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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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2019年11月の記事一覧

旅路の果てに

青年は青年らしい潔癖さの持ち主だったので、この世の中に不正や悪があるのが許せなかった。狭量こそが若者の特権である。妥協はしない。
そこで、青年はこの世の中から悪を取り除くべく、その原因となっている人物を探すことにした。その人物を見つけ出した後にどうするのかはまだ青年にもわからない。説得してやめさせるのか、それともその人物をこの世の中から排除するのか。ある種の残酷さもまた、若者の特権であろう。

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焚火

焚火

火を見詰めていた、わたしたちは。
幼い頃、夏は祖母の家で過ごすのが恒例だった。祖母の家は山間の小さな町にあって、わたしたちの住む都会よりも涼しかったし、空気が綺麗だった。兄は喘息持ちだったから、もしかしたらその新鮮な空気を兄に吸わせるというのが目的だったのかもしれない。
とはいえ、そんなことはわたしにはどうでもいいことだった。
その頃のわたしはまだ虫が苦手じゃなかったから、虫籠と網を持って山

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この世が見るに堪えない残酷な世界であることを悟った彼女は二度と目を開けないことを心に誓った。そして、長いまつげの生えた瞼をそっと閉じた。
彼女の周りの人間、特に彼女の母親は、彼女のその決意に困惑し、嘆き、最後には怒った。彼女はお針子として家計を支える立場にあったからだ。
「目をつむってちゃ仕事ができないじゃないか!」
「大丈夫よ、お母さん」彼女は言った。「目をつむっていても、わたしは仕事がで

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創作「さよなら、人類」

11月24日に行われた文学フリマで販売した「無駄 vol.1」から、兼藤伊太郎による創作「さよなら、人類」をどうぞ。

男は目を覚ました。目を覚ました男にわかったのは、自分が自分であるということだけだった。自分は自分である。他人ではない。それは確かだ。しかし、男にわかったのはそれだけだった。男は自分が何者であるのかはわからなかった。どこの誰なのか、一切合切の記憶がなかった。
男は周囲を見回した。真

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