象られた力/飛浩隆

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読了日2019/11/05

相変わらず美しい。

相変わらずと言えるほど飛浩隆先生を読んでもなければ(グラン・ヴァカンスⅠ、Ⅱのみ読了)、
ファン歴が長いわけでもないのだけど。

なんだって、こう、なんというか、
破滅へ向かって疾走しているのに、
脇目も振らずに走っているのに、
周囲の景色を的確にとらえて、
その鮮明な色合いのひとつひとつを網膜に焼きつけていくみたいな、

うまく言葉にできない自分がもどかしい。

とにかく、
グラン・ヴァカンスシリーズを読んでくれとしか……。
廃園の天使……。
鳥肌立ったんだよ……。

今回は「象られた力」。
四作の短編から中編が組まれている。

まず「デュオ」
天才ピアニストには秘密があった。
調律師の「ぼく」は彼と関わることになるのだが、
その彼と対面して初めてその秘密を知る。

一卵性の多胎児ってのは減数分裂だから、
三つ子の場合でも本当は四つ子だったという話を聞いたことがある。
だからなんだって話だけど。

「デュオ」は二重奏を意味する。
それは天才ピアニスト、グラフェナウアー兄弟を指しているのは明白だった。
頭は二つあるが、胴体はほぼ一人分しかない。
右手と左手もそれぞれが担当し、演奏を成立させる。
それは独奏でありながら二重奏でもあった。
真実は、三重奏に見せかけた独奏だったのだけど。

生まれて来れなかった双子のもう一人の兄弟、
「名なし」。
彼は双子を介して、
自分を生み、生かし、生きている証明を試みようと必死だった。
必死。
必ず死ぬと定められている世界に対して、
生まれてもいない彼でさえ、
必死に生きようとしていた。
喜劇、あるいは滑稽。
けれど、人がどんなに懸命に努力していても、
他人が生きる姿なんて惨めにしか見えない人は一定数存在する。
懸命に努力をした経験がない者ほど、
他人をあざ笑うのが得意だ。
そうでしょう?

だから私たちは、
少なくとも私は、
「名なし」が必死に生きようとした姿を笑うことはできない。
泣きながら死への抵抗を示した経験があるというのなら、
「名なし」はある意味、
その時の私と同じだったのだ。

生きた意味を残したい
(Song by KAMIKAZE/D'espairsRay)

泣きながらご飯を食べた経験があるやつってのは、
必ず生きていけるって名言をどこかで見た。
その当時、なぜか半年くらい毎日泣き暮らしていた私だが、
飯は必ず食えと親に言われ(心配をかけたくなかった一心で)、
内臓全般が不調で食欲とか皆無だったんだけど、
焼きうどんを作って食べた記憶だけが未だに残っている。
それがまったく味がしない。
なんだったんだあれはと今でも思う。
しかも当時のそれ以外の記憶がない。
よく生きたな、私。

だから、
「何これ、涙の味がする……しょっぱいよ」
なんてドラマでもマンガでもなんでもいいけど、
こういうシーンは嘘っぱちだと思うようにしている。
泣きながら食べる飯はおいしいとかまずいとかいう次元じゃない。
味がしないの。

おいしいご飯を食べたければ、
まず泣くのをやめないとね。
そして生きないとね。

「呪界のほとり」
こういう少年向けSF(個人の感想)も書けるんだ!
と感心した←何様

呪界と呼ばれる世界を竜と旅する男は、
超能力に似た自身の力が通用しない世界についてしまう。
そこで出会ったのは一筋縄ではいかない、謎の老人だった。
男は元の世界に戻れるのか。

これだけのことを短編としてまとめあげられるって、
飛浩隆先生って何(混乱)。

老人が言うのだけど、
「もし私がお前に〜〜をするためだけに、過去にさかのぼって作られた人格なのだとしたら」。

この、
「世界はお前のためだけに作られている」
って錯覚させられた、若いころ。
じゃあ私が死ねば世界は終わるのかって感じだったし、
今日という日に死んだ世界中の何万という人は、
私に関係ないところで死んだように見せかけて実は私のためだけに死んでいたのか?
って考えたら、
なぜか「私が死ねば世界中は苦しみから解き放たれるのでは」という極論に達したことがある。

今思うとなんでだよって感じだけど。
私のためだけに存在する存在なんてあるはずないし、
同じように誰かのために私が存在しているわけでもないから、
今日も私はなんとなく生きている。

「夜と泥の」
異星が地球化されたあと、国家や民族にレンタルする企業がある。
その企業は後の「象られた力」にも出てくる。
そうしてレンタルされるとある異星では、
毎年のある一日だけ、奇妙な現象が生じる。

それを目にした男たち。

奇妙な現象とはつまり、
一人の少女が泥から生まれ、
しかしすぐにボロボロに死んでいくストーリー。

異星を地球化するプログラミング開発者が、
夭逝した娘の遺伝情報を埋め込んで、
運良く再生することを願ったイタズラ心が花開いた結果がそれ。

儚くも若くして散った命のその後を夢見た親の願いだったが、
本来なら叶うはずがない。
にも、かかわらず、そのプログラミングは成功していた。

その星でのみ発芽し、開花した少女の存在。

命が散ったあとも生きることを望まれた少女。
本人の意思については知れないけれど、
根底としては「デュオ」の「名なし」を彷彿とさせられた。

死後も生きることを望む・望まれた存在。

「象られた力」
異星をレンタルする企業が「夜と泥の」と同じように出てくる。
その企業が管理していたとある星がある時、突然消えた。
原因もわからないまま、月日が過ぎていく。

主人公、クドウ圓(ヒトミ)のもとへ依頼が入る。
イコノグラファー(デザイナーみたいなもの)の彼に訪れた機会は、
消えた異星、百合洋(ユリウミ)にて存在していた見えない図形を探すこと……。

終わっていたことが続いていたり、
終わらせないといけないことが終えられなかったり、
連続体にとっての「形」とは何か。
「形」とは周囲との違いによって作られる境界線より内側の一個につけられる名前であるのに、
「世の中」だったり「人生」だったり、
はっきりとした境界線もないのになぜか名づけられているものが非常に多い。

「形」を象る「力」とはなんなのか。
境界線を見出すものはなんなのか。

わからん。
知性体の中でも抜きん出て知性の低い私には、
読んでいる最中はその世界に没頭できるからまだしも、
読み終わった途端に世界から現実に舞い戻されるものだから、
気がつけばわからなくなっている。

なんてアホなんだ。

それだけ世界に引き込む作者の力がすごいとも言えるのだけど……。

別世界に飛び立ちたい方にオススメ。

グラン・ヴァカンスにはまだ続編があるらしいので、
出版される日を楽しみに待つ。

それまで私は必死に生きるさ。

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