紛糾したチームがプレゼン研修で内示を勝ち取るまで
力を入れすぎた。
そんな後悔をしてももう遅く、オンライン上での会議はピリピリと紛糾し始めていました。
グループ対抗の提案プレゼン研修。
クラスは4分割されて、同じお客様からのヒアリング結果をもとにシステム導入の提案をするというシンプルなロールプレイングです。
営業職の研修としてはよくある類のものだろうし、実際にそこまで座学で学んできたことの総まとめ的な位置づけでもあります。フルリモートで一度も研修メンバーと会わないこと以外は、ごく普通の提案コンペです。
10日間の研修の最後にはどこか1チームだけが内示をいただけます。つまり、勝ち負けのはっきりする演習だということです。システム導入で同じようなシステムを提案することが決まっているからこそ、他のチームより秀でる部分が何かをきちんと示せなければいけません。
完成度、新規性、関係構築などの評価項目の詳細は明らかにされていません。
どこのチームも自分たちがと意気込んだこの研修は、他の新人研修とは比べ物にならない緊張感のもとで幕を開けました。
張り詰めた糸のような空気が重く画面越しにも私を締め付けます。
そこまでの研修の疲れから、あからさまな苛立ちの滲むチームメンバーの声に、焦りと同時に私自身が苛立ちを覚え始めていました。
自分のやり方に後ろめたいところがなかったわけではないからこそ、じりじりと伝わってくる緊張と焦りと不満は私を侵してくるのでした。
それは、斬新なアイディアで他のグループと差別化しなくてはと力んだ私が、ブレストで出された多くの意見を凡庸だと切り捨てたあとでした。
新規提案を任されていて、それがプレゼンの要でした。だから、どうにかしようと思いすぎてしまったのかもしれません。
それでも全部を切り捨てたわけではありません。少しだけ残ったアイディアの中から面白いと思ったものを、勝手に練って「もっと面白いと思うもの」へと変えてしまっていました。
それをその時点で、変えた理由とともにちゃんと伝えて話し合えばよかったんです。なのに、そこをぼやかして曖昧にしました。私とペアになって新規提案を受け持ってくれた相手もかなりばっさりと意見を斬る人だったけれど、これは私の責任です。だって私には、逃げたというくっきりとした自覚がありました。
この意見じゃ弱いよ。もっとわかりやすく面白くしようよ。そんなこと、正面からは言えませんでした。
心の中で思ったどろどろを、ちゃんと伝えようとしませんでした。
一方で自分のアイディアについても、絶対に面白いという自信はあるけれど、それを納得させるほど論理づけられてもいませんでした。
みんなわかってくれるだろうというのは甘えだったんです。
その施策に本当に効果はあるの?アプローチできる人数は何人なの?前に流行ったのは分かるけど、今も効果はあるの?
そんなメンバーから問われて当然の質問にすら、はっきりとした用意を持たないままに突っ切ろうとしました。
だって、これが一番お客さんにも受けたのに。
なんなら、このアイディア以外は死んだも同然の反応しかもらえなかったのに。
その場にいないからわからないんだよ、という言葉だけは必死に飲み込みます。
でもこれを捨てることは戦略的になしだよ。
説得力のないままにそう繰り返すしかない自分が不甲斐なく、でも理解してくれないメンバーももどかしく、その悔しさに今にも会議をミュートにして叫びだしそうでした。
もう、勝ちを諦めたほうがいいんじゃないのか。
チームがこんな風になって、それまでして尖ろうとする必要があるのか。
もう、これくらいでいいんじゃないのか。
焦った自分の暴走に、チームメイトを巻き込ませないほうがいいんじゃないか。
そんな思いが湧き上がって、そこまでの頑張りごと折れてしまいそうでした。
でも、みんなは諦めようとしていたわけではありませんでした。
もちろん、足を引っ張ろうとしていたわけでもありませんでした。
そうなったら私も、もう正面から謝って誠意を見せることしかできませんでした。
ごめん、私がみんなの考えと齟齬があるってわかっていたのにちゃんと話そうとしなかった。どれくらいのインパクトがあるのか、納得させられるような数字をなるべく持ってくるから、この案を消さずに待っていてほしい。
最悪の緊張感の中終わった金曜日、新規提案を受け持っていたチームで、効果を片っ端から持ってくる宿題を自分たちに課しました。
