室月 淳

産科医.胎児治療,出生前診断,超音波診断,臨床遺伝学が専門です.仙台在住.著書「出生前…

室月 淳

産科医.胎児治療,出生前診断,超音波診断,臨床遺伝学が専門です.仙台在住.著書「出生前診断の現場から」,「出生前診断と選択的中絶のケア」. 妊娠出産の一般的なこと,出生前診断や胎児治療について,遺伝子医療について,それから福島の県民健康調査についてなどを書いていきます.

最近の記事

切迫早産の国内のガイドライン

切迫早産にたいするベッド上安静や子宮収縮抑制剤の長期持続点滴にはエビデンス(科学的根拠)がありませんが,国内ではなぜかそれがふつうにおこなわれます.日本のガイドラインではそれを「推奨してないが禁止もしていない」.医療の現実となんとか折り合いをつけようと苦慮するあとがうかがわれます. 米国産婦人科学会は,母体死亡のリスクのおそれから長期持続点滴をすでに禁止しましたし,血栓や廃用症候群のため,いかなる理由でもベッド上安静にしてはいけないとの声明をだしています.日本のガイドライン

    • 風疹疑いの妊婦さんへの対応

      近年の風疹流行は2018-19年でした.風疹流行はだいたい5年おきとされていますので,いまだその徴候はでていませんが,そろそろ次の流行に注意しなければならないと考えています.産科的視点からたいせつと思うことをここにまとめます. 妊娠中に風疹に罹患すると胎児が先天性風疹症候群になることはよく知られていて,風疹の流行のたびにそういった子が全国で何十人生まれたという報道がよくなされます.さらに深刻なのは,そのかげには先天性風疹症候群をおおそれて,人工妊娠中絶された胎児がその100

      • 妊婦全員へのHIVスクリーニングに疑問

        妊婦健診ではさまざまな検査をされますが,そのひとつにAIDSの原因となるHIVのスクリーニングがあります.妊婦全員への公費によるこの検査には意義があるのでしょうか.この検査により全国で毎年30人くらいのHIV陽性の妊婦さんがみつかりますが,その多くはすでにそのことがわかっているかたがたです. このスクリーニングによってHIV感染がはじめてみつかる妊婦さんは,そのなかの4分の1くらいの7-8人程度です.ほかの3/4はすでに治療がなされている女性があらたに妊娠されたなどの事情で

        • 切迫早産の語り

          X上には、切迫早産の妊婦さんの語りがたくさんなされています。その症状がどのようなものか、なぜそれが生じたのか、どんな治療を受けているのか、今後はどのようになるのか、といった現在、過去、未来について語られるのがふつうです。語ることによって切迫がよくなるわけではありません。 しかしこのような語りには、切迫早産によってこれまでどおりにいかなくなった自らの日常をあらたに再構築し、あたらしい妊娠生活を送みたいという一種の希望が認められます。だからこそ切迫早産を語り、おなじようなひとと

        切迫早産の国内のガイドライン

          カジノ設置に反対する

          すでにカジノ法案は可決され、大阪などでは具体的に計画が進んでいるとのことです。コロナ感染の問題や夢洲の地盤沈下などにより、当初の計画が大幅におくれているようですが、2029年にはカジノが設置され,実際の営業がはじまるとのことです。 わたしがカジノに反対するのはもちろん道徳的な動機からではありません。賭博はおそらく人間の歴史とともに存在しており、それを否定するのは人間の本性を否定するのとおなじだと思います。またギャンブル依存症の問題もかなり深刻といえそうですが、そういったこと

          カジノ設置に反対する

          競馬場の(あまりよくない)思い出

          わたしは岩手出身です.実家から歩いて10分もかからないところに競馬場がありました.地方競馬,いわゆる草競馬のたぐいですね.10歳のときに盛岡に引越してきた当初は,最初はものめずらしいものでした.いまは競馬場は郊外に移転し,そのまわりはすっかり住宅地となって,跡地は公園として整備されています. 近隣の人間にとって競馬場は迷惑のひとことにつきました.隔週の金土日の開催日には,県内外のあちこちからカーキ色の作業衣をきたオッさんたちが集まってきて,とたんに町の雰囲気が悪くなります.

          競馬場の(あまりよくない)思い出

          東日本大震災の食べもののうらみ

          3月11日をむかえてみなが震災の思い出を書いているので、わたしも書きます。わたしの病院は津波とは縁遠い仙台市内の山のほうにあります。耐震設備もしっかりしていて、揺れもたいしたことなかったですが、とにかく長かったと覚えています。すぐに電気が使えなくなって情報から遮断され、沿岸での甚大な被害も知りませんでした。 自家発電による電気は通常の10%程度で、人工呼吸器や集中治療室の暖房優先で、病院内は日中でも暗くとにかく寒かったです。電気も水もだめになった市内のほかの病院は次々と機能

          東日本大震災の食べもののうらみ

          「疾風の勇人」論

          大和田秀樹「疾風の勇人」は,2016-2017年に「週刊モーニング」に連載された,池田勇人元首相を主人公にしたマンガです.「第三章」「第四章」も予定されていましたが,2017年に「第二章」が終わったところで突然休載となって,いまのところ再開の見込みはありません. 当時首相だった安倍晋三の祖父である岸信介が敵役として,妖怪然とした姿で登場していきたため,連載打ち切りには政治的な圧力があったのではないかと当時うわさされましたが,真偽はさだかではありません.大和田秀樹は,登場人物

