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マグカップ一杯分ほどの小さな文章を書いています。書きためたものはありません、いつもその…

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マグカップ一杯分ほどの小さな文章を書いています。書きためたものはありません、いつもその時書いたものを載せてます。誤字脱字等ございましてもどうぞご了承ください。

最近の記事

町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」を読んで

「52ヘルツ」は、どの仲間にも届かない周波数 誰にも届かない「声」を発しながら 世界にただ1頭だけ いまも海洋を漂うクジラがいる でも、この物語は違う 実の母親から「ムシ」と呼ばれ、 虐待を受けていた少年 その身体に浮かぶ無数の傷跡は 少年の声にならない叫びのよう その叫びを、主人公「キナコ」は聞き逃さなかった 自らも心に傷を負い、逃れるようにやってきた田舎町 キナコもまた、声にならない声を発していた 二人の「声」がまるで共鳴するかのように 物語は動いていく 少年を救うべく

    • 町田そのこ「星を掬う」を読んで

      いくつもの母娘の物語 それは美しい便箋に綴られるような 幸福な歴史ではなく ガリガリと銅板を削るように刻まれた 激しく、儚く そして、とても愛おしい母娘の歴史 それぞれが身を削るような過去を経て 必然でも偶然でもなく 当然のように集った「さざめきハイツ」 ときには目を背けたくなるような出来事も 美しく結晶するための 最後のひと煮立ちだったのだろう どう決着するのか想像すらできなかったけど 最後の数ページに 主人公や登場人物だけでなく 読み終えた自分まで 報われた気持ちで満たさ

      • ベテルギウス

        反対を押し切って県外の大学へ進学して以来、父とは折り合いが悪く、そのせいもあって実家にはあまり寄りつかなくなっていた その父の訃報が届いたのは、日差しにまだ暖かさが残る11月のよく晴れた日曜日だった 数年ぶりに帰った実家では、母や姉が葬儀に関わる事柄を一つ一つ慌ただしくこなしている中、僕だけが所在なげに、時折訪れる親類との挨拶や世間話の相手をするうちに通夜を迎えた 深夜となり弔問客も途切れるようになったころ、僕は母の許しを経て一人近所の公園へ散歩に出かけた 住宅街の中

        • 「金持ちジュリエット」

          シングルマザーのジュリエットは今朝も末っ子のジュリ子にお乳をあげながらなかなか起きてこない四男のジュリ夫に「いつまで寝てるの!さっさと起きなさい!」と声を張り上げる。するとジュリエットの向かいでご飯を食べていた次女のジュリ江が「ジュリ夫兄ちゃんはさっきトイレに行ってたょ」と言うので「あらそうだったの?それよりあんたも早く学校行く準備しなさい」と急かしていると食卓にあった携帯が鳴るので覗いて見たら長男のジュリンジから「新曲出すよ♪」とLINEがきたので次男のジュリ之助に「ジュリ

        町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」を読んで

          「株式会社リストラ」

          ここ株式会社リストラの会議室ではガランとした長テーブルの隅で高山と室田が神妙な面持ちで話していた 「まずいな」 「あぁ、いままで気づかなかったなんて迂闊だったょ」 高山の問いかけに室田は苦虫を噛み潰したような顔で答える 「それで、うちの株を買い占めてる会社っていうのは何ていうとこなんだ?」 「株式会社キジトラというそうだ」 「キジトラ?何やってる会社なんだ?」 「それは俺にもわからん、ただ…」 「ただ何だ?ぜんぶ話してみろよ」 「買い占めに動いてる会社は一つではなさそうなんだ

          「株式会社リストラ」

          「コロコロ変わる名探偵」

          最初の俳優Aは違法薬物使用の罪で逮捕され3話目には降板していた 次にキャスティングされたBという俳優はハラスメントの疑いがもちあがり、これも5話目には降板させられた また次の俳優Cに至っては7話目の撮影途中で「俳優としての自分を見つめ直す」とのことで自ら降板してしまった 全12話をかけて一つの謎を解く長編推理ドラマは、主人公である名探偵が物語の途中で急死したり蒸発したりする設定を余儀なくされる異常事態となり、その度ごとに原作者や脚本家、番組プロデューサーを交えて喧々轟々の編集

          「コロコロ変わる名探偵」

          「1億円の低カロリー」

          その名前は瞬く間に世界中を駆け巡った それもそのはず、誰もあの石を動かせるなんて 思いもしなかった しかも、その偉業を成し遂げたのが あのひ弱な子どもだったのだから 王様はたいそう喜び、賞金の1億円を その男「ロリー」に与えた こうしてここに真の英雄 「1億円の底力をもつ男『ロリー』」が誕生した!! 1億円の底力 ロリー! ・・・・・・・ 「こんな感じでいかがでしょうか..?」今年入社したばっかりの祐二が恐る恐るチーフに聞いた 「うーん、話しとしては面

          「1億円の低カロリー」

          「アナログバイリンガル」

          さっき江戸時代に着いたばかりの孝は早速貸衣装に着替えツアー会社からレンタルしてきたアナログバイリンガルを試そうと土地の人と会話を始めた 「いまのお殿様は何ていう人か、あんた知ってるかい?」 「なんだテメェは、田舎からでてきたばっかりってツラしてるな、いまの将軍様は綱吉様といってそりゃぁ徳の高いお人よ」 聞いた孝は「ほぉー」っとニヤニヤしながら頷いた 時間旅行の格安ツアーに参加した孝は現代語訳が上手くいったことを実感しワクワクしていた 続けて会った人にまた声をかけてみる 「この

