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音も心も震わせる、その文章に包まれた

あれ、ピアノの音って私にもこんなに鮮やかに聞こえたっけ

初めてこの文章に触れた時、コンサートホールで溢れるような音に包まれてみたい、そう強く感じたことを覚えています。

それは楽器に見放され続けた私には、にわかには信じがたいものでした。3歳の頃からピアノを続けたのに、ずっと簡単な曲しか弾けなかった私。小学校のときには指の長さが足りなくて、リコーダーのドの音が出せませんでした。バイオリンが必修の中学校に入ってしまった私は、涙を流しながら授業を受けていました。保育士試験のために必要だった和音は必死に勉強してなんとか理解できたけれど、今では楽譜も読めません。

そんな私が、ピアノの音を聴いているかのように描くことができるなんて。

情景が浮かんだり心が強く揺さぶられたりするのは、「わかる」人たちだけの特権だと思っていました。芸術ってそういうものな気がしていたし、音楽は好きだけれど楽器からはなるべく距離をおきたい私です。演奏に自分が入れ込めるとは思っていませんでした。

でも、登場人物それぞれの抱えた想いが音に乗っていくのが、どんな音が奏でられているのか、そういう一音一音に集中している自分に気づいたんです。それが小説を通して伝えられていることに衝撃を受けました。

蜜蜂と遠雷。

そのタイトルをよく見かけるようになって、映画化もされていることは知っていました。でも文庫本でも厚い上下巻を誇るそれは、しばらく積読として私の傍にいました。

結構負担がかかるんでしょう、?とどこか遠ざけてしまったその本にやっと手を伸ばしたのは買ってから数ヶ月後のこと。ところが読み出したら最後、とにかく結末が気になって貪るように読んでいました。

たった一回のコンクールだけを描いた話とは思えないほどのドラマがあります。そこにいる参加者たちのバックグラウンドと音が、その場にいるはずのない私たちにもちゃんとリンクして聴こえるのです。そしてその繊細さを、慟哭を、巧みさを、それぞれに重ねて美しいと感じることができます。

読んで、ただただすごいと思いました。そのくらい人も音もくっきりと浮かび上がらせることができる文章の力に圧倒されたのです。

彼らそれぞれが抱える過去とコンクールにかける今と、そしてそこから見ている未来への道筋を一緒にたどっているような感覚になります。そして、その一人一人の演奏をコンサート会場で聴いている自分を見つけます。音が降ってきて、それに包まれる感動を読書で得られる日がくるとは。

誰が音楽会を率いる者となるのか。コンクールの優勝者が誰になるのかと思わずのめり込んでしまうこの本は、音楽に馴染みがない人でも楽しめるはずです。

それぞれのドラマを語り始めたらきりがないので、今日はこのあたりで。



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