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"スタイル"を掴むまでの試行錯誤。 2015〜19'sアルビレックス新潟

※もちろん全文無料公開です。頂いた投げ銭は就活やJリーグの遠征費用に費やそうと思います!

①J1昇格に寄せて

 やりました。アルビレックス新潟、J1昇格。アルベルトが築き上げたポジショナルプレー×ボール保持を軸としながら 、”より攻撃的”なチームに変貌を遂げた松橋アルビ。見事、悲願の目標を達成してくれました。
選手・スタッフ・クラブの方々、本当にありがとう

10.8 J1昇格決定


(アルベルト→松橋力蔵で起きたピッチ上の変化については↓)
https://note.com/move_action4869/n/n9ecb512f2ea8


新潟が示してきた強さにはスタイルの導入、それに基づく一貫したフットボールへの取り組みがありました

ポジショナルプレーに基づいてボールと試合を支配する、明確なプレーモデルによってチームスタイルが定着。それを理解した強化部によって選手やスタッフが編成されるので、例え監督が変わってピッチ上の事象が変化しても、大枠となるスタイルに変化はありません

 プロサッカークラブとして理想的な流れを辿ってきた新潟。「だったらウチでもやってくれよ!」とマイチームにそれを求める他サポも多い事かと思いますが、決して簡単な事ではありません

強烈なオーナーシップの下で運営される神戸だったり、親会社から社長が出向してヤマハやトヨタの意向に左右されやすい磐田や名古屋など、クラブ運営の方法は多岐に渡ります。例に挙げた3チームが軒並み低迷している事が象徴的ですが、複雑な権利構造によってピッチ上に混乱がもたらされるケースも一定数存在します。

新潟の場合、イニシアティブをとる親会社が存在しないことでフットボール面の意思決定には強化部、場合によっては社長個人に権限が与えられます。両者ともフットボールへの見識が十分であれば、2020~22アルビレックスのような理想のチームビルディングが可能になるのでしょう。

しかし、新潟にも場当たり的な人選を繰り返して低迷した時期が確かにありました。古き良き時代を築いたハードワーク・カウンタースタイルに固執、何人もの監督を見送ってキャプテンも毎年移籍するチーム、一時はJ2どころかJ3に片足を突っ込む有様。

それでも進むべき道を見つけて這い上がってきた、そんな新潟がJ1に復帰する足掛かりとなったスタイルと出逢うまで(2015~20)の過程を今だからこそ振り返っていきます。

そして、改めてその取り組みに目を向ける事で、良い時も悪い時も「新潟のために」闘ってくれたあらゆる方々への感謝を表したいと思います。

②新潟陥落。遂にJ2降格 


2017年、それまで14年連続で死守してきたJ1の座から遂に陥落。
(その時の事はここを読めば大体分かります) 

降格の背景には方向性の迷走が浮かび上がります。2012年途中〜2015年に指揮を執った柳下正明監督(現:金沢)の下では、2013年に後半戦1位の成績を叩き出したハイプレス→ショートカウンターを軸に、2014はポゼッション・2015は背後への飛び出しと少しづつ肉付けが成されていきました。

目指す方向性が一貫しているために欲しい選手のタイプも明確になり、強化部は現場の意向に沿った補強を敢行。このような事を踏まえると、アルベルト以前では最後となる確固たるスタイルが存在した時代だと言えます。

最終年である2015年には残留争いに巻き込まれるなど苦しい時期もありましたが、ナビスコ杯(当時のルヴァンカップ)ではベスト4進出。タイトル獲得への現実的な夢を残し、次の者へと託す形で柳下アルビは幕を閉じました。


しかし、柳下監督退任の翌年から白鳥は下降の一途を辿ります。後任として曹貴裁(現:京都)、洪明甫/ホン・ミョンボ など堅守速攻型の監督に声を掛けるも失敗。


その結果行き着いたのは柏レイソルを退任したばかりの吉田達磨(現:甲府)、ポゼッション志向の監督でした。(天皇杯優勝おめでとうございます)

「若手育成の手腕を評価した」との人選ですが、堅守速攻型からゴリゴリのポゼッション型というピッチ上において目指す方向性が全く違う監督に声を掛ける当たり、チームコンセプトもクソもありません。

この事から柳下アルビが築き上げたスタイルは、(2004年から17年まで強化部長を務めた) 神田勝夫氏を中心としたクラブの意志決定によるものではなく、柳下監督の素養によって偶発的に構築されていた事が露呈されました。 

