいは軽くあると思う。でもそれを背負ったまま、これからの野球人生を歩んでいく。

きつい時期だってきっとある。一つのシーズンで打てない時期もあれば、怪我でシーズンを丸ごと棒に振ってしまうことだってあるかもしれない。いろんな声が届く、もっと大きなプレッシャーがかかる、思い通りにいかない日々だってくる。

だけど、その時にどうか、今シーズンのこの1年を、打てない時もひたすらバットを振り続けたことを、上田にちゅーしてもらったことを、そうして乗り越えたことを、思い出して、何かの糧にしてくれるといいなと思う。いや上田のちゅーはいいけども。

輝かしい成績の裏に、たくさんの努力と苦悩があったことを。そして、「人と違うこと」を、積み重ね続けたことを。どれほどそこに才能があったとしてもそれでも、誰よりも一番、バットを振り続けたことを。

大きなものを、才能を、持って生まれたからこその苦しみはきっとどうしてもつきまとう。それでも、いつかバットを置くときに、そして人生を終えるその瞬間に、「野球をやってよかった」と思えることを、今19歳の村上くんの人生が、そうやって彩られていくことを、ずっとずっと願っています。

素晴らしい試合を、ありがとう。


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