月曜までに調べて、まずはチームに納得してもらうこと。
これがまず乗り越えなくてはいけない壁になりました。
実際に数字を持っていくだけではなく誰よりも働こうと思いました。
荒れてしまった会議の後に、リーダーにそっと連絡をします。
ごめん。
そんな風に誰かにストレートに謝るためにコミュニケーションを取ったことも、とても久しぶりな気がしました。
私達2人がかき集めてきたデータは、投資効果を費用算出はできないもののなかなか説得には足りるものでした。
この案を育てていこう、そうリーダーが私達2人の船に乗ってくれたとき、チームはまた前へと進み始めました。
それに安心したのもつかの間、私達が講師から受け取ったいフィードバックは勝ちからは程遠いものでした。
このままじゃ全然伝わらないよ。
なんとか寄せ集めたデータによってチームの理解を得られても、そこまでに時間をかけすぎた私達の提案書は散々な仕上がりでした。
アイディアを詰め込みすぎて伝わらない。
せっかくの目玉の案が埋もれている。
講師のダメ出しはまさに自分たちも感じていたことであり、がっかりもしないけれど終わる見込みも立たないという状況です。
だってもう、後プレゼン本番までは1日半しかないのです。
そこからは、チームの分業に磨きがかかりました。
わからないところを素直に講師に伺い、ヒントを得たら共有して意見をみんなでぶつけ合っていきます。方向性だけ決まったらそれぞれが持ち帰ってパワーポイントに落とし込みます。
ただ、ひたすらに時間と戦い続ける焦りは、あの時と変わりませんでした。
それでも、もう一度勝ちたいと、勝てると信じ始めた私達チームはぎりぎりでも諦めずにやってやろうと思えていたのだと思います。
ありがとう
そう言葉にする回数も意識的に増やしました。
もっとやってほしい、もっとこれを変えてほしい。時間がないのに。
きっとそれぞれが少なからず他のメンバーの働きに思うところは会ったと思います。それでも、以前のようにその不満をぶつけたりはしませんでした。
時間もないのに不満をたれてもどうにもならないから、適材適所を一番に心がけること。そうやって私達はたった一日でプレゼンの構成からごっそりと作り直すことに成功しました。
講師にプレゼン練習をしてねと言われていた前日の午前には、出来上がりも見えずに相談会になっていたのに。そんな私達は翌日には、4班の中で最もプレゼンを褒められるほどに仕上げることができたんです。
プレゼン翌日。
内示の発表会。
「内示はチーム2に出します」
画面越しにチームの名前が呼ばれたとき、一瞬自分が何チームかもわからなくなりました。
一瞬の間をおいて、チームのラインを見てみます。
おおおおおうれしいいい
やったーーーーー
信じられない!!嬉しい
そんな感情ばかりのチャットが競うように送られてくるのを見て、本当に私達のチームが一番なんだとじわじわとこみ上げてきます。
思わず口角が上がって、ひとりきりでディスプレイと向き合いながらきっと変な顔で笑っていたに違いありません。
一番諦めていなかった。思わず応援したくなるほど、チームとして最後まで頑張っていた。中間報告ではもうだめかと思ったが、最後によく仕上げてきた。
講師の方から頂いたフィードバックは、ただ単に内容を褒められるよりよっぽど嬉しいものばかりでした。
私がこだわっていたアイデアだって、きっと一部に過ぎなかったんだなと思わされます。提案全体をどう魅せていくのか、どうやって顧客に具体的にイメージさせることができる伝え方ができるか。
それはまさにみんなで考え、みんなで作った部分でした。
あのとき、諦めなくて本当によかった。
もう仲が悪くなるくらいなら、1人で戦うのも苦しいし、勝たなくっていいんじゃないかとも思いました。でも、適当に流さずにチームのメンバーにも、苦しい部分にも向き合ってよかった。
講師の方に頂いたのは、ただのWordファイルでしかありません。
特にご褒美が出るわけでも、成績として残るわけでもありません。
でも、そんなWordファイルが嬉しくって、チームのみんなと何度も見返しました。何よりこのチームで勝てたということが、いつまでも醒めやらぬ興奮として嬉しいんです。
今でも私のフォルダには、これから使うことのないそのファイルが残っています。
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