「山田錦の身代金」第一章「三億円の田んぼ」第三節 その二
タミ子の店の常連客。葉子も何回か一緒に飲み、酒
蔵を訪問したこともある。
「ヨーコさん?! それにトオルちゃんも!」
降りてきた桜井会長も、二人を見て目を真ん丸くした。めったに、物事に動じない人なのに。
「なんで、こんなところに?」
三人同時に、同じ質問が口をついた。次の瞬間に、顔を合わせて笑い出す。
桜井会長は、怪我一つ無い。だが、車の方は、そうでもなかった。衝突された右サイドのボディが、痛々しく凹んでいる。
「ひどい軽トラックだった。田んぼ眺めたくて、スピードをちょっと落としたら、いきなりだもの」
桜井会長が、渋い顔を左右に振った。
「ナンバーは、ひかえたから、捕まえてもらわなきゃ」
田んぼにクラシックの旋律が、流れ出している。幸いクーペのラジオは、無事だったらしい。
「最近、手に入れたばかりの車でね。時間ができたから、今日は近場を走ってみようと」
「山口県から、ここまでが近くですか?」
これには驚いた。軽く三百キロ以上は、離れている。
「うん。兵庫まではね。ちょくちょく走りに来るんですよ」
桜井会長は、眩しそうに辺りを見回した。稲刈り跡と、黄色い稲刈り待ちの田んぼが、入り乱れている。
「この辺りは、山田錦の故郷だからね」
そう、獺祭の旭酒造は、山田錦しか使わない酒蔵なのだ。
「その年の作柄を見たり、いい田んぼがあったら、どなたのか知りたいし。田んぼを見ながら走ってて、飽きることがない」
ラジオのクラシックが終わり、ローカルニュースに代わった。
「今年の作況指数は……」
途切れ途切れに、不作という言葉が流れてくる。
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