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【連載小説】聖ポトロの巡礼(最終回)

はじまりの月10日

 まさか日記の続きが書けるなんて思ってもなかった。俺にとっては、まばたきの間のたった数秒の出来事みたいなもんなのに、前のページから70年以上経ってるなんてホントに驚きだ。

 あんまりスペースが残ってないけど、書けるだけのことを書いておこう。

 カプセルに入ったあの日、マスクを最初に付けられるんだけど、その後の記憶がない。そこで麻酔にかかって、それでおしまいなんだろう。
 で、気がついたらこの体。なんと俺、14歳くらいの時の体に戻ってる。しかも、なんとサバラバ語がペラペラになってる。あと、サバラバの暦や気候、地勢や生き物の分布、そしてある程度の政治システムについての知識まで、頭に初めから入ってるんだ。何なんだこれは? しかも、前の肉体の時の記憶も完全再生ときてる。
 いやはや、これほどの科学技術とは。御見逸れしましたって感じ。

 新しい体には、当然のように、アレがない。つまり、俺の足の親指と親指の間に当たり前にあったはずの、あの器官がなくなってるんだ。ぶっちゃけ去勢されちまったわけだけど、今度はそっちが当たり前である考えが脳にすでにあるみたいで、全然違和感とか無い。ちなみに、お小水は肛門から排出されます。うーん実に機能的。

 目覚めたのは、クッタポッタの部屋の隣の、あの白い大理石のベッドだった。最初俺は何が起こったのかわかんなくて、あれ、死んだはずだったのに、と思った。ここは天国? とかってわけの分からないことを考えてたら、ロヌーヌがベッド脇にふっと出現して、
「お疲れ様でした。ご気分はいかがですか?」
と、いたずらっぽい笑顔で言った。

 それから、ロヌーヌが俺の身に起こったことを説明してくれた。それをかいつまんで書くと、ポトロがその役割を終えた後は、自らの生み出した最後の同性の人間に記憶が全部移し変えられ、そしてこのサバラバでの生活が許されるのだそうだ。
 ただ、元ポトロの人間には、彼らにだけ許された特別な役割があって、それは、新しいポトロがロヌーヌの元へ無事にたどり着けるように、空飛ぶサリサに乗って上空からこっそり監視するボランティア。このボランティアの人は、新たにたどり着いたポトロの思考や状態、行動をすべて監視できる特殊なモニターを持ってて、それらを使ってポトロたちの見えないところから彼らを守っているんだそうだ。
 なるほど、ドドロの実で死にかけてた俺を助けてくれたのも、きっと彼らなんだ。
 俺もぜひやってみたいと思うけど、このボランティアは肉体年齢が30歳を超えてからなんだそうで、それまでは、サバラバの一市民として、自分の子供たちと一緒に暮らすんだと。俺も30になるまでは、どこかの集落や町で暮らさなきゃならないらしい。まぁどこへ行くにしろ、周りにいるのはほとんど自分の子供なのに、自分自身が一番年下だなんて、なんかすごい変な感じ。

 はじめからこうなると分かってたら、あんなに思い悩む必要もなかったのに・・・その辺をロヌーヌに聞いてみたところ、
「いいポトロを生み出す条件をご存知ですか? それは、健康で強靭な肉体、世界や人々を愛する博愛の気持ち、これらは、お気づきのように、旅をすると自動的に身に付くようにプログラムされていましたよね? そしてさらにもう一つ。」
「もう一つ?」
「覚悟です。」
「覚悟・・・どんな覚悟?」
「父親になるんだ、という覚悟です。新しい命のために、自らの命を削る。自分の造り出した命は、たとえ自分の命を投げ出してでも守る。そういう覚悟のある肉体からは、非常に上質な生殖細胞が抽出できるのです。」
「ふーん・・・そんなもんなのか。で、俺の覚悟はどうだった?」
「それは、今後ご自分の目でお確かめになってください、あなたはもう自由なのですからね。」
彼女はぱちっとウインクして見せた。コンピューターにこんな魅力的なしぐさができるなんて・・・。

 そして、俺は自分の「覚悟」とやらを見に行くことにした。つまり、サバラバに転生するんだ。かつてのズモーのようにね。
 彼もおそらく、イレギュラーなんかじゃなかったんだ。ロヌーヌの嘘つきめ・・・しかし、ズモーが言ってた通りだったな。「行けば分かる」ってね。

生まれた子供たちは、ランダムに集落やら、町やらに転送される。でも元ポトロだけは、特別に転送先を選べる。
 俺は、転送先にピトの町を選んだ。
 今年の聖ポトロの日、俺はクッタポッタの更に奥の部屋にある、転送ポッドに入ってその時を待った。ロヌーヌが手を振って見送ってくれる。頑張ってくださいね、と彼女は言った。彼女の額には、例の星型の装置がキラキラ輝いてた。

 不意に周囲の景色が変わり、懐かしいピトの町の川原の広場に出た。周囲には、いつか見たのと同じように町の人が集まっており、一様にムーンをやってた。その中でも一番年上の男を見て、俺はすぐにピンと来た。
「ローゾーガイン、ラピ」
と俺は彼に微笑む。
 ラピはすっかりおじいさんになっていた。彼はもちろん俺を覚えていて、すっかり若返って子供になってしまった俺を抱き上げて、涙をあふれさせた。
「アイチャイ、アイチャイ、ポトロ! アイチャイ!」
「アイチャイ、ラピ、アーシーチャイ!」
懐かしい人との再会がこんなに嬉しいものだなんて。俺もいつの間にか涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 結局、ラピの家でまた世話になることになった。もちろんだけど、爺さんはもうとっくに亡くなっていた。ラピにも爺さんにも、王国の土産は買って帰れなかったけど、これからは俺がこの世界で生きる、世界の一部として。それが、俺からの爺さんへの手向けだ。
 またラピは、俺が前の世界に住んでいた頃の服をまだ残しておいてくれてた。さすがに70年経つともう褪せまくっててボロボロだ。俺はそれを、川原の広場で焼いた。もう戻ることはない。

 そしてそれから数日後の、今日の朝。目覚めると、枕元に一冊の懐かしいノートが置かれていた。そう、この日記帳だ。俺が『王国』に残してきたものを、ロヌーヌが転送してくれたんだろう。
 読み返してみて、俺はわんわん泣いた。この新しい命を、誰よりも大事にしよう。俺は、そのことを心に深く刻み込んだ。

=糸冬=



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)