          「疾風の勇人」論

          「命の選別」はいまや思考停止のいいわけ

          中絶について議論するとき,かならず「命の選別」という単語がでてきます.新聞雑誌でもテレビでも見出しにはかならずそう書かれます.数年前に記者さんと徹底的に議論したことがあって,そこでも議論をもとに記事を書いていただいたことがありました.「命の選別」はいまや単なる思考停止,思考の怠慢にすぎないから,そこを乗りこえていこうと同意し,それなりの記事になりました. 記事のなかには「命の選別」ということばは一度もでてきません.それにもかかわらず,デスクと呼ばれる編集長が見出しのなかに勝

          「命の選別」はいまや思考停止のいいわけ

          「自動車の社会的費用」

          広島や長崎,富山,高知といった街を訪れると,いまでも路面電車が都市交通のかなめとなっています.観光客にも使いやすくてとても便利な存在です.むかしは全国津々浦々にあった路面電車は,しかし1970年代に都市の混雑緩和のためにつぎつぎと廃止されていきました. ひさしぶりに宇沢弘文「自動車の社会的費用」をパラパラと読んでいたのですが,都市の混雑緩和のために1970年代に全国にあった路面電車がつぎつぎと廃止されたことに触れて,「(路面電車は)低所得者層のみならず,老人,子ども,身体障

          「自動車の社会的費用」

          映画「旅立ちの時」

          1988年のアメリカ映画.主人公ダニーは17歳の少年ですが,両親はベトナム反戦運動によりFBIから指名手配を受けていて,全米のあちこちを移動しながら逃亡生活をおくっています.主人公もそのつど名前をかえ,学校も転校をくりかえしています. ある学校の音楽教師が主人公の音楽的才能をみいだし,ジュリアード音楽院への進学を勧めます.ダニーはまた音楽教師の娘と恋におちます.そんなときに家族にFBIの捜査の手がのびてきて,あらたな「引越し」がせまられることになります.そのときダニーの決断

          映画「旅立ちの時」

          臨床ガイドラインにはない「希望」

          わたしたちが日常おこなう医療には,無数の問いとその答えのくりかえしがあります.問題があって答えがあるのは診療ガイドラインの形式といえるかもしれません.昨今のガイドラインはまさにQ&Aで与えられています.だから従来の医学生・レジデント教育は「ガイドライン」を覚えることが中心でした. しかし重要なのは「問いを見つける」ことにあるといえば,それに同意してくれるかたは多いと思います.問題を自分で見つけ解決していくところに真の臨床が生まれます.問題があっても答えがないこともしばしばで

          臨床ガイドラインにはない「希望」

          ロシアの詩人マンデリシュタームについて

          オシップ・マンデリシュタームは20世紀ロシアを代表する詩人です。スタリーンの粛清で逮捕され、1938年にシベリアの収容所で亡くなっています。彼の詩集はその後ながらくソ連では禁書とされてきました。パウル・ツェランが彼の詩をドイツ語に訳しています。 のちに出版されたマンデリシュターム夫人の回顧録の一節が忘れられません。夫の逮捕後、隠した詩集の写しがいずれみつかって破棄されても、いつでもそれらを再現できるように、ただひとりでひたすらすべての詩篇を暗記しつづけたのです。 レイ・ブ

          ロシアの詩人マンデリシュタームについて

          ニューヨーク派詩人 フランク・オハラについて

          フランク・オハラ(1926–1966)はアメリカの詩人.友人でおなじニューヨーク派のジョン・アシュベリーは,長命してのちにアメリカ現代詩を代表する詩人となりますが,オハラは残念ながら40前に亡くなっています.MoMAのキュレーターで,ジャクソン・ポロックなどモダンアートの擁護者でもありました. 日本ではあまり知られていませんが,わたしはどうしてか彼の詩にとても惹きつけられます.20代前半に日本橋丸善でこの詩集を手にいれてから,おりにふれて手にとります.オハラの詩の英語は非常

          ニューヨーク派詩人 フランク・オハラについて

          病名が患者の選択におおきく影響する

          福島の子どもたちにおこなわれている甲状腺調査でみつかるがんは乳頭がんです.10年生存率が98%とも30年生存率が99%ともされる若年者の甲状腺がんも,専門家にいわせるとがんはがんなのだそうです.しかし福島のこどもたちは「がん」ということばにひどく怯え,80%以上が不要な外科手術を受けています. これが過剰診断の害です.甲状腺調査が中止できないなら,せめて「がん」ということばをどうにかできないでしょうか.乳頭がんを「がん」と呼ぶことがおかしく,単なる乳頭腫です.がんではないも

          病名が患者の選択におおきく影響する

          妊娠中の風疹抗体価上昇について

          妊娠中の風疹罹患および先天性風疹症候群の児の出生についてを書きます.妊婦さんが風疹にかかると胎児に異常を生じることは広く知られるようになったので,妊娠中に妊婦さんの風疹抗体価を調べることがよくおこなわれています.しかし無症状のひとにスクリーニングとして検査をおこなえば,しばしば害だけがおきてくるのは,福島甲状腺調査やコロナPCRなどとまったくおなじです.医療における診断や検査の限界や問題を理解していただくために,妊婦さんの風疹抗体価スクリーニングを例にとりあげます. 妊娠中

          妊娠中の風疹抗体価上昇について