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大量のサプリを摂取。メガビタミン治療でうつが治ると言われた。だが苦痛と後悔だけが残った──ニセ医療問題3

メガビタミン健康法でうつ病が治る、がんも治るとされ、しかも自分で治せるとされています。しかし病気が治らず体調が悪化した人がいました。今回は第一回概説編としてメガビタミン健康法とは何か、いまメガビタミン健康法で何が起こっているのかあきらかにします。
なお当連載ではニセ医療を「科学的・医学的根拠に基づかないか検証のしようがない概念で構成される標準治療ではない医療」と定義しています。

メガビタミン健康法とは何か

 『すべての不調は、自分で治せる』とする健康法がある。この健康法では、私たちが日常生活で食べ物から摂っている栄養はあきらかに不足しているとされている。だから「質的栄養失調」と呼ぶ状態に陥った私たちは病気になり、治療するには「十分量のプロテイン(タンパク質)と鉄、メガ量(たくさん)のビタミン」を摂りさえすればよいというのだ。

 これがメガビタミン健康法だ。メガビタミン健康法は提唱者藤川徳美医師の名前をとって「藤川理論」とも呼ばれ、同氏の著書『うつ消しごはん』『薬に頼らずうつを治す方法』といったタイトルからもわかるように健康法を超えた治療法と呼ぶべきものになっている。さらに藤川医師はがんやリウマチなどの疾病が治ったとしている。

 藤川理論を採用する医師の診察を受けた患者Aさんの場合、

プロテイン:20g x 3回(朝、昼、夜)
ビタミンC:1g(錠剤) × 3回(朝、昼、夜)
ビタミンBコンプレックス: 1錠×3回(朝、昼、夕)
ナイアシンアミド: 500mg x 3回(朝、昼、夜)
鉄:36mg(夜)
ビタミンE: 800IU (朝)
OMEGA-3: 1g (朝)
ビタミンD:5,000IU(夜)

を摂取するよう指導された。

 注意すべき点は私たちが飲食で摂取している栄養素の量に、メガビタミン健康法で摂取するタンパク質や鉄、各種ビタミンが加算されることだ。Aさんは飢餓状態にあったわけではないが藤川理論では質的栄養失調とされるため、これだけ大量の栄養素を摂り続けなければならないとされたのだ。

 タンパク質の摂取推奨量は成人男性では65gとされ、大量の摂取は消化の過程で肝臓や腎臓に負担をかけるおそれがあるが耐容上限量は設定されていない。/ビタミンCの摂取推奨量は成人では1日100㎎とされ、大量の摂取は吐き気や下痢などを引き起こすとされるが耐容上限量は定められていない。/ナイアシンアミドの摂取推奨量は13mgで耐容上限量は300mg/鉄の摂取推奨量は7.5mgで耐容上限量は50mg/ビタミンEの摂取推奨量は22.4 IUで耐容上限量は天然型のビタミンEであれば1日当たり1,500IU、合成型であれば1日当たり1,100IU/ビタミンDの摂取推奨量は600IUで上限は4,000IU、とされている。


うつは治らず不快感ばかりで体調が悪化

 藤川徳美医師が精神科の医師で『うつ消しごはん』を出版していることもあって、メガビタミン健康法は精神科や心療内科の患者に信奉される傾向が強い。

 前出のAさんはうつ病を患い「食事とトイレ以外はほとんど横になって過ごす」状態だった。しかも心療内科で抗うつ薬による治療を開始すると倦怠感を覚えるだけでなく蕁麻疹が出たり風邪をひきやすくなった。これらは飲んでいる薬のせいではないかと考えたAさんは、『すべての不調は、自分で治せる』と題した藤川徳美医師の著書を手に取ってメガビタミン健康法をはじめた。

 しかし本に書いてある通りにサプリメントなどを摂取すると心拍数があがり、むしろ不安が高まった。FacebookのメガビタミングループからビタミンEを増やせと助言されたが、これは怖さが先に立って飲むには至らなかった。

 Aさんは自分で治せると思えなくなり藤川理論を実践している心療内科を探した。Aさんが暮らす滋賀県内に条件に合うクリニックがみつかり診察を受けると、医師は「プロティン1日60g摂取できるようになったら、1年後にはよくなっているだろう」「ビタミンとプロティンで治る例を何例も見ている。こっちがビックリする」と言った。先ほど紹介したメガビタミン健康法に基づく処方は、このクリニックを二度目に受診したとき指導されたものだ。

 だがうつ病がいっこうに改善しないばかりか、ひどい頭痛と便秘がはじまった。頭痛はビタミンB系、便秘は鉄の副作用と判断して、これらを飲むのをやめて次回の通院時に相談したが、主治医は「そんなことは起こるはずがない」と言った。この医師からは藤川本以上のものは得られないと判断してAさんは通院するのをやめた。

