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飲みかけ①

「なんかさあ、別れる前よりたのしそうで良かった」

じぅじぅと、ほぼ飲み干したタピオカのストローを余韻たらしく啜っていた音を止める。
「まじで?」
「まじまじ」

『別れる前より楽しそうで良かった』。この言葉をしばらく頭の中で反芻した。ずず、ともうひとすすりし、タピオカの最後の1粒が私の中に吸い込まれる。

「え、やっぱりそうかなあ!」
「そうだよ〜〜〜いやほんとに浅野前よりめっちゃ顔色明るいもん」

そうか私は今幸せそうなのか。顔色が明るいのか。知らんかった。まあ自分の顔なんてメイクする時くらいしか凝視しないからそりゃ当然か。
なんとなく、自分でも前より元気になったかも〜とは思ってたんだよな。しかしそれを友達に言われると、そう言った友達もなんだか嬉しそうだと、思わず顔が緩んだ。

「だって最近帰省の度に会ってもあんまり惚気とか聞いてなかったし!むしろ『別れた方がいいんかなあ』ばっかり言ってたよ」
「確かに、そうかも」

「中学とか高校の時はめっちゃ惚気けてきてたけどね、コストコのレシートみたいなLINEのスクショ送ってきてさ」
「あ〜〜〜恥ずかし、そんなことしてたなあ……」
「全然いいよ〜〜まあそういう年頃でしょ」

そう言って、チーズケーキを口に運んでいる伊藤とは中学からの付き合いである。

私は未だに「朝起きれなくて1限飛ばした」などと言っている(イキってではなく朝遅く起きる習慣が取れない)典型的な中だるみ大学生だが、彼女は看護師として今年の春からバリバリ働いている。私が夜更かししてレム睡眠に着く頃には彼女はもう起きて、患者さんのオムツとか替えているのだ。多分。すごいと思う。

「てか何でここ来てタピオカ?チーズケーキ季節限定だったのに」
「最近自分の中でタピオカが来てるの」
「遅くない?いつの時代?」
「だって私らの高校時代周りにタピオカ屋さんとかなかったじゃん」
「あー、確かになあ」

2人とも法律上ではもう成人の歳だけど、久しぶりに会ったら出会った頃と同じ中学時代に戻ったような錯覚を受ける。

ぐるっと田んぼに囲われた、典型的な田舎の中学校だった。用水路に泳いでいる鯉、堆肥が撒かれる時期は鼻をつまんで通った畑道。制服のスカートは膝下丈。月曜日の教室では、先週誰と誰がイオンで手を繋いでいたとか言う話で盛り上がっていた。

空気が綺麗とか落ち着いているとか言ったら聞こえがいいけれど、何も無いところ。でも周りの同級生も、親も先生も近所の人もうるさくて、しきりに早くどこか違うところに行きたいなあと思っていた。私は中学生のとき携帯電話を持っていなかったから、尚更どこに何があるかなんて本当に何も知らないのに、漠然と家を出たかったし、ここは田舎だから都会に出たらなにかあるだろう、と思っていた。本当に漠然と。

今では2人ともそれぞれ実家を出て一人暮らしをしている。伊藤はもう就職しているし、私ももうそろそろ就職を考える頃で。そう考えると自分達も成長したんだなあと変に感慨深くなる。

就職かあ。別れる前までは同棲出来る土地で就職する、っていうのが最優先事項だったなあ。まあ、「もう遠距離嫌だからどこで就職するか教えてね」とか言っても、曖昧な答えしか返ってこなかったのだけれど。

ストローで飲み終わった容器の中をくるくるとかき回す。氷同士がぶつかってカラカラと音がする。

「やっぱり別れてすっきりした?」
「まあ、そりゃあもちろん」

頭の中をコンコンとノックされた気がした。それを慌てて閉じ込める。私はしばらく、カラカラと涼し気な音をプラスチックの中で繰り返した。

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