山本モロミ

神奈川県藤沢市出身。化学系エンジニア。酒造用グルコース測定機の開発など。東京都世田谷区…

山本モロミ

神奈川県藤沢市出身。化学系エンジニア。酒造用グルコース測定機の開発など。東京都世田谷区在住。

マガジン

  • 山田錦の身代金

    日本酒と、田んぼと、酒蔵がいっぱいと、 妖怪と、美しい器と、美味しそうな料理が、 ちょっぴりだけ出てくるミステリー。 書いてみました。 お暇なら、酔んでくダッサイ。

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ミステリー「山田錦の身代金」 目次・登場人物

目次 プロローグ 第一章 三億円の田んぼ 第二章 一日一合純米酒 第三章 秘儀玉麹を伝える蔵 第四章 稲の守り女神 エピローグ 主な登場人物 山田葉子   日本酒と食のジャーナリスト 矢沢タミ子  居酒屋経営者 矢沢トオル  タミ子の息子 葛城玲子   播磨署警察官 警視 高橋 仁   同 警部補 勝木道男   同 捜査一課課長 烏丸秀造   『天狼星』醸造元 烏丸酒造 蔵元 烏丸六五郎  同 先代蔵元 多田康一   同 前杜氏 故人 大野 真   同 副杜氏 佐藤まり

    • 「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第三節 その二

       タミ子の店の常連客。葉子も何回か一緒に飲み、酒 蔵を訪問したこともある。 「ヨーコさん?! それにトオルちゃんも!」  降りてきた桜井会長も、二人を見て目を真ん丸くした。めったに、物事に動じない人なのに。 「なんで、こんなところに?」  三人同時に、同じ質問が口をついた。次の瞬間に、顔を合わせて笑い出す。  桜井会長は、怪我一つ無い。だが、車の方は、そうでもなかった。衝突された右サイドのボディが、痛々しく凹んでいる。 「ひどい軽トラックだった。田んぼ眺めたくて、スピードをち

      • 「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第三節 その一

         車窓の田んぼの景色が、飛ぶように流れていく。かなりの速度だが、富井田課長は、鼻歌交じりだ。  葉子たち四人を乗せた車は、田んぼの真ん中の農道を走っていた。一車線の農道に、他に走っている車は、ほとんどいない。  この辺は、但馬山地の谷間にあたる米の名産地だ。山田錦栽培の特優地区と呼ばれている。左右どちらを見ても、山の麓まで、田んぼがずっと続いていた。  ところどころに農家の集落と、小さな森。そこには必ず鳥居があった。鎮守の森なのだろう。 「あっ、危ない!」  富井田課長の切迫

        • 「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第二節 その四

           振り向くと、タミ子だった。お地蔵さんのような微笑みを浮かべている。  勝木課長も足を止め、不審そうな顔で振り向いた。 「あんた、何もんや?」 タミ子はそれには答えず、枯れた田んぼと用水路の間、あぜを指さした。 「よく見てごらん、箒目が残ってるだろ。鑑識の人は気づいてたよ」  言われてみると、あぜに動物が引っかいたような跡が残っている。箒で掃いた跡にも見えた。 「なんなんや? それが」 「犯人が、箒で掃いてった跡だよ。自分の痕跡を消すためにね。奴は、ここから毒をまいて、稲を枯

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        ミステリー「山田錦の身代金」 目次・登場人物

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        • 山田錦の身代金
          9本

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          「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第二節 その三

          「第一発見者から、事情を聴取していた」 「そないな些事は、我々に任せて下さい」  余計なことをするなと、顔に書いてある。 「いや、問題ない」  短く切り捨てた。相手の顔が、少し強張るのがわかる。だが、あえて玲子は無視した。 「それで、向こうの様子は?」 「現場検証は、だいたい終わりました。鑑識の岩堂さんが引き上げてええか言うてます。一応、警視にも了解をいただこうと」  面倒くさいが、渋々といった様子だ。 「了解した」  勝木課長は、サッと踵を返しかけ、一瞬だけ足を止めた。ちら

          「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第二節 その三

          「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第二節 その二

           秀造が、三人に駆け寄る。すぐ横に立って、紹介を始めた。 「第一発見者のお三方です。こちらは、山田葉子さん。それから、矢沢トオルさんとタミ子さん。通称、おかあさんです。ヨーコさんは、元料理雑誌の編集長で、今はフリーの日本酒と食のジャーナリストです」 「日本酒と食のジャーナリスト?」  葉子が、微笑みながら、うなずく。 「毎日、飲んで、飲んで、食べて。たまに、書いてます」  瞳をキラキラと、輝かせた。  言葉通りだとすると、かなりいい身分と言える。 「ヨーコさんは、週刊誌に酒蔵

          「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第二節 その二

          山田錦の身代金 第一章「三億円の田んぼ」第二節 その一

           田んぼは、初めてだった。  米を追う仕事を、しているのにもかかわらず。  ただ、たまには署を離れるのも、いいものだ。稲の上を渡る風に吹かれながら、葛城玲子は思った。  いつ降り出すかわからない天気だが、田んぼの現場検証も悪くない。後ろに控える部下、高橋警部補もそう感じているようだ。 「今のところ、目撃者は見つかっていません」  所轄の警官が、散発的に報告に来る。 「田んぼにはありませんが、農道沿いには何台かビデオカメラが設置してありました」  玲子は、二人に黙ってうなずい

          山田錦の身代金 第一章「三億円の田んぼ」第二節 その一

          山田錦の身代金 第一章「三億円の田んぼ」第一節

           黄金色の山田錦の穂が、天に向かって美しい弧を描いている。 一方、そのすぐ根元に、青黒く染まった穂が、倒れ伏していた。 『天津風の田に、毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』  新聞から切り抜かれた文字列が、ピエロのように踊っていた。書体も、大きさもバラバラ。右や左に傾いている。不思議に読みやすい文章だが、リアリティがなく、どこか、嘘っぽい。  世界一とも謳われる、烏丸酒造の特級田の片隅だった。世界一の純米大吟醸酒が、生まれる田んぼ。高貴な日本酒になるはず

          山田錦の身代金 第一章「三億円の田んぼ」第一節

          山田錦の身代金 プロローグ

          プロローグ  山田錦の苗は、まだ若くて青く、夕暮れの空は、群青から橙へと染まりつつあった。  初夏の風が、渡って行くたび、柔らかい葉先が踊った。田植えの直後は、無垢で美しい。  多田康一は、田んぼのわきに、身を隠していた。ふと、子供時代のあだ名、妖怪『うわん』を、思い出す。ひょうたん顔に、大きな目。物陰に隠れて、人を脅かす妖怪だ。  今の自分に、ぴったりではないか。不届き者の不意を打ち、懲らしめてやる。  手塩にかけてる山田錦に、ちょっかいを出す奴は許さない。  七十才を過ぎ

          山田錦の身代金 プロローグ