 達磨監督

達磨監督、本当に人格者というか選手達から信頼されていたのは間違いなかったようで安英学の話とか、現役生活で一番印象に残った監督と成岡が証言しているなど、とにかく求心力の高い監督でした。

https://www3.targma.jp/nfp/2022/03/23/post6723/


前述した記事を読むと分かりますが、ポゼッションを基本としながら選手の配置に調整を加えて、それに基づく個人の技術を高めていく監督。彼に近い志向性がある人物を挙げるなら仙台の指揮官・伊藤彰が当てはまります。

しかし、レオシルバやラファエルシルバという強力な外国人がいたとはいえ、前年と殆ど変わらない選手編成が達磨監督には用意されました。監督の志向性は大きく変わったが、選手の顔ぶれが全く変わっていない。そうなると達磨流の浸透が遅れてしまう事もあり、3度の3連敗を含む7勝6分17敗。結果的に吉田アルビは半年で瓦解する事になりました


後任には片渕浩一郎コーチ(現:鳥栖ヘッドコーチ)が内部昇格で就任し、伝統の4-4-2から新潟らしさを押し出して何とか残留を果たしました。

 https://youtu.be/vGcg2Ir1rO8


一貫した方向性も何も無い強化方針は2017年も変わらず。場当たり的な監督人選を繰り返して
・影山雅永 (川又獲得を有利に進めるため)
・トニーニョセレーゾ (憧れの鹿島ニズム)
・城福浩 (ムービングフットボール)
に声を掛けるも立て続けに失敗。



最終的に柳下監督の下で以前コーチを務めていた三浦文丈(現:松本山雅ヘッドコーチ)をAC長野パルセイロから呼び寄せる事になります。

本間勲、矢野貴章らレジェンドを呼び戻して新潟らしさ(=走る、戦う)を復活させようと取り組みますが、レオシルバやラファエルシルバら多数の主力選手が抜けた選手編成には大きな補強も無く、その上スピードスターのブラジル人FW・ホニを走らせる”だけ”のロングボール一辺倒のサッカー

点は取れずに失点は止まらない、そんなこんなを繰り返していつの間にか最下位転落。開幕から10試合で三浦アルビは過去のものになってしまいました。

その後、G大阪で散々な成績を叩き出した過去のある呂比須ワグナー監督を何故か呼び寄せて「ブラジリアンと日本人の融合で残留や!」を果たそうとするも流れは変わらず。

終盤は6戦負けなしと立て直しますが、残留を果たすための勝ち点には届かず。結局11月にJ2降格が決定。負の連鎖は最悪の結果に結びつく事となりました。


③誤算続きのJ2初年度 

 その場しのぎの監督選考と選手編成→当然結果は出ない→シーズン途中で監督交代→そんな所に行きたくないと監督のなり手が居なくなる→さぁどうする

という悪循環に陥った新潟。この頃のクラブの考えを読み取ると、ブラジル人選手を中心としたカウンタースタイルにビックスワンの雰囲気や県民性が加味されて、新潟=走力を活かした泥臭いサッカーだと解釈している節がありました。

しかし、走る・戦うといったサッカーにおける基本姿勢はどのクラブも標準装備済み。ピッチ上の現象を必然的に優位な状況に持っていくか、チーム戦術など具体的な組織構造の仕組みが問われつつあった時代の中で抽象的な姿勢しか示す事の出来なかった新潟。アップデートされない価値観を保ちながら、進化するサッカーのトレンドに置いていかれる一方でした。

そうした事を踏まえてか、降格を受けて退任した神田勝夫氏の後を継いだ木村康彦強化部長はJ1へ戻る事を至上命題としながら、一貫性のあるスタイルの定着を図りました。

もちろんJ1復帰も目指しながらも、今後J1に上がったときに安定したポジションを作ることさらに長期的な視野で言えば、アルビレックスのスタイルを築き上げて、選手が新潟に来たい、新潟でプレーすれば自分が成長できる、もしくは代表選手になれる。そういう魅力あるクラブになるために、鈴木監督にお願いしました。

