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焚火

火を見詰めていた、わたしたちは。
幼い頃、夏は祖母の家で過ごすのが恒例だった。祖母の家は山間の小さな町にあって、わたしたちの住む都会よりも涼しかったし、空気が綺麗だった。兄は喘息持ちだったから、もしかしたらその新鮮な空気を兄に吸わせるというのが目的だったのかもしれない。
とはいえ、そんなことはわたしにはどうでもいいことだった。
その頃のわたしはまだ虫が苦手じゃなかったから、虫籠と網を持って山を駆け回り、地元の子達と一緒に川に飛び込んだりしていた。兄は大人しい性格だったから、家で本ばかり読んでいて、何のために祖母の家に来たのかわかったものじゃなかったけれど。わたしは祖母の家が好きだった。わたしは心行くまで野山を駆け回ることができた。わたしは活発なたちだったのだ。
先に白状してしまうと、それだけがわたしが祖母の家が好きだった理由じゃない。
わたしには従兄がいた。わたしよりも二つか三つ歳上の従兄だ。わたしはその従兄が好きだった。たぶん初恋だと思う。従兄弟同士なら結婚できることを知った時にはドキドキした。その従兄も、数日ではあるけれど、夏に祖母の家で過ごした。わたしは従兄が来るとなるとはしゃいで、うるさいと叱られたものだ。
兄とは違って、従兄はヤンチャで、わたしと一緒に遊んでくれたし、虫の捕り方が上手かったし、素手で魚を捕まえられた。星座の名前を幾つも知っていたし、鳴き声で鳥の種類がわかった。従兄が来ると、わたしはいつも従兄と一緒にいた。
その時も、わたしたちは一緒だった。
前夜にわたしたちは花火をしていた。だから、マッチがすぐ手にできる所に置いてあったのだ。まだ火薬の匂いの残る午前中だった。
祖母の家の裏で、わたしたちはマッチを擦った。わたしたちはその火に魅せられた。しかし、マッチの火では長く持たない。そこで、落ちていた新聞紙に火を着けたのだった。炎は見る間に大きくなり、新聞紙を飲み込んだ。従兄がそれを持っていたのだけれど、熱さに持っていられなくなって落とした。すると、炎は瞬く間に大きくなった。近くに落ちていた枯れ葉に燃え移った。
人を呼ばなかったのは、叱られるのが怖かったからじゃない。わたしたちは火に見とれていたのだ。まるで生き物のように動くそれに。
しばらくすると、煙に気付いた近所のおじさんがやって来て火を消した。たぶん、もう少し遅れていたら、小火どころか、火事になっていたと思う。わたしたちは散々叱られた。翌日、従兄は帰って行った。
「で、その従兄とは?」
「従兄とは?って、そりゃ何にもないよ。初恋ってそんなものでしょ?たまに、冠婚葬祭で会うくらい。確か、来年結婚するって」
「ふーん」
「なに?焼き餅?」
「いや、別に」
「ふふふ」

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