松橋力蔵について分かってきたこと
名伯楽・アルベルトの跡を継いでアルビレックス新潟新監督に就任した松橋力蔵。就任に際して彼について調べてみた事を記して↑から約5ヶ月。松橋監督率いる新潟は自動昇格争いを繰り広げている。
そして、それまでの濃密な期間の間で松橋監督について分かってきた事がある。どんな監督なのか、どんな人なのか、何故新潟は好調を維持しているのか…。アルビのみならず他チームのサポーターが抱く疑問までも解消できれば幸いである。
①アルベルトからの継続
選手としても指導者としても殆どの時間をマリノスで過ごす中、新潟の地にやってきた。その背景としては
・これまでの役職であるヘッドコーチやユース監督から更なるステップアップ(=トップチーム監督)を果たしたかった
・マリノスでの元チームメイトである寺川能人(現新潟強化部長)との繋がり
・スペインサッカーへの憧れ
が挙がると、前述した記事では指摘している。
今季の新体制発表会見では2021年の松橋”コーチ”招聘の理由として「コーチが足りなかった」「ユースでの現場を見て『監督っぽいな』と思った」と強化部長は語っていたが、招聘にあたってアルベルト後の適任だと見据えていた事はまず間違いないだろう。
そして実際に彼に与えられた(期待された)ミッションは
”アルベルトが植え付けたポジショナルプレーを軸に、より攻撃的な姿勢を示して最終的にはJ1昇格”
文字にするだけでもとんでもない要求である事が伺える。しかも新潟サポのみならず全国のサッカーファンにも説明不要で通じてしまう前任者のパーソナリティや影響力を踏まえると、言葉を選ばずに表現するなら「厄介なミッション」を引き受けた形になる。
どんな実績や器量を持ってしても誰もが苦戦を強いられるだろう挑戦に対して、来潟2年目・トップチーム監督初挑戦の松橋力蔵は真っ向から立ち向かい見事に力を示しているのだ。
イタリアのスポーツ紙・ガゼッタ・デロ・スポルトが評価するなら10点満点中8.9点は堅いだろう。分かりにくいと思うが、それほど素晴らしい仕事ぶりを果たしているのである。
②松橋スタイル:Ⅰ
Ⅰではピッチ上について。個人戦術やポジショニングによってチーム全体で相手に優位をとるポジショナルプレーを軸とする大枠は変わっていない。しかし細かい部分に関しては明確に変化が見られる。
アルベルト就任以降の新潟スタイルを大雑把に示したのが↑の図である。スペイン人指揮官によってビルドアップ(チーム全体でボールを前進させる事)・即時奪回(ボールを奪われたらすぐに奪い返す事)の2点はスタイルの転換を図る中で重点的に強化されて、どんな相手に対してもボール保持によってゲームを支配できるようになった。
しかし課題となったのが、図でいうと前方にボールを運んでからの「崩し・フィニッシュ」。特に昨年はよく『決定力不足』だと監督が嘆く言葉を目にする機会があったが、決定力を嘆かれるそのFW陣に対してそもそものシュートチャンスを与える事が出来ていたかというと…。
新潟日報の昨シーズンの総括記事やキャプテン・堀米悠斗のインタビューによると、その背景には監督により"リスク管理"が徹底されていた事が伺える。リスク管理とは、例えばボールを保持していてもあらかじめ後ろに人数を割く事で、奪われた際のカウンターに備えておく事。しかしこれにより前方に人数を割けず、満足いくチャンスを創出できないシーンが目立っていた。
アルベルトからしたらボールを失った際のカウンターや選手各々のポジションバランスが崩れる事で試合のコントロールを失う事を恐れたのだろう。しかしそれは決して悪いだとか間違っているとは全く思わない。リスク管理を怠るとこういう事になるからだ。↓2:07〜
アルベルトとしてはこういったシーンの創出を嫌った上で、リスク管理に重きを置いたと推測する。昇格争いという、1点が状況を大きく変えてしまうシリアスな戦いに身を置けば、よりリアリストにならざるを得ないだろう。そのため慎重なプレースタイルになりがちであった。
一方の松橋監督は「崩し・フィニッシュ」を強化しようとチーム作りに精を出し続けてきた。
横浜戦の2点目にそのキーワードが顕著に表れているが、「オーバーロード」を一つの崩しの軸としている。噛み砕いて表すなら『同サイドに選手を集めて各々がポジションを入れ替えながら、ショートパスを繰り返してクロスやシュートまでもっていく』事である。
SBやボランチの一角もこれらの関係性に加わるが、味方同士が比較的近いポジションをとっている事によりボールを奪われた瞬間の即時奪回が機能するので、カウンターのリスクを許容していると推測する。
アルベルト時代も同サイドに選手を集める事はあったが、それはそのサイドの守備対応に人数を割く事により、相手が手薄になった逆のサイドで本間至恩という最強ドリブラーにボールを届けて勝負させるためである。この狙いに対して松橋監督は「同サイドで崩しきれ」という要求をしているそうで、オーバーロードを軸としながら崩すシーンが格段と増えた。
このゴールもそうだが、選手が密集したりポジションを入れ替えるにしてもいるべきポジションに新潟の選手が顔を出して動き続ける事で有効にオーバーロードを成り立たせている。紛れもなく2020年からの2年間、アルベルトの下で適切なポジショニングを徹底してきた事があっての今だろう。
