見出し画像

インディーズバンド化した有機無農薬栽培といまどきの反抗

1970年代に登場した学生運動くずれのオーガニック派とも、趣味として家庭菜園を楽しむ人たちとも違う自然農法派の若者が登場している。彼らは何者で、どのような影響を世の中に与えるのだろうか。

構成・タイトル写真・本文写真
加藤文

ある貸し農園でのできごと

 「農業デビュー79日目
常識や資本主義、エビデンス(似非)に洗脳された人たちには一生理解できないだろうど、農薬なんて使わなくても野菜は立派に育ちます。Q、大量生産できないのでは?A、稼げないかもしれないけど仲間がいれば大量に作れます。※繰り返しになるけど洗脳された人には理科不能だと思う」(原文ママ)

 これといって目立つことがなかったTwitterアカウントの投稿が話題を呼び、数日で1万を超えるフォロワーを獲得した。

 話題になった理由は、貸し農園を使った趣味の菜園を「農業」と自称し、有機無農薬というには畑が雑草だらけの荒れはてた様子で、害虫の害を受けたトマトや枝豆の写真を見せつけて慣行栽培や社会を批判したからだった。このツイートには慣行栽培で営農する人々だけでなく、有機栽培農家からも苦言が呈された。

 食糧生産を担っている農業をバカにするな、栄養欠乏で病気で虫食いで収量も少ないのではどうしようもない、まじめに土づくりをしないと来年以降惨憺たることになる、害虫が大量に発生しているから隣接する営農地に迷惑がかかる──といった声が寄せられたのだ。

 この投稿者が参加している有機無農薬・自然農法を掲げるグループの主催者は、昨年まで大学生だった会社員だ。彼は世田谷区の閑静な住宅街にある自宅で家庭菜園を営むほか、市街地の貸し農園でも野菜を栽培している。これが大学時代のサークル活動だったらしく、卒業後に向けて神奈川県の県央地区に新たな農地を借りて仲間を募っている。

 郊外や地方の耕作地を見学したり取材していると、このグループのように有機無農薬・自然農法を名乗って農作業をする若者を稀に見かけることがあった。このときは彼らを近年のオーガニックブームと関連づけて理解しようとしたが、どうもしっくりこなかった。

 彼らは、いわゆる「オーガニック」の大御所と言えそうな表参道のクレヨンハウスや生協の話題を振ってもピンとこない様子だった。またオーガニックに憧れてマンションのベランダでプチトマトをプランター栽培するような層ともあきらかに違ったのだ。


いままでのオーガニックや家庭菜園とのちがい

 ホームセンターには野菜の種と苗が無数にならび、貸し農園はどこも盛況で、家庭菜園といえばこれまでは結婚後のカップルから高齢者層の趣味だった。

 家庭菜園への印象が変わりはじめるのは2000年代に入ってからだろう。

 1998年に栃木県に移住し「正業が農業で、タレントは副業」と発言した高木美保氏などが先駆者になって、家庭菜園の概念がかわりはじめたのかもしれない。林マヤ氏が茨城県に移住したのが2009年、松山ケンイチ氏と小雪氏が北海道で野菜を栽培して暮らすようになったのが2018年、山田孝之氏が山梨県に菜園をつくったのが2021年だ。

 そして2010年代半ば以降、前述のように有機無農薬・自然農法を掲げて活動をする若者が、郊外や地方の農地を訪ねる私の目に留まるようになった。彼らがホームセンターに集う従来の家庭菜園派とまったくちがうのは、冒頭で紹介した主張をみてもわかる。

 「資本主義」や「洗脳」と発言した青年が参加するグループを仮にOと呼ぶことにするが、Oとは別の有機無農薬・自然農法派の若者と話をしても、農作物づくりを「趣味」と分類されるのを快く思わず、主張の強弱はあっても社会へのアンチテーゼがかならず背景にあった。「常識や資本主義」と闘っているというOグループだけがことさら特殊ではないのだ。

 だが、いっけん左派が政治的な選択として有機無農薬・自然農法に進んだようにみえても、こうした傾向を帯びたクレヨンハウスや生協に賛同したり感情移入していない。彼らは彼らであって、既存のいわゆる「オーガニック」とも一線を画している。

 彼らと山田孝之氏は同じカテゴリーなのか判然としないが、山田氏が行う農作業は左派の文脈に則ったものでないのは明らかだ。クレヨンハウス的なオーガニックと異なるストーリーが同時多発しているのかもしれない。


それはコトとしての野菜

 数年まえに房総半島の耕作放棄地で出会った20〜30代の自然農法家から、無施肥・無農薬で育てたという奇跡のリンゴで有名になった木村秋則氏を知っているかと問われたことがあった。木村氏の無農薬・無施肥によるりんご栽培は弘前大学農学生命科学部の杉山修一教授が「恐らく世界で初めてではないか」と評するもので、2006年にNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられたほか、彼の半生は舞台化までされている。

