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掌篇小説『火曜の女』

 風薫る季節。

 その町ではお見合いの制度が古来よりあり、今もなお淡々と続く。

 誰の御告げやら神託やら不明だが、ランダムに一方的に未婚者の町民同士の組合せが決められ、毎月七日のさるの刻に、男女二人が、会う。場所は自由。親族や仲人は介在しない。いつの時代からかその形が為来しきたりとして、護られている。
 苔むしきった慣習ゆえ、その気の全くない者、および同性愛者等が巻き込まれる事態にもとうぜん陥るが、結果が良縁となろうと時間をどぶに棄て終ろうと、「おめでとう」「残念だったね」「しっかりせえよ」「恋はあせらず」「ナウゲッタチャンス」「結婚するって本当ですか」とかいったアフターケアもお節介もなく放置プレイであるからか、或いはもとより暢気な町民性にもよるのか、誰もが季節風にでも身を任せるが如く、『お見合い』で袖振りあう。さらさら、或いはぶんぶんと。

 僕はこの町の生まれでなく、3年前から転勤で住んでいるのだが。町民理事会より普通郵便の葉書で召喚され、今月の七日は火曜日だから仕事を早退して、『お見合い』相手のアパートに赴いた。刑事が突撃したら破れそうな板のドアがならび。そのひとつから「お隣引っ越しましたけど」と云わんばかりに他人事エキストラな顔をあらわすは、毛皮のような艶をもつストレートの黒髪、猫のようにおおきな黒眼をころがす女。コンビニエンスストアだか薬局だかで、働いているのを視かけた記憶がある。顔や頭が被り物で眼が本体みたいなのに、地球をまるごと映す水晶玉のような眼なのに、店員でいるときと同様、僕だけはまるきり映していないと判る。純度100%にタイプ外であるのか、もしくは町でいちばんの交通量のメインストリート沿いで、男と手を繋ぎディープキスする僕を視て知っているのか。僕はこの女にむろんカケラひとつ関心ないけれど、屋内でしかその姿を知らないから、白昼のもとでその瞳孔が猫よろしくほそくなるのか否か、ひっぱり出して眺めたい気にはさせ。

 女は僕を、畳の陽灼けした茶の間に手振りだけで導き、座らせ。お茶を淹れるのかと思いきや玄関脇の、洗面所とおぼしきカーテンの向こうにこもり、ガサゴソと着替えだした。カーテン手前のモルタル壁には、《着替えは見るな! 裸は特に絶対!》と、手書きで大きく書かれた紙がある。これ何ですか、と聞いたら彼女はカーテンからおそらく左の生脚をのぞかせ、
「こんな太い脚視せられるワケないでしょ!」
 と、まるで遠くにいるみたいに叫ぶ。脚はごくごく普通な感じ。視せられるワケのない脚を視せている僕という存在は、女にとって男でも、もはや人間ですらなく、それこそ餌でもねだりにきた野良猫程度なのかもしれない。

 そう云えば、部屋には野良であろう小型のうすよごれた犬が、僕より前か後か勝手に入り、薄荷とアンモニアをまぜた臭いをふりまき、うろつき。
とりの刻からデートなの」
 と、やはり無駄にデカい声でカーテンをひらき赤いサテンドレスであらわれた女は、犬を視て裾を花のようにひろげ膝をつき、僕の視る限りはじめて眼を潤ませ、笑む。女の黒眼はほんとうに澄んで、知っていれば国家機密でも入院した大物芸能人でも円周率の最後の数字でも隠匿できず打ち明けてしまうだろう。その犬を愛玩物としてでなく、極上の食物として《美味しそう》と、無言で叫んでいる。涎のような泪が今にも零れだしそう。
 僕の膝にのってきた臭い犬を、可哀想だね、とりあえず洗われるのかな、と女に聴こえぬよう呟きつつ背を撫でていたら、犬はふいに二本足で立ちあがり。
「御苦労なこって」
 と、僕の眼前で右の口角をつりあげ牙をひからせおっさんぽい嗄れ声で。よく視たら、それは狸。
 ふたたび屈んだと思えば短距離走者のスタートポーズで爪をたて僕のスラックスを裂きながら飛び降り、跳ね返ったと思えば台所のシンクにヒョイと乗り窓をじぶんで開け出てゆく。
「チッ。明日は俎に引き摺り戻してやるわ」
 女は赤いドレスが似合わなくもないけれど、猫背が酷くサイズも合わないか下腹が膨らんでいるし、脇も脚も矢鱈やたらひらきがちでみずから裂いてしまいそう、と云うか既にビッとか、聴こえる。やっぱり黒髪と黒眼のほかに美麗なところが面白いほど無いというか、もうじゅうぶん大人だろうに人間という被り物に馴染めずいるというか(そう云えば店のレジ打ちもピアノ習い始めの幼児みたいだったっけ。30分待っても終らないから僕が代りに打った)。どんな男がこの女とデートするのか。
「ご趣味は?」
 と、『お見合い』らしいことをひとつぐらいはと、問うてみる。
「料理すること食べること。それから高いとこに登ること。あんたは?」
「ノンケ食い」
「じゃああたしの男とせる?」
「試してみたいね。君、その男には脚を視せるの?」
「視せないって云ってんでしょ。部屋真っ暗にして、アイマスクと猿轡さるぐつわもさせるわ」
「猿轡関係ある?」
「あいつ興奮すると競馬中継を諳んじて『走れコータロー』を熱唱するの。五月蠅いから。今夜はあたしの代わりにあんたが寝てみるといいんだわ。あたしほんとは男じゃなく○○サンシャインビルに登りたいの」

 それから女と、僕が淹れた玄米茶を飲みながら『とりかへばや大作戦』を綿密に話しあい。女は料理でもするみたいに嬉々として「部屋にある信楽焼と間違えちゃダメよ」「あいつビンテージレースの感触好きだから身につけて」「構ってちゃんだけど放置プレイも重要」とかアイディア(?)を出し。星星に照らされた海のような黒眸こくぼうに、ぐにゃりと曲がって正座する僕が居た。視せて貰った写真の男は案の定、狸顔。《美味しそう》と迄思わないが、嫌いじゃない。また別種の『お見合い』が派生するようだ(相手はアイマスクしてるけれど)。御苦労なこって。
 酉の刻より10分前、ともに部屋を出る。まだひりつくほど眩い空のもと、女の瞳孔が二日月の如く鋭くなってゆき。狸に裂かれた僕のスラックスは、ダメージジーンズのようにデカダンな風合いを視せていなくもない……否、やはり視せてない。
 ちなみにサンシャインビルというのは首都にあるやつではなく、この町でいちばん高い、6階建ての商業施設とアパートを重ねたものである。





©2024TSURUOMUKAWA





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そしてシロクマ文芸部に無理矢理ねじこむ(笑)。すみません。


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