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病名が患者の選択におおきく影響する

福島の子どもたちにおこなわれている甲状腺調査でみつかるがんは乳頭がんです.10年生存率が98%とも30年生存率が99%ともされる若年者の甲状腺がんも,専門家にいわせるとがんはがんなのだそうです.しかし福島のこどもたちは「がん」ということばにひどく怯え,80%以上が不要な外科手術を受けています.

これが過剰診断の害です.甲状腺調査が中止できないなら,せめて「がん」ということばをどうにかできないでしょうか.乳頭がんを「がん」と呼ぶことがおかしく,単なる乳頭腫です.がんではないものをがんと呼んでいるために,本来ならばまったく不要な手術を80%以上のひとが受けて悲劇がおきています.

このことは世界的にも大問題になっています.以前に耳鼻科の先生がご紹介くださった論文を読んでみましたhttps://ja.ma/2Mu8Zuv.おなじ甲状腺「がん」を,一方は「甲状腺がんcancer」,もう一方を「甲状腺病変lesion」と告知したグループにわけ,それぞれがどんな治療法を選択したかを研究したものです.

「lesion」は「病気がある場所」くらいの意味です.わたしの「乳頭腫」の腫は腫瘍の腫で,良性のものと悪性のものを含みます.Lesionも悪性を排除していませんが,「腫瘍」よりもさらにマイルドな表現となっています.病理学的におなじ乳頭がんと判明したものを,「がん」と「病変」に分けたわけです.

研究の結果,「がん」ということばを用いて説明された場合,ひとびとは合併症や副作用のある甲状腺摘出術を,それも喜んで受けいれる傾向がありました.「病変」として説明された場合は,アクティブサーベイランス,すなわち経過観察を有意に高く選択しました.このように用語は患者に大きく影響します.

この論文の著者は,乳頭がんにたいする過剰診断と過剰治療についてはエビデンス的にあきらかだと書いていますが,本論では手術がいいとか経過観察すべきだといったことには触れていません.ただ「がん」ということばを使うことによって,侵襲的な手術を患者に選択させられると結論づけているだけです.

以前に過剰診断問題で,小児の甲状腺がんの30年生存率は99%で,それはもはや乳頭がんではなく「乳頭腫」だと多少の皮肉をこめて指摘したことがありましたが,甲状腺外科医や耳鼻科医からおおきな反発を受けました.「がんはがんなのだ」と.これはトートロジーですらなくただ連呼しているにすぎません.

顕微鏡的にはがんの特徴をもっていたとしても,若年者を「がん」という名前でおどかし不安にさせておいて,切除手術に誘導するというのは非倫理的なおこないではないでしょうか.若年者への検診の倫理的問題についてみながなぜ沈黙しているのか,わたしにはそこが理解できません.

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