優しさの湿布
体調不良や不眠、神経をすり減らす業務に、気がつけばただただその日をやり過ごす毎日で、そしてまた眠れず疲弊して…の負のスパイラルが続いている。
昨日も予約枠の倍近い患者で全ての時間がギッチギチ、目の前の仕事を片付けることに精一杯になっていたところに、受付職員から「受診患者さんご自身のことじゃないみたいんですけど…看護師さんに聞きたいことがあるみたいで。ちょっとお願いしてもいいですか?」と声がかかった。
一人の高齢女性が待合室の隅で背中を丸め座っている。
月に何度か診察やリハビリで来院されているので、お顔とお名前は存じ上げていたが、これまで次回予約日や処方内容の確認以外の言葉を交わした記憶はなく、はて何かあっただろうか(わたし何か為出かしただろうか)、と不安に思いながらお声をかけた。
「お忙しいのにごめんなさいね。実は、市販の湿布を買おうと思っているんだけど、どんなのがいいのか分からなくて」
湿布ならばうちのクリニックでも出せるのに…と急き心で発しようとしたとき、思いもよらぬ言葉が彼女の口からついて出た。
「難民の方に送ってあげたいのだけれど…」
「慣れないところでの生活に、とても疲れていらっしゃると聞いたの。わたくしの後輩がそういう方々を支援する活動をしているのだけど、肩が凝ったり腰を傷めている方がたくさんいらっしゃるんですって。なのに、海外には湿布というものがあまりないんだと言うんだもの。私もほら、薬や湿布のお世話になっていて、腰が痛い辛さはよくわかっているから。なにかしてあげられないかと思っているの。せっかく送るなら、効果の高いものを差し上げたくて。」
私の年齢の倍以上にもなる女性の、言葉の裏側の熱を帯びた優しさに触れた瞬間、心に燻っていた行き場のない日常の燃えさしが、燃え盛る暖炉にくべられた一枚の枯れ葉のように一気に焼失するのを感じた。
その女性がどんな境遇なのかも、普段どんな生活をされているのかも、なぜそんなにも会ったこともない異国の他人を想えるのかも私には分からなかったが、その暖かな想いは、間違いなく私に伝播した。
と同時に、「知ることがまず第一歩だから」とこれまで全くと言っていいほど動かずにいた自分を恥じる気持ちが湧き上がった。
女性の方に膝を向け座り直すと、市販で購入できる湿布薬の成分や価格の違い、製剤のタイプ、医薬品を国際郵便として送るときの注意点など、私が伝えられる限りのお話をさせていただいた。
話し終わると、「どんなものがいいのか、全然分からなかったから本当に助かりました。お忙しいのにお時間取らせてごめんなさいね。早速このあと薬局に寄って買って帰ります。ありがとうございました。」と目を合わせながら一言一言はっきりと伝えてくださった。
私が答えたのは、今どきの人ならネットで検索すれば瞬時に答えの出るような内容の事ばかりだっただろう。
しかし彼女にとってそれは簡単なことではなく、それでも「どうにかしたい」という強い想いが、いつも通院しているクリニックの人に聞いてみよう、ということに繋がったのだと思うと、その勇気と行動力に心が震えた。
「難民の方に湿布を送りたい」
という気持ちもさることながら、自分ではわからないものをそこで諦めるのではなく、実現させるための手段を考え次につなげていく姿は、私の理想の人間像そのものだった。
胸がいっぱいになるばかりに、どこの難民の方の支援をされているのかついつい聞きそびれてしまった。
ほんの5分程度の出来事だったが、5分間機械的にバタバタと動いていたのでは決して得られない大切なものを教えていただいた。
次に来院されたとき、この続きのお話を伺おうと思う。
業務に忙殺されず、きちんと人と向き合おう、そう心に誓った昨日の出来事。
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