見出し画像

ショートショート#13 ラジオの末路

「では、続いてのお便りに参りましょう!ラジオネーム『きのうの明日』さんのセツナピです。」

何度目だろうか、このラジオネームを読み上げるのは。
当番組では恒例となった人気ラジオコーナー、“セツナでセツナいエピソード、セツナピ!”。このコーナーでは、リスナーからの「本当に一瞬のできごとだったけれども、切なく感じたエピソード」を募り、ラジオパーソナリティーである私が紹介するという企画である。

決して大げさなエピソードではなく、日頃のささいな出来事に含まれる切なさを上手く表現して投稿されるこのコーナーは、多くのリスナーからの共感が連鎖したようで、放送局内でも一目を浴びる人気コーナーへとなった。

選ばれる投稿の内容はさまざまで、中学生が親に感じた切なさや、親しい友人に感じた切なさ、中には猥談の中に潜む切なさなどもあり、その幅の広さがリスナーたちの琴線に触れるようだった。

人気コーナーということもあり、多くのお便りが届くのだが、その中でも毎週ピックアップされるお便りがこのラジオネーム「きのうの明日」の投稿である。

たくさん送られてくる投稿の中で、どれを採用するかはラジオのスタッフ達がその場で決めるのだが、「きのうの明日」の投稿に関してはスタッフの贔屓など一切なく、私自身も読み上げながら毎度感動してしまうほど素晴らしい内容であった。
何気ない生活への着眼点、深い感受性、そして美しい文章力。「きのうの明日」とは果たして一体何者なのだろうか。


「・・・というセツナピでした。いやあ、こんなささいなシーンにも切なさがあるんですね。今回もとても感動してしまいました。ラジオネーム『きのうの明日』さん、ご投稿ありがとうございました。と、このまま次のコーナーへ行きたいところなのですが、本日はなんと『きのうの明日』さんとお電話が繋がっています!」

実はスタッフ達も私と同じ好奇心を抱いていた。「きのうの明日」とは何者なのか、と。
そこで、とあるスタッフがダメ元でハガキに記載されていた番号に電話をしたところ、なんと本人承諾のもと繋がったというのだ。
今日の台本にはない流れではあったが、急遽本人への電話をかけることになった。

「もしもし、『きのうの明日』さんでしょうか?」

「あ・・・はい」

若い男性の声がした。年はおそらく19か20歳くらいだろうか。

「毎週素敵な投稿をありがとうございます。私たちもいつも感動を頂いています」

「あ、ありがとうございます」

「どうでしょう?いつも投稿がこのラジオで読まれることについては」

「えっと・・・そうですね・・・うれしいです」

いつも投稿されるなだらかな文章とは違い、なんだか返答の歯切れが悪い。
本当にこの少年がエピソードを書いているのだろうか?そう疑ってしまうほど私たちの想像する彼とギャップがあった。

「普段どんな気持ちで生活をしていたら、こんな素敵なエピソードを書けるんでしょうか?」

「んー、いや・・・」

実は嘘のエピソードなのだろうか?まあ仮に架空の話だとしても、彼の想像力と文章力は人並み外れている。
すこし沈黙が挟まれたのち、少年の声が再度聴こえてきた。

「実はこのエピソード、自分で考えていないんです。いや、自分の出来事ではあるんですけど・・・」

「おやおや、それはちょっと反則ですよ。実はゴーストライターがいるとか?」

「いや、文章も自分で書いています」

「自分で書いているんですか?自分の出来事で、自分で書いているけど、自分では考えていない・・・というと?」

きっとリスナーも同じ疑問を抱いているだろう。
また少し間があったのちに、少年が話した。

「実はこれ、ぜんぶ夢で見るエピソードなんです。あ、でも夢と言っても正夢で、自分が見た夢の出来事が、次の日に実際に起こる。夢の中では、このコーナーに送るべきシーンになると鮮明に文章が浮かび上がって、朝起きたときにその文章をハガキにしたためて放送局に送るんです。もちろんその日は実際にそのエピソードが起こるので、決して嘘ではないのですが。本当のような、嘘のような・・・。自分で考えているような、考えていないような・・・」

なるほど。“きのうの明日”というラジオネームは、“正夢”を暗に表現していたのか。なんだか正夢というのは若干うさんくささもあるが、彼への期待値が高かったこともあり軽率ながらにも褒め称える。

「そんなことがあるんですね。でも実際に起こっているならば『きのうの明日』さんの立派なエピソードじゃないですか。あ、でも文章も正夢で見たものをそのまま書くんですもんね」

自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。まさかこんな素晴らしいエピソードのネタ元が夢オチだったなんて、やっぱりどこかガッカリしてしまう。
なんだか締まりの悪い空気が電話に流れている気がしたので、最後に質問を投げて終わらせようと試みた。

「あ、では、昨日も正夢を見たのでしょうか?このラジオと電話する夢とか。最後に今日がどんな1日の終わりだったかぜひお聞かせください」

またもや沈黙が流れる。早くこのコーナーを終えて次の企画にいかないとな。

「えーと、この番組と電話することも正夢で知っていました。そして、ラジオネーム『きのうの明日』の投稿がすべて正夢をなぞっただけの内容だったと明かされたことで、この番組のリスナーから溢れんばかりの幻滅の感想が放送局に届き、今日でこのセツナピのコーナーが打ち切りになるみたいです。」


その瞬間、放送ブースの切ない空気が電波に乗って、全国へと飛び交っていった。





「ラジオの末路」 了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?