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BOOK REVIEW vol.064 おいしいごはんが食べられますように

今回のブックレビューは、高瀬隼子(たかせじゅんこ)さんの『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)です!

『芥川賞受賞作。心ざわつく職場小説!』と書かれた帯の言葉を見たとき、『心ざわつく』という表現に少し引っかりを感じたが、それでも何となく“ほんわか”としたタイトルに惹かれて手に取った。レビューはネタバレが嫌で見ないようにしているので、事前知識はゼロ。「あたたかな食卓のお話かな」なんて呑気なことを考えながら読み始めたら、これが本当にもう・・・著者の方の策略通り(なのかな?)、心がざわついて仕方なかった。

ちなみに、帯に書かれたあらすじはこの四行のみ。

職場でそこそこうまくやっている二谷と、
皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、
仕事ができてがんばり屋の押尾。
ままならない人間関係を、食べものを通して描く傑作。

『おいしいごはんが食べられますように』帯より引用

あまり詳しい内容までは踏み込まないようにして書くと、人間の心の闇、おなかの中にある暗くて重たい、どこか屈折した感情を目の当たりして息苦しかった。誰にでも表と裏はあるけれど、あらためてその差を「文字」として読むことに恐怖を感じた。何より、「職場」という狭い人間関係を軸に描かれた物語は、とてもリアル。「過去の職場のあの人もそうだったなぁ」、「なんでそんなことするの」、「そんな言い方しなくても」、「その行動はさすがにどうかと」、「ちょっと理解できないわ」・・・頭の中ではそんな言葉が次々と並ぶのに、登場人物たちの歪な感情の一部分や言葉の端っこに、「なんかわかるかも」と共感できてしまった部分もあった。誰にも見せたくない、自分でも直視しづらくて、ずっとひた隠しにしてきた感情が、じりじりとあぶり出されていくような居心地の悪さを感じた。

小説は、二人の視点から描かれているのだけれど、残る一人の視点でも読んでみたいと思った。その人は一体どんな心情だったのか。何を考えていたのだろうか。あれは真実なのか嘘なのか。演技なのか天然なのか。本当はすべてが企てなのか、どうなのか。読み手側は、二人の視点を通して想像するしかできない。(これが心がざわつく理由でもあるのだけど…)

嬉しい、楽しい、大好き、幸せ、だけでは済まされない人間の心理描写がとても繊細で、目から入る文章が、脳内で映画のように再生されるほどのリアルさだった。私も三人の人間関係にずるずると巻き込まれていき、ザラついた感情を味わいながら最後の一行まで読みきった。読了後、『おいしいごはんが食べられますように』というタイトルに再び目をやると、最初に感じた“ほんわか”とした印象とは大きくかけ離れているように感じた。理解したくても到底できない、人間の心の複雑さと不気味さが、その言葉から放たれているような気がした。

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