明日でまた、今の生活が終わる。今回は10ヶ月だった。この土地での生活の仕方が、なんとなく分かってきた。たのしかった。みんな、温かかった。 不満はない。それはとても幸せなことだと思う。 でも、 平凡に続く日常を愛せるほど、わたしはまだ成熟していなかった。 まだわたしは、ここじゃないどこかでの生活を求めているし、知らないことを知りたい。自分のやりたいことをちゃんと分かって、それを素直に選び取れる力を持っていたい。 今の生活が一旦終わってしまう喪失感よりも、新しい生活が始ま
ああまたやって来てしまう。3年経った今でもこの時期になると鮮明に思い浮かぶあの夜のこと。過ぎ去った時間はまだたった3年なのかとも思う。 あれから色々なことがあった。いま隣で寝息を立てている人間は、3年前には生きる世界が全く違っていて、交わる運命にはなかったはずなのに、縁とは不思議なものだ。 しかしまあ、まわりの環境は変わっても、意外と自分の考えていることって変わらないものだなとも思う。いまも3年前も、同じものに怯えて、同じものを求めている。 自分でも恐ろしくなることがあるけ
あと1日で脱獄できる。晴れ晴れとした気持ちでいっぱい。もう、どうがんばっても相容れないあの人とも、永久に不機嫌なあの人とも、もう一生顔を合わせなくていいなんて。なんと素晴らしい世界! 今日、朝礼でボスから「あと1日ですね、ここで学んだことを振り返ってください」と言われたので、心の中だけで思案するのもなんだしせっかくなのでここに書き留めておこうと思う。 これまでの職場を思えば、今回はじめて部署のトップになり責任を負った。それに伴い他部署との連携も余儀なくされた。はじめて新人
あと3ヶ月で、3つ目の職場を辞める。クソ宗教団体からやっと逃れられる。清々する。また2年も続かなかった。仕方ない。 残りの期間で、吸収できる部分はさっさと吸収して、スルーしないといけない部分はスルーできるスキルを強化しよう。最近なぜか常時機嫌の悪い同僚には、その反応にいちいち振り回されずに、自分のやるべきことだけを淡々と丁寧にこなすメンタルを鍛えよう。 わたしは、世の中はクソだと悲観しているわりに、他人に勝手に期待しすぎる癖があるらしいと気付いた。だから他人の言動でいちい
はちゃめちゃに予定が狂っている。 コロナの流行によって予定がはちゃめちゃに狂わされたあの時から2年余、今度はコロナの収束(?)によって再び予定がはちゃめちゃになりつつある。 えっもう、動き出していい感じですか、、?? わたしの想定では2022年は今の環境にとりあえず腰を据えていようと思っていたのですが、まわりの状況を見渡すに、どうやらできることが増えてきたっぽいぞ。あぁ、「停滞」に対するアラーム本能が、少しずつ目を覚まし始めてきた。いてもたってもいられない衝動が、抑えられな
最近自分の将来のことばかり考えている。心ここに在らずといった具合に。でもまぁ心がここにあったところで特段使い道もないような平凡な日常が繰り返されているだけなので、それでもなんの差し障りもない。 そんななかで結構なウェイトを占めている考え事が、将来わたしは誰かの母親になるのか?ということなのだけれど(なりたいのか?なれるのか?を含む)。いつ考えたってどこからどう考えたって辿り着く答えは100パーセントNOだった。その理由については、なんとなくはわかっていたけれど、うまく言葉に
夏休みプラスワクチン有給が功を奏し、少しずつ心が健康になってきた。仕事、人間関係も悪くはない(良いわけでもない)が、やっぱりこの「同じことの繰り返し」感がどうしても体質に合わない。また明日から生活がはじまる。それはもう仕方がない 心が健康になってきたので、ようやくこれからのことも考えられるようになってきた。 少しだけ、やってみたいと思えることが具体的に見えてきた。予算面でも、折り合いがつきそうだ。 ただ、その「点」が、将来どの「点」に繋がるかめっきり検討がつかない。 そんな
わたしがすごく好きで、大切にしたいなと思っている感覚が「あした何をしようかな」と考える時間なのだけれど、 この抑圧された生活の中で、その感覚が少しずつ確実に死んでいっているのがわかる。(ちなみに、なんだかんだいってまだわたしはこのパンデミックにおける自粛生活に適応できていなくて、定期的に爆発しそうになる) もっと自由に生きていくはずだったのにな。結局わたしはまだ、よく分からない上司の下で労働することを強いられている。どれだけ逃げても逃げても、社会は「わたしらしくいること」を