鈴木監督就任会見より、木村強化部長

https://www.albirex.co.jp/news/53900/

その1年後に就任する新社長が似たような話を大々的に発信する事になるのですが、木村強化部長はこの時点でその必要性を理解して動いていました。

スタイルの定着と1年でのJ1復帰、この難解なミッションを成し遂げるため招聘されたのが鈴木政一監督。今でもJリーグ史上最強と謳われる黄金期(2000~2002)のジュビロ磐田を率いて、あらゆるタイトルを獲得してきた名将です。木村強化部長とは年代別日本代表を率いていた時に繋がりがあり、その縁もあって監督就任が決定しました。

 鈴木監督の求めるチームスタイルを端的に表すと、ピッチ上の事象に対してその場で最善の状況判断を下し試合を優位に進めていくサッカー。代々の日本代表が得意とするスタイルです。

アルベルトや松橋力蔵も個人の判断を尊重する趣旨のコメントを残していますが、その背景には組織としての大枠が明確にあってこそ。ボール保持で試合を支配する事を前提に、相手を分析して浮き彫りになる配置のズレに基づいたビルドアップ・プレッシングを提示してピッチ上に迷いが生まれないよう選手達にアプローチしています

鈴木監督はプレッシングの際の共通意識 (ビルドアップに関わる相手DFと人数を合わせる・同サイドに人を集める) などチームで共有する原則を提示するも、相手の分析に基づいたゲーム運びにはあまり着手せず、基本的に選手の状況判断に委ねるアプローチを採用しました

その場で選手同士の判断が噛み合えば、新潟に対して準備してきた相手の想定を上回る事が出来ます(↓)。当時は対策されにくいサッカーだと表現されていましたが、それを完成させるのは決して簡単ではありません

また、鈴木監督が築いた黄金期の磐田ではスタメン全員が日本代表クラスという高い個人能力を誇っていました。そんな彼らでも苦しんでようやく成り立たせたサッカーを1年も経たずに”新潟の選手たち”で実現できるかと言われると言葉に詰まってしまいます。

J1昇格だけでなく、定着する力も付けようとする鈴木監督は、選手の判断を重視する。守備で最優先されるのはボール奪取。そのために相手ボールに規制を掛けるファーストディフェンダーが、ボールサイドを数的同数にしたところで奪いに行くなど、判断の基準は提示済みだ。

 だが、ボール状況と寄せ方によって後続者が判断を変え続けなければならない、いわば“不定形のプレス”において、最初の少しのズレが一気に大きな歪みとなりかねない不安定さが、新潟の選手たちを苦しめた。



また、当時のJ2では徳島:リカルドロドリゲス、東京V:ロティーナ、大分:片野坂知宏、水戸:長谷部茂利、山形:木山隆之、千葉:エスナイデル、京都:布(ryなど優秀な監督によって緻密な組織構造を誇るチームがひしめく文字通りの魔境。そのようなコンペティションで (特段質で上回る訳でもない選手達の) 状況判断を頼りに戦わないといけない新潟。そんなチームが勝ち抜ける程甘い世界ではありませんでした

https://www.football-lab.jp/niig/match/?year=2018

もう見ての通りです。開幕時こそ好調でしたが徐々に歯車が狂い始め、7節以降の4連敗・夏場の3連敗などJ2降格初年度にして地獄を味わいました。負ける事がデフォルトになったチームでは監督の求心力も低下。エースFWから監督批判とも解釈できるコメント(削除済み)が出た試合を最後に、鈴木アルビは終焉の時を迎える事になりました。


その後、またしても戦後処理を託された片渕監督の下でシンプルな落とし込みを図りながら、「新潟はやっぱこれじゃん!」と縦に速い新潟らしいサッカーに回帰。一時はJ3降格の危機にも瀕していましたが、終盤の5連勝もあり何とか16位フィニッシュ。


ここからまた監督を変えると当然2017年を繰り返す事に。しかし、片渕監督就任後の一体感や好調ぶりを評価されて4年ぶりの監督続投を発表。期待が高まる中、初めてシーズン始動から指揮をとる事になった片渕監督の下で新潟らしさを見つける旅が始まる…はずでした


④変革の兆し、そして失敗 

実は鈴木政一 → 片渕浩一郎という監督交代の直後に重要な役員人事が行われました。

 強化部長交代:木村康彦→神田勝夫

鈴木監督の交代は中野社長の判断によるものであり、連れてきた監督を失った木村康彦氏は事実上権限を失った状態に。非常に優秀な方で知見をアップデートさせていれば…という思いもありましたが、そこは中野社長お得意の「困ったら新潟OBを召喚!」ムーブで神田勝夫氏が強化部長のポストに舞い戻ってくる事に。コネクションの広さとかなんだかんだ頼りにはなりますが、前述してきた2015〜17年の手腕を考えるとそこまで期待は出来ません。