 Aさんは通院をやめたあともメガビタミン健康法を続けたが体調の悪化が著しく「続けるのは危険」と判断して現在に至っている。


標準治療への不信感

 『すべての不調は、自分で治せる』とする健康本のタイトルがメガビタミン健康法の根幹を物語っていると言ってよいだろう。

 抗うつ薬が体質にあわないと感じて不快感を訴えるAさんに、主治医は「2年間飲み続けなければ70%の人が再発する」と言うのみで、最後は「逆ギレぎみ」に投薬を打ち切りいきなり断薬状態にした。これがAさんを標準治療から遠ざけるきっかけになった。このほか自立支援医療の申請に使う診断書を書いてもらうとしたときの医師の認識や、治療費の請求まちがいなどがAさんの不信感を高めていた。

 メガビタミン健康法を実践した他の人たちからも話を聞いた。首都圏に住むBさんは「ずるずると精神科の薬を出されることに不安を覚え」てメガビタミン健康法を実践しようと思った。地方都市に住むCさんは「主治医は試してみましょうと向精神薬を切り替えて、こんなことを何年も続ける」ばかりで治る気がしなくなり藤川徳美医師の著書を買った。これらに共通するのは、医師または治療への不信感だ。

 自分で治せるとは、治療の主導権を自分の手に取り戻すことにほかならない。

 Bさんは「心療内科に長くかかっていると、診察、お薬出しときますねの無限ループで『いつ終わるの』とずっと思っていました。医師からはこうなったら終わりという最終目標も提示されないまま、予約しても待合室で長く待たされ、でも不調は改善されず、不満とか絶望感でいっぱいでした」と言う。このような不安が解消される目処さえ立たず、「藁をもつかむというか、なんとかしてこの不調を治したい、食事や栄養素なら自分が担当する分野なので、工夫してチャレンジすることができるなと思いました」と食餌療法からメガビタミン健康法へ傾倒していった。

 Cさんは「病院でやった認知行動療法でかなりよくなったあと、また悪化して(主治医の)先生ですらどれが効いてるのかわからないと言うくらい何種類も薬が試されました。その頃には認知行動療法の『に』の字も言われなくて、自分が(禅宗の寺で)参禅して気持ちを整えようとしたことを伝えると『禅ね、そう』と鼻で笑われました」と言う。このときの失望は大きく「バカにして笑っただけで、説明もないまま次の予約日の入力画面を開いたのを見て」、誰にも頼れないなら自分でどうにかするほかないと通院するのをやめた。

 患者側の言い分がすべて正しいとは限らず、医師とのコミュニケーションに勘違いや思い込みによる誤解が生じていたかもしれない。そして医師には医師の言い分があるはずだ。しかし、ここにニセ医療の入り口があったのも事実なのだ。

 インターネットが普及した現代では、医師は病院の中にいる人としてだけでなくSNSやブログのアカウント主でもある。

 Bさんは「(ニセ医療を追及するブログは)たいへん有益ですけれど、なにか面白おかしく書いている節があって、その療法を選ばざるを得なかったほど苦しい思いをした人たちには届かない書きかただなあと思う」と影響力が少なくない医師の名を挙げた。

 同様の発言を陰謀論者と彼らの家族を取材する過程で幾度となく聞いた。「いつも笑いのネタにされている」「真面目そうなふりをしたかと思うと、フォロワーといっしょに自分たちをバカにしてもりあがっている」「言うことなんてきいてやるか話なんかしてやるかと思う」といった声があり、問題を世に問おうとする記事の意図が当事者にまったく伝わっていないどころか反発を招いている。同じ現象がニセ医療の問題提起にも発生していたのだ。


メガビタミン健康法の問題点

 だからといってメガビタミン健康法は標準治療に不信感を抱く人のセーフティーネットではない。

 メガビタミン健康法で病気が治ったとする人がいるいっぽうで、Aさん、Bさん、Cさんのように症状が改善しなかったり内臓に負担がかかり肝機能の指標とされる数値が悪化した人がいる。メガビタミン健康法や主治医の指導との因果関係は不明だが、この健康法を取り入れて治癒を願っていたがうつ病が改善しないまま自殺したとされる女性がいる。

 Aさんは「(根拠のない)ニセ医学の診察を保険診療として実施しているのが問題」と言い、Bさんは「藤川医師には、一般書籍ではなくてきちんと論文を書いていただきたい」と言い、Cさんは「ワクチンが話題になって臨床試験のやりかたを知ると、メガビタミンの根拠がわからなくてぞっとしました」と言う。