 木村氏を知っていると私が答えると、彼らは「同じようにやっている」と言った。

 だが、同じではなかったのだ。木村秋則氏は大豆を栽培して窒素固定するなど緑肥を使い、酢や農薬として認可されていない樹木用の塗布剤を大量に使用するなど、無施肥や無農薬とは何か問わざるを得ない方法でりんごを栽培している。樹木用の塗布剤は農薬に指定されていないため無農薬とされ、害虫駆除に使っているとされるマシン油乳剤は日本農林規格で有機農産物に使用できるとされているため有機栽培品を名乗れるのだ。

 奇跡のリンゴの実態を知らない若者たちは、事実を指摘する私に「(マシン油乳剤など)汚いものを使っているはずがない」と言った。肥料や工業製品を一切使わず、文字通りの自然状態でりんごを生産していると信じていたのだ。

 木村秋則氏のりんごを会員制通販などで買う人たちも同じように思っているはずで、マスメディアがもてはやした木村秋則氏にまつわる感動物語を消費しながら、出来事を共有して夢に浸るところまでが奇跡のりんごのストーリーなのである。

 彼らに限らず私が出会った有機無農薬・自然農法派の若者たちは、都市部で育ち、都市部で問題意識を抱いた人たちばかりだった。農業の実態を知らないため価値を収穫物ではなく、背景にある主義主張や物語性に見出したのだろう。これは農作業をする彼らだけでなく、オーガニック支持者たちも同じかもしれない。

 こんなところはクレヨンハウス的なオーガニックと同じだ。クレヨンハウス的なオーガニックと異なる文脈で、あらたなオーガニック意識が芽生えているが、芽生える条件はそっくりなのである。

 耕作放棄されたままの他の区画と見分けがつかない畑で栽培されていたトマトは、アブラムシや葉に白い筋をつくるトマトハモグリバエなどににたかられて病人のような姿をしていたが、若者たちは「これがトマト本来の姿です」と誇らしげだった。これからトマトらしいトマトができるから「常識がひっくりかえると思う」とも言った。


インディーズバンドとインディーズオーガニック

 房総半島を台風が直撃して甚大な被害を与えたあと、耕作放棄地の自然農法の区画もまた荒れ果てていた。その後、新型コロナ肺炎のパンデミックが重なって、あのときの若者とは会えないままになっている。

 そこで現在の有機無農薬・自然農法の若者を知るため、Oグループの主催者の発言をSNSのアカウントが開設された時点までさかのぼってみた。

 彼は社会への違和感を抱えていて、解決策として菜園を舞台にした原始共産制のような共同生産・分配・消費への憧れにつながっているのがわかった。そして冒頭で紹介した発言で「稼げないかもしれないけど仲間がいれば大量に作れます。」とメンバーが言っているのは、粗放な自然農法が産業として成立するという意味ではなく、仲間内で生産・分配・消費が完結するという意味だったのだ。

 これは房総半島の有機無農薬・自然農法派の若者や、他の地域で見かけた人たちにも共通した心情であり信条にもなっていた。

 彼らは社会を支配と被支配とに単純に二分して、支配者によって独占されている種子と肥料と農薬を使って慣行栽培が行われていると見ている。また遺伝子組み換え作物を忌避するだけでなく、品種改良された作物は不自然で栄養価が低いと誤った思い込みに取り憑かれている。見せかけだけの作物が商品として販売され、消費者はだまされたまま代金だけでなく健康まで搾取されているというのだ。

 こうした考えのもとつくられたのが、栄養欠乏と病気と虫害にさらされ少量しか収穫できなかった有機無農薬・自然農法の野菜で、収穫物は彼らのグループや賛同者たちによって消費されている。

 彼らを見ていると、以前ならロックバンドを結成して下手くそなまま社会への怒りを演奏にぶつけていた人たちではないかと思えてならない。このように感じるのは、私が音楽やアートを手がける同年代の若者たちと付き合っていたとき見かけた光景が彼らの姿とぴたりと重なるからだ。

 バンドのメンバーが自ら作品を売るインディーズ活動では、自作自演をして売るアーティスト側と買うファン側が、モノの売り買いではなく出来事の生産と消費を重視する場合が多い。これは経験経済と呼ばれるものだ。

 経験経済を過剰に価値あるものとして考えるようになると、モノやサービスを売買する経済活動を卑しいものと見る気分が膨らんで、産業や資本家を蔑視するようになる。あるいは産業や資本家を蔑視するがゆえに経験経済に期待するようになる。両者は鶏が先か卵が先かの関係となって、出口がないまま延々とループしがちだ。