しかし、もう一つ大きな人事がありました。

専務取締役:是永大輔氏就任

元々アルビレックス新潟シンガポールやアルビレックス新潟バルセロナなど海外支局で実績を叩き出していた敏腕経営者が満を持して本家アルビレックス新潟に

自著によると2017年末には他所のJ1クラブから社長就任のオファーがありましたが、悩んだ末に「新潟の力になりたい」と拒否。その約半年後、新潟の専務取締役、要は来季からの社長就任を見越したポストに据えられました。

2018年はSNS運用・スタジアム運営の効率化など主にピッチ外の環境改善に着手していましたが、翌年からはピッチ内の変革にも本格的に取り組み始めました。

次々と打ち出される改革案によって大きく話題になった2018シーズン終了後の社長就任会見。そこで掲げられた方針の中で特筆すべきはJクラブ初となるメソッド部門の新設

そこで、メソッド部門を新設します。メソッド部門とは何か、といいますと、アルビレックスのサッカーはこういうサッカーだ、こういうスタイルだ、ということをアカデミー発信で、トップチームからスクール生まで一気通貫させるメソッドの部門です。これはJリーグで初めての試みだと認識しています。何を狙っているかというと、アルビを日本一の育成クラブにしたいと思っています。

https://tjniigata.jp/special/arbirexniigata-syachou-kaiken/

スタイルの構築・定着に真剣に取り組む土壌が無かった新潟。そこで彼はアカデミーからトップチームまで一つの道が出来上がる仕組みを創ろうと、世界各国に広がる人脈を使ってスペインの育成プログラムを導入しました。

前年度に頓挫した「新潟スタイルの再定義」へ、その土壌が徐々に固められる中で肝心のトップチームはどうなるのか。新体制会見で示されたスローガンは「走れ!ニイガタ流儀

片渕監督が展開してきた、プレッシングで相手を追い詰める、そこからの縦に速い攻撃でビックスワンを沸かせる事が新潟のスタイルだと是永社長も表現(意訳)。

フットボール批評issue23 是永社長インタビュー (2019年1月)

バルサではなくアトレティコ・マドリー、現在のリバプールのサッカーです。あれにアルビレックスのサポーターは血湧き肉躍る。

粘り強く守る、走る。奪ったら縦に速い攻撃を展開する。新潟がビックスワンで見せてきたサッカーこそが伝統であり、その躍動感溢れる姿にサポーターも熱狂する。このサッカーを体系化された具体的なスタイルとして築き上げる事をクラブは青写真として描いていました。

片渕監督をスペインへ短期留学に行かせたり、編成面では片渕アルビの中心であるDMFカウエ・加藤大の残留に加えてJ3得点王・レオナルドを獲得。何とか変革1年目を成功させようとクラブも必死のサポートを働きかけました。

https://twitter.com/ALB_Barcelona/status/1072443046275530752?t=QITdsop_GWKao8VIdYWAyA&s=19

https://twitter.com/albirex_pr/status/1081762323612741632?s=20&t=-BAiWTHCivMroAUaeI2XTg

 前年度を良い形で終えた体制が更に上積みされている。私を含めて多くのサポーターがこう思って相当な期待をしていたはずです。開幕に向けて機運・期待は高まっていく一方でした。

 蓋を開けてみると、最低でも及第点以上”を与えられるような完成度と結果を示し、開幕4戦で2勝1分1敗を記録。チームの狙いとして構築してきたプレッシングからショートカウンターの形が出来上がりつつあり、2節千葉戦では本当に狙い通りの形(とりさわさん参照↓)から田中達也のスーパーショットが炸裂。


また、”Dゾーン”とチーム内で名付けられていたペナルティエリアの角を攻略する事で、高木善朗が新潟移籍後のリーグ戦初ゴールをマーク

https://youtu.be/KDe7t0i_05Y


チームで共有されている狙いと実際ピッチ上で起こっている事象がリンク
しており、片渕アルビのチーム作りは順調に進んでいると誰もが思っていました。

しかし、直後の5.6節で連敗を喫すると、7節町田戦では脳死でFW矢野貴章にとにかくロングボールを当てまくる、プレミア2部のようなサッカーを展開するように。渡邊凌磨のゴラッソで何とか勝ったものの、先行きがかなり不安になる試合内容でした。


