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先生と豚

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ある高校生の日常に舞い込んだ非日常を描いた短編ミステリー?ぽいものです。拙い部分もありますが、読んで頂けたら幸いです。
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2020年5月の記事一覧

先生と豚⑤

先生と豚⑤

 翌朝、登校してきた菊本の顔にはシップが貼られていた。輪島やその仲間に殴られでもしたのだろう。紅林は罪悪感を覚えたが、教室内で菊本と接触するのは目立ちすぎる。放課後にでも声をかけようかと思う。本当はすぐにでも謝りたい気分だったが、それをすると柿崎が黙っていない。誰を巻き込んでも文句を言うなと釘を刺されたばかりだ。
 紅林はため息をついて窓際の席につく菊本を見やった。
 その日の菊本の机には花瓶に入

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先生と豚④

先生と豚④

豚のキーホルダーが目の端でゆらゆら揺れた。
 つぶらな瞳で見つめてくるピンクの顔を紅林は睨み返す。柿崎が用意した目印で電柱にぶら下がっていると誰かの忘れ物のようにも見えた。
 深夜とはいえ、道路沿いに点在する街灯やコンビニの明かりで辺りはわりと明るい。それでも暗いことに変わりはなかったが、紅林は山中の、自分の手足さえ確認できないほどの闇を知っていたから電柱の影にひとり隠れていても心細くはなか

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先生と豚③

先生と豚③

 紅林のクラスにはいわゆるいじめが流行していた。
 対象者は菊本といって、いかにも気弱そうな顔立ちをしている。細い身体をして肌が白い。それが女子に言わせると気持ち悪いらしい。紅林はいじめに参加する気は全くなく第三者に徹していた。しかしクラス全体が菊本を攻撃しているため、ときには面倒なこともあったが興味がないと言ってその場を凌いでいる。
 そんな菊本の存在に柿崎が目を付けた。
「あの子、使えるね」

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先生と豚②

先生と豚②

 紅林が母親の病状を知ったのは、救急病院に呼び出されて重々しい医師の口調を聞いたときだった。緊張と不安とで文字通り頭が真っ白になっていて、そのときのことはあまりよく覚えていない。ただ、レントゲン写真に映し出された黒い影と医師が身につけていたロレックスの時計が強く印象に残っていた。
紅林がぽつぽつと相談を持ちかけると、そうだねえ、と呟きながら柿崎は研究机の引き出しから眼鏡を取り出した。柿崎は少し前か

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先生と豚①

先生と豚①

 それまで時効を迎える気分というものを味わったことがなかったが案外あっさりとしたものだと紅林は感じた。

成人式で二十歳になる前は憧れのようなものを抱くが実際にそこに至ると何の感慨も湧かないのと同じだ。
ふと、あの人はどうしているのだろうと考えた。
思い返してみれば自分と関わったのはほんの僅かな期間だった。
紅林は無精ひげを撫でて苦笑する。
――なんだ、ちゃんと感傷に浸れているじゃないか。
「先生

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