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【連載小説】聖ポトロの巡礼(第13回)

おしまいの月20日

 今日の日記は衝撃的な内容になるだろう。あの男との会話を、できるだけ正確に(無論、覚えている範囲で、だけどね)記録しておこうと思う。
 長くなるかもしれないけど、この情報は後々まで役に立つかもしれない。

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 今日は曇り時々雨、そのときはちょうど小雨がぱらついていたかな? 俺は雨宿りがてら、町の西はずれに見つけた屋台で、例によってバンナバンナをむさぼっていた。他の客の姿もなく、もともとサバラバ語に堪能なわけでもない俺は、この世界に来てからはもっぱら無口だったが、今日は珍しく屋台のニイチャンの方から話しかけてきた。

「あんた、ポトロなのか?」

 俺はびっくり仰天して、手に持っていたバンナバンナの食いかけを、思わず足元にとり落としてしまった。なぜなら、その男は、俺の世界の言葉、しかも母国語で話しかけてきたからだ。

「おっと、びっくりさせちまったかね? ま、サバラバじゃこの言葉を話せる人間など存在しないのが普通だからね・・・新しいの、焼いてやるよ。」

ぽかんとした表情で固まっている俺の足元で、クシャッとだめになってしまったバンナバンナを見た彼は、そう言って新しいやつを用意し始めた。

「あ、いや、あの・・・」

俺の口からようやく出た言葉がそれだった。いや、それが言葉といえるかどうか分からないが。

「はは、言いたいことは分かるさ。何せ驚いたろう。それに、この言葉でしゃべるのは久しぶりだろうからさ。」

「ええ、まぁ・・・ていうか、あんた、何者なんだ?」

俺は不躾にも、そんな質問から会話を始めた。

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 彼の名前はズモー。どうやら、彼はかつて、俺と同じようにポトロとして旅をしていた事があるらしいのだ。そしてまた、彼も俺と同じように、元の世界からこのサバラバに迷い込んだ一人だったらしい。

「元の世界に帰る方法? あるにはあるけど、それは旅が終わんないことには分からないだろうな。」

帰れる! 俺は彼の言葉に歓喜した。帰る方法があるなんて!

「でもよ、たとえ元の世界に戻れるとしても、俺はごめんだったね。サバラバでの暮らしも悪くないぜ? バーガー屋はないけど、こうやってバンナバンナを毎日食べることができる。」

彼はそう言って、新しいバンナバンナを俺に差し出した。ズモーも俺と同じ、バーガー党だったんだろう。店まで出しちゃって。

 けど、確かにそうかもしれない。元の世界に帰ったとしても、ウサギ小屋みたいな集合住宅と、キツイ労働と、毎月のクレジットの支払い明細くらいしか出迎えてくれないはずだ。娯楽は少ないかもしれないけど、確かにこの世界も悪くないと、俺は旅を続けながら少しずつ思っていた。

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「『王国』ってどこにあるんだ?」

「王国? 王国って、何のことだ?」

「いや、ポトロはそこでロヌーヌに会うんだろ?」

「は?・・・ああ、お前さん、どう教えられたか知らんが、クッタポッタは、別に『王国』なんてもんじゃないぜ?」

 衝撃の事実!!!!

 なんとここまで来て誤訳発覚! だって、ラピが「冠をかぶった人」の絵を描いて、『この人のいる場所がクッタポッタ』だと教えてくれたもんだから、てっきりクッタポッタは「王国」という意味なんだと思ってた。

 そう彼に説明すると、

「はは、その説明は間違っちゃいない。でも、頭にクッタを乗せた人は別に王様じゃないさ。ま、行けば分かるよ。」

つまりだ、いわゆる伝統の衣装か何かで、頭に冠みたいなものを身に付けてる部族の集落を探せ、ってことなのか? なんかそんなニュアンスだった。

「あんたは、クッタポッタに行ったことがあるのか?」

「ああ、俺は最後まで旅をしたよ。あそこは、確かに最後の場所だ。そして、最初の場所でもある。」

「最初の場所? 俺はピトの町から出発したんだけど。」

「いやいや、そういう意味じゃない。あらゆるすべての始まりの場所だ。」

「よく分からないな。」

「いいか、旅を続けるんだったら、これ以上知ってはいけないよ。知ると、旅の意味がなくなる。」

「待ってくれよ、そもそも、旅の意味そのものを知らないんだ俺は。」

「ポトロはみんなそうだ。だけど、そうでなくちゃいけないぜ? なぜなら、知ってしまったら、お前さんはポトロでいられなくなる・・・そうすると、色々困るんじゃないか?」

・・・確かにそうだ。こうやってのんびりこの町に滞在できてるのも、ポトロが優遇される政策のおかげだから。

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 雨が上がったので、一旦俺は宿に引き上げることにした。最後に彼はこう言った。

「旅を続けな。その向こうに、きっとお前さんにとって大切なものがあるはずだ。それにもし前の世界に帰りたいんだったら、他に方法はないしな。」

俺は礼と、また来ることを告げて屋台を後にした。

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 ・・・いろんな情報が頭の中を交錯して、まだ整理がつかない。今日はきっと眠れないだろう。ま、困りはしないけど。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)