この頃も今現在もそうですが、サッカーではクリーンなビルドアップ (プレッシャーに来る相手を剥がしながらチーム全体でボールと陣形を前進させる事) を経て、いかにFWに時間と余裕を与えてゴールを仕留めてもらうかが問われる時代。
↓のように、ゴール前で勝負出来る場所・状況で質の高い選手にボールを届けられたら得点の可能性はグンと高まります

そんな時代に「さぁどうにかしてこいや!」と言わんばかりに雑なロングボール※1 をFWに放り込んでも普通に厳しい事は想像に難しくないはず。それに前年度にそのやり方で何とか起点を作ってくれたエース・河田篤秀(現:大宮)は移籍金を残して徳島に移籍

人的リソースが乏しいのに攻撃機会の再現性が低い(=ボール保持の仕組みが壊滅的)。弱点がバレた新潟はその後の2試合、苦しい展開ながらも終了間際に何とか追いつく事で勝ち点2をもぎ取ります。しかし、負けてはいないけど勝ててもいない。その上攻撃に停滞感が見え始めており、不穏な空気が流れ始めていました。

そして4月14日、衝撃のリリースを発信する事になります。


⑤見えてきた、新たな新潟スタイル

確かサッカー部の試合を終えた頃でしょうか。アルビ公式Twitterの更新通知が届く自分のスマホを開くと、こんなツイートが目に入りました。

…………マジ??????!!!!!!

何が起きたのか、当時は頭の整理が追いつくまで時間が掛かった記憶があります。J1昇格を目標にしながら9節終了時点で3勝3分3敗の9位。成績不振という事で片渕監督は解任。2016年から4年連続、またしてもシーズン途中で監督を見送る事になりました。

解任については、引き分けに終わった9節山形戦後に是永社長・神田強化部長・片渕監督の3者を交えた話し合いによって決定。その旨を選手やスタッフ、更には動画を通じてサポーターに説明を果たしたのは是永大輔社長

基本現場に口は出さないと自ら語っていましたが、この年は監督人事の決定権を完全に社長が握っていたと解釈していいでしょう。片渕監督の解任もそうですし、後のアルベルト招聘も是永社長のコネクションと交渉によって実現しました。

これまで長年、育成組織やトップチームに携わってきて人望も厚い片渕監督の解任。当然すんなりと解任が受け入れられる訳もなく、これも社長の自著によると選手から、更に新潟日報の総括記事によるとスタッフからも相当な反発があったようです。
(当時京都の監督だった中田一三氏からも懐疑的な声が↓)

 
確かにこの監督解任劇はツッコミどころ満載でした。
成績が悪い訳では無かった
・選手スタッフからの片渕監督の求心力
・2019は新潟スタイル定着を志す年=多少は時間が与えられるべき
・後任が「お友達人事」とも捉えられる

 一番最後の点、「お友達人事」と揶揄された後任人事ですが、就任したのは吉永一明監督。是永社長とはアルビレックス新潟シンガポール監督時代に繋がりがある方で、後任としてオファーを受ける以前はアルビレックス新潟のアカデミーダイレクターを務めていました。

こんな指導者に出会えたらそりゃ良い選手も育つよなと納得させられた本

罵詈雑言も重なる中、「人生で一番しんどかったかもしれない」と語る任務に着手した吉永監督。この年で最終的に得点王に輝くレオナルドにどうボールを届けるのか、最終地点から逆算して安定したビルドアップからクリーンに前進、良い形で彼にボールを届けられるチームを目指しました。

片渕監督も実践してきた代々の伝統である縦に速いサッカーから少しづつボール保持の色を強める。この頃から新たな新潟スタイルの始祖が誕生する事になります

就任当初は得点は取れるけど失点がかさみ、4連敗を喫するなど「またしても…」という予感もありました。また、吉永監督をサポートするスタッフ陣、主に戦術浸透に貢献してくれるヘッドコーチの招聘を求める声もありましたが、4連敗後にはメンタルコーチの招聘報道。「そっちかい!!」と総ツッコミが入る始末。

そんなこんなで一時はどうなる事かと思いましたが、戦い方を少し現実路線にシフトさせて、低い位置での守備ブロック→前線のブラジル人をスペースに走らせてチャンスメイクなど、既存戦力の特徴を上手く活かしながら徐々に勝ち点を積んでいきます。一時は総得点がリーグ1位に躍り出るなど、爆発力を誇るチームと化していきました。