厳密に言えば、1週間後の日曜の夜は新居ではじめての週末を終えている頃だ。 7年間住んだ部屋から、引っ越す。これも厳密に言えば、何度か家出(通称)をしているのできっちり7年というわけではないのだが、学生時代からの住み慣れた部屋を離れるというのは、なんだかセンチメンタルな気持ちになってしまう。それも、持ち前の後ろ向きな思考回路が災いして、いわゆる「マリッジブルー」のような、まだ見ぬ未来への漠然とした不安というよりも、「あぁこのままでは別れてしまうんだろうな、と薄々感じているような
大学生になるまで、「他人とは話し合えば理解し合える」と本気で思っていた。大学生になって色々を経て「そういう訳にもいかないらしいぞ?」ということが段々と分かってきた。 そして社会人3年目の冬、「他人とはどれだけ話し合ったところで理解し合えるなんてことはない」ということを本質的に理解した。 「話し合えば理解し合える」の仕組みとしては、「人との関係性は、お互い本音をぶつけてそれらに耳を傾けながら折り合いをつけていく過程」で生まれるものと思っていたからだ。本音を上手く他人に言えなか
わたしにとって、「考える」という行為は、頭の中のごちゃごちゃした思いをなんとかしてまとめようとするためのもの。 そして、「文字に起こす」という行為は、そんな思いを無理くりまとめて蓋をするためのもの。だと思っている。だからわたしは、書き上げたnoteはポストしたきり読み返すことはあまりない ここ数日、どうにも心に留めておくにはあまり良くない思いがぐるぐると渦巻いているので、ここに昇華して蓋をしようと思う わたしは、生きていたい、とも、死にたい、ともあまり思ったことはないが、
転職して2ヶ月が経った。 前職場に比べたら生きやすさは5億万倍なのだが、やっぱりここにも変なお局がいた。しかも直属の上司ではない。特段仕事が出来るわけでもない。そのくせやたらと他部署の状況に首を突っ込んできたり、陰口を叩いていたりする。すべての話を知っていたくて、自分以外の場所で勝手に話が進んでいるのが許せないタイプ。よほどヒマなのだろう ただ直接的にわたしを傷つけようとしているわけでは(今のところ)なさそうなので、適度な距離感で接していきたい。 しかしひとつの諦めの境地
正社員になった。 コロナさえ落ち着けばいつでもまた海外に出てやろうという思いで派遣社員になって半年。一向に収まる気配はなく、まぁ2.3年くらいはちゃんと働くか、ボーナスも欲しいしな、という軽い気持ちでまた正社員になった。 今までいた職場ではトリッキーな業務ばかりだったので、看護師3年目にもなって超基本的なことすらできない自分に嫌気が差しつつも、心底丁寧に教えてくれる諸先輩方には頭の上がらない日々を送っている。 海外にいくのもそうだけど、ひとまず「看護師」としての基本技術を早
1年前の今頃は、もうギリギリどうにか精神がもってるくらいの状態で、いまのわたしが声をかけてあげられるならば、「もう頑張らなくていいよ」とか、「もう少しで行かなくてよくなるからね」とかだったりするのだろうか、とかいうことをぼんやりと考えている。 一睡もできなくて、このまま消えてしまおうかと思ったあの夜を、わたしは1年近くたった今でも忘れないし、そのうちに外が明るくなって、起き上がれないまま職場に電話をかけたあの朝の罪悪感もわたしは忘れない。 いまでも、投げかけられた数々のひ
先日23時をすこし回った頃、頭をからっぽにして笑いたいと思ってアメトーークをつけた。括りは「女若手芸人2020」。総勢10人の女芸人が、昨今の女芸人事情について語るという回だった。 その10人の中に、ラランドという男女コンビから1人の女芸人(サーヤ)もいた。はじめに言っておくが、わたしはこのラランドという芸人にどハマりしている。平日には港区OLとして広告代理店で勤務する傍ら、どこの事務所にも属さずフリーで芸人もやるという二足の草鞋を履きこなす姿は見ていて新時代的だった(広告代
だれに話したって「どうしようもないこと」について書く。 どうしようもないんだけど、どこかにこのどうしようもない感情を曝け出したくなった 数日前から諸事情で期間限定の一人暮らしをしている(仲違いとかではないのでご心配なく)。 1年前までのようにひとりで過ごす時間が多くなって、なんだか虚無を感じる時間が増えた。ひとりが好きなはずなのに、一人暮らしはどうにも苦手なのだ それから、3日前に、わたしの愛するアイドルグループのコンサートDVDが届いた。去年の末、傷心の身体を引っさげ大