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しまった、祇園祭だった。-母の見舞いに京都へ-

金曜の晩、京都に住む母が入院したと連絡があった。
玄関で転倒し大腿骨頸部を骨折したらしい。来週火曜日に手術予定とのこと。
80代後半に入った母。まだまだ歩きたいと、長年悩んできた変形性膝関節症の手術を思い切って受け、自宅に帰ってきたところだった。
このタイミングで骨折するとは神様よ、残酷なことをしてくれる。
元々2週間後に京都行きを計画していたが、手術中に帰らぬ人になっても困るし、落ち込む母を励まそうと急遽日曜日に京都へ行くことにした。
面会時間は14時からだから、その前にお寺にも行ける。
今日はコロナで心病んだ人たちの長い話を聞き、疲れていたところ。病院で寝たきりの母には申し訳ないが、寺で心を空っぽにしよう。
のんびり考えていた私に、姉から「祇園祭だから気を付けて」とLINEが。

しまった。京都は今祇園祭だった。
日曜なんてまさに宵山。一年で一番混みあう日ではないか。
若い頃は祇園祭を楽しむ元気があったが、最近では人混みが苦手となり祇園祭と送り火の時期は京都に寄り付かないようにしていた。
祇園祭が開かれる時期はバスが込み合い大幅に遅延するのはもちろん、タクシーも拾えなくなる。
私が祇園祭の時期に京都に滞在するのは京都を出て以来、20年以上ぶりとなる。

誤解のないように、私は祇園祭そのものはとても好きだ。山鉾はきれいだし「コンコンチキチンコンチキチン」の音色を聞くと夏が来たなあと感じる。
シュッとした長刀鉾が一番好き。
でも祇園祭の「混雑」が苦手だ。住んでいた頃は何かと不便な思いをした。

せっかく行くのだから長刀鉾だけ見て、あとは観光客が少なそうな寺に行こう。祇園祭のエリアを避けるルートで。
猛暑日の予報にうんざりしつつ、日曜早朝に新幹線で東京を出た。

京都駅は朝から観光客でごった返していた。聞こえてくる会話は多国籍。トイレは大行列。混雑は予想通りだ。暑いが湿気はそれほどでもない。
空いているルートでそそくさと地下鉄に乗り、四条駅でいったん下車する。
地上に上がると、すでに四条通は厄除けちまきを買い求める人々であふれていた。
長刀鉾を拝み、すぐに地下鉄・バスで一乗寺方面を目指す。
祭りのエリアから離れるに従い人は減り、日曜日の静かな時間が流れ出す。

長刀鉾。周囲は人だかり。

地下鉄からバスに乗り換え、最寄りのバス停から上り坂を歩くこと15分。
曼殊院門跡に到着。
予想通り人は少ない。外国の方は一人もいなかった。

曼殊院門跡に到着
人影まばら

勅使門を入り、大玄関を抜けて庭園へ。

曼殊院門跡庭園@京都一乗寺
祇園祭の喧騒を全く感じない静けさ。

曼殊院は山際に位置する。
外気温は35度に達するが、山から吹き下ろす風は涼しく心地よい。
汗だくの体が乾いていく。
庭園を静かにトンボが飛び回っている。遠くから聞こえるアブラゼミの鳴き声に夏の訪れを感じる。
やっぱりいいなあ。心の疲れが取れる。

「盲亀浮木之庭」と名の付く庭。青空が映える。

庭を眺めながら、今から会う母のことを思う。
これまでは本を読んだり、メールを返してくれていた母。
最近は億劫になったのか寝ていることが増え、メールが面倒と電話でのやり取りが中心になっている。物忘れもでてきた。
母の知性が老いによって少しずつ失われていく。仕方ないのだろうけど子として寂しく切ない。
母との永遠の別れがゆっくり近づいているのを感じ、母が今生きていてくれていることに感謝する。
今回の骨折はきついだろうが、頑張って乗り切ってほしいなあ。

色んな事を考えていたら時間があっという間に過ぎる。
近くの天下一品本店で何十年ぶりにこってりラーメンを食べたいなと思っていたが、思った以上に時間が過ぎていた。
ラーメンはあきらめ病院に向かう。

母の入院する病院は町はずれ。タクシーは拾えないだろうから、1時間に1本のバスに乗る。
病室の母は予想よりも元気で、とりあえず胸をなでおろす。
同じ話を何度もしたり、過去の記憶がスコンスコンと抜けていたりはしたが、いつもの母だった。
寝たきりの姿が痛々しい。

帰りのバスの時間が来たので「また来るね」と病室を後にし、京都駅に戻る。
地下鉄では「祇園祭のため四条駅が大変混雑しています。手前の五条駅で降りてください。」とアナウンスが流れていた。
祇園祭の喧騒を感じつつ、巻き込まれることなく京都を後にした。

祇園祭を避けるように過ごした京都。
滞在時間8時間だったが、家族と寺が私を癒してくれた。
明日からまた頑張ろう。
2週間後、京都で元気な母に会えますように。