 夏場には不安定だったディフェンスラインに舞行龍ジェームズを川崎から呼び戻し、大武峻とのCBコンビが鉄板化する事で後方が安定。徐々にボール保持型のチームに再シフトしていきます。

ボランチにはカウエに変わって高木善朗、更にはルーキー秋山裕紀を抜擢。WGにはこちらもルーキーの本間至恩が名を連ねるようになり、翌年以降も新潟を支える事になる堀米悠斗・舞行龍ジェームズ・早川史哉・高木善朗ら中堅選手とボールスキルに長けた若手、強力な外国人選手が上手く融合したチームに。

ボールも陣形もクリーンに前進させる事で、前線の選手達に良い形でボールと時間が与えられるようになった新潟。38節京都戦では狙い通りの試合運びから狙い通りのゴールを生み出すなど、紆余曲折ありながらも吉永アルビは安定したボール保持と力強さを見せつけるようになりました。

5月の4連敗と8月の3連敗、落とした勝ち点は決して小さくなかった事でプレーオフ圏内にすら絡めなかった新潟。それでも吉永アルビが積み上げてきたサッカーを踏まえると、2020シーズンの監督続投も説得力ある選択肢でした。

そんな矢先にある報道が。

 (この日も例に漏れず、移籍シーズン恒例の「朝起きて即Twitter開いて移籍情報チェック」を行いましたが、過去一番に目覚めが良かった記憶)

ドメネクトレントとは、FCバルセロナ・バイエルンミュンヘン・マンチェスターシティと世界的な名門クラブで名将ペップグアルディオラのアシスタントコーチを務めてきた優秀な指導者。2019年はニューヨークシティFCで監督を務めていた彼に新潟がオファーを出したと言うのです。

経歴も実績もある方なら当然それなりの待遇が必要であって、「そんな人を連れてこれる訳なかろう!」とその後直ぐに是永社長が火消しに奔走します。

https://twitter.com/_kore_/status/1194428231727714304?t=C7822DEoeP-

rFjLjGWvKw&s=19


しかし、夕方に出た神田強化部長のコメントを読んで「あぁ監督は変わるんだな」と確信しました。続投ならこんな中途半端な感じにコメントしませんよね。

神田強化部長も「現体制を続投させるか交代させるかを判断してからの話なので困惑している。否定も肯定もできない」と話しており、その真偽のほどは定かではない。

神田強化部長は「現監督の続投も含めて、来季の体制を考えている段階」とした。


けど一体誰がやってくるんだろうか。次の一手を待っている中、最終節を残すのみとなった週の月曜日に吉永監督の退任リリース
そしてそのリリース直後、本当にその直後。退任を受け止める間も与えないスピードで新たな一報が入ってきました

やってきたのはニューヨークシティFCでトレント監督のヘッドコーチを務めていた、「グアルディオラの右腕の『右腕』」

アルベルト・プッチ・オルトネダ

指導者としてFCバルセロナの育成組織に携わり、その後は各国を飛び回ってあらゆる形でフットボールに関わり続けたアルベルト。

新潟に明確なプレーモデルを根付かせる事、「CLにアカデミー出身の選手を4人送り込む」と社長が公言していたようにアカデミーからトップチーム、トップチームから海外移籍の流れを作る事。大きくこの2点を期待されての就任となりました。

どうやら新潟とは早い段階から交渉を進めていたそうで、代理人の紹介でコンタクトをとった是永社長とはニューヨークで会談。サッカーに関するあらゆる話をした上で両者の考えが一致した事から来季の監督を引き受ける形となりました。

そんな経験豊富な名伯楽はトップチーム監督初挑戦。結果的にスタイルの伝道師となるスペイン人指揮官を迎え、新潟はポジショナルプレーを軸に、常にボールも試合も支配する能動的なスタイルに本格的に変貌を遂げていく事になりました。


⑥ボールを愛する新潟

本記事ではいよいよ最終章。

クラブを発展させるため、スタイルの本格導入へ。希望に満ち溢れた新潟ですが、ここまでの流れの通りそこに行く着くまでのプロセスでは常に迷走のレールの上に立っていました。2020シーズンから新潟U-18の監督を務める事になった吉永監督はシーズン総括会見で

途中から指揮をする難しさを感じました。結果が出ているクラブはビジョンがあって、それに合った監督、選手編成があり、キャンプから始まる。そういうクラブは来年の戦いへ、すでに準備が終わっていると思う。1年前にほぼ勝負が決まっているくらいで臨むクラブが上位にいると感じる。