          「アナログバイリンガル」

          「違法の冷蔵庫」

          我が家の冷蔵庫は僕が食べたいと思った物が翌日には入ってた。それは近所の昭夫くんちで見たプリンだったり、TVでみた役者さんちの冷蔵庫に入ってる大きなお肉だったり、思ったものは必ず翌朝には入ってる 子どものうちはそれを「魔法の冷蔵庫」と呼び気にも留めなかったけど、少しずつ心の片隅に引っかかるようになりいつかその謎を解き明かそうと機会を伺っていると、今日両親が旅行で留守にするというので誰が入れてるのか今夜待ち伏せすることにした すると夜中の2時過ぎ、ダイニングテーブルの下で息を潜ま

          「違法の冷蔵庫」

          「君に贈る火星の」

          「よくわかんないけどぉ  このあいだぁ、金星で合コンした相手わぁ  いま火星に住んでるらしくてぇ  自称『詩人』らしいのぉ  それでぇ、そんときLINE交換したわけぇ  そしたら最近になってぇ  『君に贈る火星の空は赤く萌えている』とか  『君に贈る火星の風は清く澄んだ荒野のよう』とか  『君に贈る火星の‥』って  こんなんばっか毎日LINEしてくるからぁ  今朝そっとブロックしちゃいましたぁwww  それが最近の出来事かなぁ..」 以上、地球インタビューでした それ

          「君に贈る火星の」

          「空飛ぶストレート」

          「なんだ?あれ」 午前の得意先回りを終え社へ戻るためビル街の歩道を則之が歩いてると、空から黄金色をした棒状の物が降りかかろうとしていた (5分前) そのビルの一室では料理研究家の妙子が今日収録予定の料理の準備でてんやわんやの大忙しだった。それというのも本来5人だったゲストの人数が倍の10人になったとついさっき番組のプロデューサーから電話があったからだ 「そんな急に言われても準備できるわけないでしょ私が使ってる麺はそんじょそこらの安物とはわけが違うのよ全くあのプロデューサーとき

          「空飛ぶストレート」

          「しゃべるピアノ」

          もう数年前から視力は失っていたが長年続けていたおかげか身体が覚えているようすで、おばあさんは今日も陽射しが当たる部屋の片隅でときおり肩越しにおじいさんへ話しかけながらのんびり編み物をしている。 JAZZのピアノ弾きだったおじいさんもいまでは現役を引退し、体調が良いときにはこうしておばあさんと同じ部屋でJAZZのスタンダードナンバーを柔らかなタッチで奏でるのが楽しみだ。 巣立っていった子どもたちのことや先日食べたポトフが美味しかったことなど、二人は背を向けたまま取り留めなく話し

          「しゃべるピアノ」

          「数学ギョウザ」

          受験勉強の息抜きで来た公園の滑り台。今夜流星群が見られるとのことで浩とお互い家を抜け出してきた。 なかなか始まらない流星群に待ちくたびれた僕は隣に座る浩に「新しい星座の名前つけてみない?」と時間つぶしの話題をふった。 「新しい星座名かぁ・・」浩が考えあぐねているので「二人の好きなものをくっつけるとか?」と僕が助け舟をだすと「オレはけっこう数学が好きだな」と浩は受験生らしく答た。浩の答につまらなさを感じた僕は「オレはぎょうざ!」とわざとぶっきらぼうに応える。 「数学とぎょうざ?

          「数学ギョウザ」

          「扇風機」

          お昼過ぎの陽光は少し冷たくなってきた秋風をほどよく暖めながら街中を縫うように流れていた ランチ時には隣の人と話す声さえ聞き耳をたてないと聞こえないほど賑わっていたカフェも、少し時間をずらしたおかげかテラス席で目の前に座る芳恵の声もよく聞こえるくらいに空いている 「あんた憑き物でも落ちたような顔してるわね、なにかいいことでもあったの?」 アイスココアのストローから唇を外しながら真理子は聞いた 「ちょっとね、モヤッとしてたことが晴れたの」 「何よ?そのモヤってことは」と真理子は芳

          「扇風機」

          「スニーカー」

          汽笛は遠くに聞こえ 茂みの中に鈴音の虫たち 宵闇に響く賑やかな 賑やかな静寂 星はこぼれ落ち 過去へと余韻を残し 未来へ消え去る うなじをくすぐる風に 季節の囁きを聴けば 振り向いてみても 待ってはくれない 置き去れた感情は 鈍くくすぶり 連れ去れた希望に 追いすがろうとも その影を踏むことはない でも、絶望は感じない オキザリスが眠った側では 宵待草が思い思いに月へ語り 待ちくたびれた芙蓉の花が 恥ずかしそうに顔を隠すと キミガヨランの微笑みを誘う 金木犀の艶やかな香りに振

          「スニーカー」

          「ハンバーグ定食」

          信じられない 時子はテーブルを挟んで目の前に座る郁夫を見て呆れつつそう思った 「ねぇ、なんで今日呼び出したかわかってる?」そう言いながらいましがたオーダーを終えメニューをテーブルの隅にあるメニュー立てにたてかけようとしている郁夫を睨みつけた 「ん、なんとなくは..」メニューを戻した郁夫は時子の睨みつける目力に圧倒され殊勝な面持ちで小さく返事をすると先ほどウエイトレスが持ってきたお冷やを一口だけ口にした 約二年間の同棲生活を郁夫のギャンブル癖を理由に先月解消し、合鍵を返して貰う

          「ハンバーグ定食」