 いっぽう藤川徳美医師を名乗るTwitterのアカウントは次のように説明する。

パラダイムの異なる治療は論文にならない
”それが真実なら何故論文になっていないのですか?”と言う人がいる。
パラダイムが異なる=採択の審査に通らない。
何故なら、編集委員は全員医師頭(石頭)だから。
パラダイムが異なる治療は論文ではなく本になる。
論文論文と言う人、わかってねーな。

わかってねー奴、頭の中がまだ20世紀なのだろう。

そんなに論文が好きならお前が書け。
書いたこともないくせに論文論文言うな。

藤川徳美医師を名乗るTwitterアカウントの発言

 このアカウントが言うように、藤川理論について書かれた論文を筆者は見つけることができなかった。したがって臨床試験が行われたのか、行われたとしたら結果はどうだったのか、うつ病だけでなくがんなどが治ったのかもわからないのだった。藤川徳美医師が診察できる患者数には限りがあるうえ、仮に患者をつかって臨床試験のごときものを試みたとしたら倫理面に疑問が残り、しかも専門外のがんやリウマチなどの治療に言及できる根拠もまたわからない。

 こうしたエビデンスにまつわる点だけでなく、次のような問題もある。

 患者側からみたメガビタミン健康法は、前述のように治療の主導権を自分の手に取り戻して自分で病気を治せる点が重要だった。しかし、メガビタミン健康法は大量のプロテイン、鉄、ビタミンを摂取するよう指導されるため、過剰摂取のリスクを想定しなければならない。またうつ病だけでなくがんなどに効かないなら治療の機会を逸してしまう危険性がある。

 こうした危惧に応えるものがあるとすれば推奨と普及のための健康本だけで、自称メガビタミンの専門家を名乗る者が書いた電子書籍まであり、Aさんが証言したようにFacebookのメガビタミングループで素人が摂取法や摂取量を助言しあう状況は尋常とは言えない。

 藤川徳美医師のクリニックではメガビタミン健康法について理解していない患者には同療法を勧めないとしている。他のクリニックでもメガビタミンの処方を指導する際は血液検査が行われ異常値が出ないか監視される。だがいっぽうで藤川医師は『すべての不調は、自分で治せる』ほか続々と一般書籍を出版している。


 メガビタミン健康法への敷居を下げるいっぽうで、実践している人たちが直面している課題を回収する機会が十分に設けられているとは言い難い。メガビタミンを治療に取り入れているクリニックに新規の患者は受け付けていないと断られた人や自費診療になる(*注)と言われて二の足を踏む人がいる。こうした人は、元から医師に頼らず実践しようとする人々とともに野放しのままメガビタミン健康法を続けるのだ。

 この結果、体調を崩したり治癒を目指していた病気が悪化しても自己責任とされておしまいなのである。

(注)Aさんが通院したクリニックはメガビタミン健康法を保険診療として行っているが、自費診療とされるクリニックもある。摂取するサプリメント等をクリニックで販売するほか、iHerbで購入してもよいと具体的なメーカーの通販名を挙げて勧められた例がある。


メガビタミンだけでは終わらない問題

 今回はメガビタミン健康法でいま何がおこっているかを説明したが、当記事で紹介した証言は取材で得た声のうち10分の1にも満たない。またメガビタミン本は売れ続け、患者が押しかけてご新規さまお断りとなっているクリニックもあり、とうぜん大量のプロテイン、鉄、ビタミンを摂って病気を治療しようとしている患者が数多くいる。

 このように当記事はメガビタミン健康法を問う端緒に立ったのみで、第二部では絡まり合って問題化している要素をほどいていかなければならないと考えている。それはメガビタミン健康法そのもの、メガビタミン健康法を採用している医師、サプリメント企業、患者といった当事者だけでなく、Facebookのメガビタミングループや標準治療側についても触れざるを得なくなる。

 これまでニセ医療問題シリーズは第一回でがんの放置を、第二回でママ友を介した陰謀論と一体となったニセ医療の浸透ぶりと回を進めてきたが、メガビタミン健康法ではニセ医療、患者、標準治療が三つ巴になった構造を問うことになる。

 なお次回掲載日は未定だ。また、一部関係者を除いて実名は公開できないと思っていただきたい。

 耳目を集める事件や事故が発生しないかぎり記事がメディアに取り上げられることはないと言ってよく、なかでも医療問題は関心度の温度差が激しいのではないかと感じる。このため何ら後ろ盾がないまま医療問題シリーズの取材をして記事を書き綴っているが、訴訟リスクを背負うとともに情報源を保護するため婉曲な表現にせざるを得ない部分があることを理解していただきたい。またメガビタミンを治療に取り入れているクリニックに取材を申し込んだが返答がないままといった事態にも直面している。ニセ医療の問題を書けば書くほど取材拒否は増えるのだ。

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