このようにクラブに提言を残していきました。来季やその先を見据えたチーム作りへ。アルベルト監督を迎えた新潟はオフシーズン、これまでとは比べ物にならないほど完璧な準備を進めていきました

まず、これまでと明らかに違ったのが前体制と親和性があった事。それまでの監督交代では変わる前と変わった後でピッチ上で展開される事象が大きく変化していました。
吉永→アルベルトという流れではボール保持に重きを置いている事に共通項があり、新監督のサッカーが浸透しやすい上に、既存戦力の中で来季も残すべき選手が明確になるなど、チーム作りに関する様々な要素をスムーズに進めやすいという利点があります。

2019シーズン終了後には矢野貴章・小川佳純・野澤洋輔・田中達也(後に再契約)ら高年俸であるベテラン選手の契約満了を発表。
「レジェンド達の一斉退団」という普通なら荒れかねない事態ですが、アルベルト監督の就任を早めにリリースして方向性が明確になった分、「悲しいけど仕方ない」と前向きに送り出せました。ホーム最終戦のセレモニーで挨拶の機会を設けたのも◎


編成面では強化部とアルベルト監督が綿密な連携をとりながら進めており、指揮官がチェックしてGOサインを出した選手に最終的にオファーを出していました。実際この年に獲得したGK小島享介・CB/SB田上大地・DMF島田譲は現在も主力として活躍しており、徹底した選手獲得のプロセスが功を奏した結果となりました。

特筆すべきは監督を支えるスタッフの顔ぶれ。監督の示すゲームモデルを理解したヘッドコーチや、そのフットボールに必要なフィジカル面を鍛えられるフィジカルコーチなど、指揮官とコミュニケーションがとりやすい指導者を揃えてくる事が円滑なチーム作りへの近道になります。

新潟では同じスペイン人であり、アルベルトのサッカーを理解するオスカルエルナンデスをヘッドコーチ、エウガヴィランをフィジカルコーチに招聘。

そして、大事なアルベルトの声を届ける通訳には村松尚登氏が就任。スペインでの指導経験もあって独特なニュアンスで表現される言葉も流暢に翻訳。何よりメッセージを熱量込めて伝えられる(↓)のが最大の魅力。彼がいなければあのレベルまで浸透する事はなかったと思います。

(新潟監督時代の話)
自分が伝えたかった指示と、選手たちがそれを受け取り表現している内容を照らし合わせると「あれ?」と首を傾げることが重なるようになっていった。
長年一緒に活動して来たスタッフなら、完全に同じ絵が描けていたのかもしれない。このままではしっかりと伝わっていないと感じた私は、直接自分の言葉で話すようになり、それからは選手たちとのイメージの齟齬も解消されていった。

『異色の指導者』吉永一明 P162

鈴木・吉永監督の時のように、外様の監督だろうとスタッフ陣に新潟OBを置き続けた反省点を活かし、充実した陣容でアルベルト監督を支える事になりました。

https://twitter.com/puigortoneda/status/1227925503882846209?t=YoLyccqGpO62Rd0Ypisykw&s=19


そのようなチーム編成に取り組んだのは2019シーズン終了後に就任した玉乃淳ゼネラルマネージャー。フランクな解説者というイメージが強い氏ですが、サッカークラブのGMを目標にしながら博報堂でキャリアを積んでいたところ、スペイン語が堪能でアルベルト含む現場の人間と意思疎通がとりやすい事から新潟のGMに就任しました。

 
アルベルトの就任リリースやその後の新聞対応は神田強化部長が対応していたものの、監督人事は是永社長が主導していました。実際の編成のスピード感を踏まえるとシーズン終了前から諸々動いていた事は明らかであり、2020年からの強化部再編も既定路線だったのでしょう。神田強化部長は提携校である新潟医療福祉大学のポストに就き、空いた強化部門のトップに玉乃氏が就任する形となりました。

明確なスタイルがあり、それを理解して現場と密にコミュニケーションをとれる強化部がいて、適応出来る選手・スタッフを編成する。一本道になっているチーム作りのプロセスの下で新潟の変革は進んでいきました。