 下手くそなままの演奏で社会を批判しているバンドに、「音楽の基礎からやりなおせ」、「うるさくて迷惑だ」と言ったところで聞き入れられるはずがない。彼らはモノより経験を重視しているし、その演奏と音楽活動が人格そのものやアイデンティティーになっているため、助言や批判は攻撃と受け止められるだけである。

 同じように、Oグループの関係者だけでなく有機無農薬・自然農法派に「農業をバカにするな基礎から学べ」、「害虫を大量に発生させて周囲の農地に迷惑をかけるな」と言ったところで、自分たちだけがいち早く気づいて社会を批判しながら最高の体験をしていると信じているため忠告は拒絶されてとうぜんなのだ。

 栄養欠乏や虫害のほか、貧弱だったりかたちが悪い作物をつくることが彼らの人格そのものやプライドになっていて、できが悪いことが誇りでさえあるかもしれない。これを分けてもらったり買ったりする人々もまた、インディーズオーガニックをフォローすることで得られる経験がアイデンティティーそのものと化している。こうなると反対意見はわからずやの馬鹿者からの攻撃としか思えないことだろう。


いま何がはじまりつつあるのか

 有機無農薬・自然農法派で粗放な栽培をする若者が増えているというほどではないとしても、新たなジャンルが生まれたのはまちがいない。

 支配と被支配とに二分された単純な世界観のもと、自らを被支配側から蜂起する体制打倒派と位置付けるのは有機無農薬・自然農法派の若者がはじめてではなく、我が国の学生運動でも、パンクバンドでも、深夜のコンビニにたむろするヤンキー集団でも繰り返されてきた反抗のかたちだ。

 かつて有機栽培に学生運動が入り込み、いわゆる「オーガニック」産業全般が反権力志向と科学を否定する傾向を帯びた。1970年代から表参道のクレヨンハウス、生協といった店舗をきっかけにオーガニックが浸透したのには理由があったのだ。

 だが私が各地で出会うことがあった有機栽培・自然農法派の若者は学生運動崩れの過去のオーガニック派と何かがちがい、家庭菜園の市民ともちがった。これがインディーズバンドを連想させた理由だ。

 Oグループもまたリベラリズムまたは左派を標榜している様子で「常識や資本主義」に反抗しているが、実際には別物の考え方を支持している。主催者はごぼうの党の主張を信じ、反ワクチン派であるのみならず、陰謀論者で陰謀論ビジネスを展開しているジョースターに同調している。これがまさにOグループの思想だが、大卒のZ世代が陰謀論にまんまと取り込まれているのは意外なだけでなくとても奇妙な感じがする。

 前述のように有機無農薬や自然農法は左派と結びつく傾向が強かったが、Oグループ以外の有機無農薬・自然農法派も新型コロナ肺炎が蔓延するなか陰謀論に傾く例が少なくなかった。社会への反抗心が革新や革命を標榜する政治性と結びつくのではなく、陰謀論と結びつくのがいまどきの傾向なのかもしれない。また陰謀論集団が政党化して耳目を集めたのが本年の参院選だった。

 これまで政治的な選択として左派が「オーガニック」を選ぶ傾向があったが、いまどきは陰謀論者も選ぶのである。すでにオーガニックにはモノよりコトを重視する風潮があり、コトにまつわる左派的なイデオロギーをうさんくさく感じる人々がいるが、これからは陰謀論的傾向を嫌う人たちがここに加わるかもしれない。

 かつて市民運動と見做されていたワクチン忌避や反ワクチン思想が、陰謀論と結びついたことで反知性的なものと印象付けられたのをみればわかるように、オーガニックをめぐる印象ががらりと変わる可能性がないとは言えない。

 ちなみにクリニック襲撃など過激な活動を展開した陰謀論集団神真都やまとQもまた、構成員がコミューンに移住し自給自足体制をつくりあげる「エデン計画」を掲げていた。彼らもまた陰謀論に基づくオーガニック生活を実現しようとしていたのである。

 では慣行農法は影響を受けずにいられるのだろうか。慣行農法側の情報発信力は、産業として成り立っている有機無農薬栽培側だけでなくインディーズオーガニック派より劣っている部分がある。伝え方だけでなく、何を伝えるか決めるところからおぼつかないため、農薬の使用から慣行農法の存在意義に至るまで誤解が放置されたままになっている。慣行農法までモノよりコトを優先する必要はないが、品質のよさだけを訴えていればよい時代ではないはずだ。

 

 

 

 

会って聞いて、調査して、何が起こっているか知る記事を心がけています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。ご依頼ごとなど↓「クリエーターへのお問い合わせ」からどうぞ。