また、相手を動かす事で生じたスペースを突いてボールを進めていき、最終的にフィニッシュまでもっていくアルベル期からのやり方も継承。
このように松橋監督は大枠(ポジショナルプレー)を引き継ぎながらも前体制で浮き彫りになった課題(崩し→フィニッシュ)に対して、積み重ね(適切なポジショニング)を活かしながら新たな要素(オーバーロード)を取り入れたのである。
その効果はデータにも表れており、football labによると2022年のチームはチャンス構築率・シュート本数で両方ともリーグ1位を誇っている。昨年はそれぞれ7位・11位だった事を踏まえると尚更その効果が強調されるだろう。
他にも言及したい点はあるが、それは盤面上での事象を分析する事に長けた方々を参考にしたいと思う。
③松橋スタイル:Ⅱ
ここでは選手起用や本人の振る舞いについて。スタメンを選ぶ際には常に同じ選手達を選ぶのではなく、「ローテーション」といって疲労度やその後の日程を見ながら1試合毎にメンバーを入れ替える起用法を行っている。強度が高いスタイルのためか代々で比較的ローテーションが多い印象を受けるマリノスだが、その起用法を参考にしている節があると推測している。
また町田戦のプレーを評価されて次節でのスタメン入りを果たした小見洋太がその一例であるように、試合や練習で高パフォーマンスを見せたら大胆にも起用していく。
試合後の会見でこのようなコメントも残すなど、選手からしたらどんな状況でもモチベーションを絶やさずに練習に取り組めると思わせてくれる監督だと考える。
選手との距離感は近すぎずも遠からずといったところか。インタビューで高宇洋(愛称:ヤン)を「ヤン選手」と呼んだり、試合後のバス車内で愛弟子・松田詠太郎に対する絡みを見せるなど時折微笑ましい一面も。
そして何よりも本人の人間"力"。人間力というとサッカー解説者の山本昌邦氏を指す呼称が連想されるが、若干(というか殆ど)ネタ交じりのそれではない。ピッチサイドでの様子を見ると何事にも動じない姿勢が伺える。怪しいジャッジがあったり、荒れたピッチ内の状況にも常に静観。
監督によって選手達のプレーも振る舞いも大きく影響されるのがサッカー界の常だが、ピッチサイドに立つ指揮官がこのような姿勢ならピッチ内の選手達には自然と落ち着きがもたらされているのだろう。首位に立った時のコメントもまた然りである
クラブ専門誌・ラランジャアズールでは「(意訳):サッカーや私生活にストイックに向き合う本人の姿勢に選手達が影響を受けている」と堀米が話していたり、論理と情熱をバランスよく兼ね備えた好漢である事が良く伝わってくる。選手からの求心力も相当高いのだろう。横浜で被っていた長崎FW・エジガル ジュニオが試合前に挨拶に来るなどこれまでのキャリアでも同様であった事が伺える。
④チームスタッフ
松橋監督を支えるチームスタッフも見逃せない。主に現場に立つスタッフはこのような感じ↓
ヘッドコーチ: 入江徹
アシスタントコーチ: 渡邉基治
コーチ: 小倉裕介
コーチ: 田中達也
GKコーチ: 石末龍治
フィジカルコーチ: 安野努
テクニカルコーチ: 赤野祥郎
テクニカルコーチ:池澤波空
フィジカルコーチの安野さんは優勝したシーズンのマリノスで共闘した旧知の仲間であり、昨季よく一緒にランニングをしていたりコミュニケーションをとっていたという基治さんはセットプレー面の強化で大いに貢献している。デザインされたCKからは得点もGET。しっかり結果に結びついてる。
ヘッドコーチの入江さんは昨年U-18監督を務めており、アカデミーをよく見に来ていた松橋監督とはその時から交流があったという。他にも今季あらゆる媒体でその存在の重要性を示す分析担当の赤野さんや池波さんなど、気心しれた頼もしいスタッフ陣も松橋監督率いるチームの好調に大いに貢献している。
最後に:何を新潟にもたらすのか
アルベルトは新潟に「スタイル」と「勝者のメンタリティ」を植え付けようとした。前者は成功した。それは明らかだろう。後者はというと以前よりは良化しているが、完全に変わったとは言い難い。もちろん一朝一夕で身に付くものではないと承知だが、松橋監督は選手のメンタリティにアプローチする事で、アルビレックス新潟全体の空気感を更に変えてくれると期待している。
昨年の悔しさを経た堀米キャプテンを筆頭とする選手達はサッカーへの姿勢が明らかにストイックになっており、どんな状況でも常に満足せず上を見据えているように感じる。2-0で迎えたハーフタイムだろうと監督自身が
このように選手の奮起を促せば、J2首位だとしてもJ1の19位だという感覚で日々高みを目指す千葉和彦など、選手達それぞれが目の前の勝利とその先の成長を目指して努力を続けている事が伺える。
通過点ではあるものの、まずはここ数年の悲願であるJ1昇格を掴み取る。そんな1つ1つの勝利に拘る松橋アルビをこれからも応援していくと共に、新潟に歓喜と誇りを取り戻してくれたアルベルト・プッチ・オルトネダに改めて感謝を表して本文を終えることにする。