そして、何よりも大事なのはアルベルトが落とし込むプレーモデル。就任以降、ポジショナルプレーを軸にボールも主導権も握るスタイルの定着を図りました。

その根底には、ボールを支配しながら得点機会を構築する"理想"とそれに基づくチーム戦術というマクロな部分、そしてポジショナルプレーを可能にする個人戦術というミクロな部分が存在します

個人戦術とは例えば、
・ボールを受ける際の体の向きなど身体的な動作 (↓)
・ピッチの中でどこに立つか?どこへ動くか?という「ポジショニング
・ボールを奪われた際にすぐに奪い返す即時奪回などチームで共有されるプレーへの意識


このように、身体操作から意識に至るまで個々に植え付けられる様々な要素を指します。ミクロに当たる個人戦術ですが、松橋アルビでも随所にみられるように、例えアルベルトから監督が代わっても、変わらず必須になる要素。つまりクラブの根幹にあるべきものだと言えます。そのためスタイル定着の足掛かりを作ろうと、就任当初から個人戦術を鍛える練習を行ってきました。

しかし、田中達也のように代表や浦和で一時代を築いた選手でも即時奪回には初めて本格的に取り組んだり、市立船橋→G大阪というエリートコースを歩んできた高宇洋は加入1年目のキャンプ中、ポジショナルゲームの際に体の向きやパスを出す所を怒り交じりにアルベルトに指導されていました。(↓17:07~)

https://youtu.be/Z99NA6mOzLY?t=1027

こうした事実からも分かるように、世界では当たり前のように指導されている個人戦術を学ぶ環境・教えられる指導者が日本には殆ど存在していませんでした

これまで体感してこなかった物に新たに触れるとなると、体に染み付くまでそれ相応の時間が掛かる事に。それは同時にチーム戦術の浸透も遅れる事を意味します。実際にアルベルが現在指揮を執る東京でもこの部分が中々浸透しておらず、当時は新潟もかなり時間が掛かるかと予想されました。

しかし、意外や意外、新潟は割と早かった
適性を見抜いて獲得してきた小島亨介や島田譲、相手を引き付けながらボールを届けられるCB舞行龍ジェームズ、ドリブルで運べるMF本間至恩などスタイルの浸透に貢献出来る選手が揃っており、ビルドアップは早い段階から完成。サポーターもこのクラブの方向性に改めて理解を示すようになりました。


また、これまでビックスワンで展開されてこなかったサッカーを持ち込む事がサポーターの目にはどう映るのかという問題もありました。縦に速いサッカーを観て熱狂してきた彼らがビルドアップの際のパス回しを見てどう思うのか。その上結果や成果が見えてこないと、当然批判の声も大きくなっていきます

是永社長としては物事を進行していく中でこうした不安も抱えており、実際アルベルトにもその旨を伝えました。そこでスペイン人はペップグアルディオラがマンチェスターシティを変えた事を例に出して、問題ないと振舞ったそうです。

「マンチェスター・シティを見てほしい。最初にグアルディオラが監督になったとき、『フィジカル重視で堅守速攻のプレミアリーグではボールを保持する戦いはできない』と言われたけど、勝ち始めたら誰も文句を言わなかったでしょう。勝てば全てが変わる」

『つぶやかずにはいられない』是永大輔 P137

当時のイングランド・プレミアリーグでは屈強な漢達が体を削り合いながら、常に頭の上をボールが飛び交うサッカーが展開されていました。そこにマンチェスターシティの監督として飛び込んだグアルディオラはボールを地につけながら、ポジショナルプレーによってボールも試合も支配するスタイルを植え付けました。

https://wegottadigitupsomehow.hatenablog.com/entry/2017/10/21/221411


その結果、マンチェスターシティのサッカーをガラリと変えて、見事な完成度にイングランド式のサッカーを見続けてきたサポーターの文化も一転させました。更に、今現在のプレミアリーグでは彼の系譜を継ぐ者が次々と監督として登場するなど、チームから最終的にリーグの色まで塗り替える事に成功しました。


 このようにグアルディオラのような仕事を達成すれば新潟でも受け入れられる、スペイン人指揮官はそう確信していました。

紆余曲折を経ながらも2020年。万全のサポート体制、そして新たな新潟を創る事に意欲的な選手達と共に、「ボールを愛する」アルベルト新潟の挑戦が始まっていきました。


~完~


※1 ロングボールを競ったセカンドボールを拾って速やかに2次攻撃に移行する「ストーミング」という方法論もありますが、そういった狙いは感じられなかったのでこう指摘しています。決してロングボール自体を否定している訳ではありません


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