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映画「PERFECT DAYS」〜かけがえのない毎日に、言葉はいらない

やっと観てきました「PERFECT DAYS」
ヴィム・ヴェンダースの映画を観たのはいつぶりだろう…と思い返したら「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」以来だった…。
なんとあれから20年以上も経っており、浦島太郎にでもなったような気分。

上映開始40分前に、いきなり夫が映画に行こうと言い出し、体感温度マイナス20°の中、ツルツルに凍った道を小走りし滑り込む勢いで映画館に到着したものの、慌てて家を出たので、普段はかけてない眼鏡を忘れてきてしまい、スクリーンがぼやけてほとんど見えないではないか…。
ちょっ…どーすんのよぉ…とボヤいたら、夫がかけていた眼鏡を貸してくれて、それが丁度いい塩梅に見えて事なきを得た。いっぽう裸眼で観るハメになった夫は一人最前列に座り鑑賞した。字幕もよく見えなかったかもね(苦笑)
ちなみにこちらの国の公用語は二つあるので、字幕も二か国語で表示されていた。翻訳も二倍の労力がかかるだろう。




物語は一貫して、主人公である平山の日常を淡々と映し出してゆく。

平山は、毎朝外を掃く箒の音で目覚め、夜明けと共に起き出し、布団を畳み、歯を磨き、髭をハサミで整え、青い作業着に着替えると、自販機で缶コーヒーを一つ買って仕事場に向かう。
掃除用具がぎっしり積まれた車の中で聴くのは、ルー・リードはじめ往年のロックやソウル/R&Bなどのカセットテープ。
日に何軒もの公衆トイレをまわり清掃の仕事に精を出すが、まるで透明人間であるかのように人々は彼に無関心で、清掃中の立札を置いても平気でトイレに入って来る。
お昼ご飯はいつも神社の境内で食べる。そこにいる木の仙人みたいなホームレス(田中泯さん)は、平山にしか見えてないのかも?
夕方には帰宅し、銭湯が開く時間に一番風呂に浸かり、行きつけの居酒屋で夕食、寝る前に布団の中で文庫本を読む。
毎日が同じことの繰り返しに見えるけれど、平山にとってそれは同じではなく、フィルムカメラで撮る木漏れ日さえも日によって微妙に変わり、それらを彼は深く静かに味わっている。

平山の住む年季の入ったアパートを見ていたら、学生時代に友人が住んでいた高円寺の下宿が頭に浮かんできた。
せせこましく家が密集している路地裏沿いにあった下宿の玄関を入ると、すぐに急な階段があり、そこを上がった突き当たりに友人の部屋のドアがあった。平山と同じような畳敷きの部屋には、板張りの床の間もあったことを覚えている。
貧乏学生時代は、生まれて初めて銭湯にも通った(田舎にはなかった)。湯気で白く曇る鏡、湯を汲む風呂桶の音が響く高い天井、大きな浴槽の壁には富士山の絵。
街のネオンや駅構内の大衆食堂、雨に濡れた神社の石段、懐かしい東京の風景に、自分が今いる場所を一瞬忘れた。

東京には、こんなにも色んなデザインのトイレがあるのかと、それも新鮮だった。特にシースルーのトイレには驚いた。無駄にスタイリッシュ(笑)
こちらの国の公共施設もモダン建築は多く、トイレには見えないトイレなどもあったりするが、だいたいどこも有料か、お店などでもコイン式の鍵を借りないとドアが開かないようになっている。
しかも街中にあるトイレの数が非常に少ない。
トイレが近い日本人の私は、外出時に無料ですぐに入れるトイレの場所をいくつか頭に入れておかねばならないというトイレ事情を抱えているので、いつでもどこでも無料で入れる日本のトイレの有り難みを感じている。


平山は身寄りもなく天涯孤独なのかと思っていたら、急に姪っ子(中野有紗さん)と、運転手つきの車で妹(麻生祐未さん)まで現れ、平山はおそらく元は裕福な家の出で、多くは語られなかったが、自らの意思で一族から離脱し、誰とも深く関わらず煩わされない人生を選び、生きてきたのかもしれない。
傍目から見ると、ある意味では世捨て人のような、金も欲もない初老の男だが、だからといって彼は不幸だろうか?
都会の片隅で慎ましく生きる平山の、なんてことない日々の営みが、とても尊いものに感じられた。

極端に無口で独り身の平山が、淡い好意を寄せている、馴染みのバーのママ(石川さゆりさん)と、男(三浦友和さん)とのエピソードも心に残っている。
大の男が二人で子供みたいに影踏みしている姿は、可笑しみがあり、ホロ苦い気持ちにもなった。


とにかく、平山を演じた役所広司さんの演技、存在感は圧倒的だ。
いつまでも見ていられそう。

言葉がなくとも
その表情と優しい眼差しだけで
小さな喜び、悲しみ、切なさーーー
あらゆる感情を雄弁に語っていた。

役所さん、さすがです。

ラストシーンに流れる
ニーナ・シモンの「Feeling Good」を聴きながら

朝焼けに照らされ
目に涙を浮かべつつ笑う平山の顔のアップが
胸にじわりじわりと沁みてきて…

こちらまで思わず
気づいたら
もらい泣きしてた



"あなたは、あなたのままでいい"

また新しい一日が、始まるーー




それにしても…
エンドロールが流れ出すと同時に、場内の明かりがピカーッとついて、余韻も何もあったもんじゃない…。
こちらの映画館はいつもこんな感じで、みんなエンドロールを最後まで観ることなく、そそくさと帰り支度をし去ってゆく。
ちょっと!ちょっとー!!
時々エンドロール後にまだ映像が流れる作品だってあるのに、あなたたちは決してそれを知らないのでしょうね…もったいない。

それでも、この映画の音楽やメッセージは、国民的映画監督であるカウリスマキ作品にもどこか通ずるものがあり、この国の民の心にも確実に響いたのではないか、とも思った。
その証拠に、平日の昼間にもかかわらず場内はほぼ満席であった。
その中で、日本人は私一人だけだった。
すぐ前の席に座っていた学生風の男子が、上映終了後チラッチラッとこちらを振り返り何か言いたげだったが、結局何も話しかけてこず帰って行った(やっぱりこの国の男子はシャイだなぁ)

でも、わかるよ
君の言いたかったことは

しみじみと良い映画だったね





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