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バイリンガルの夢とモチベーション

息子は、約9年間通った日本語補習校をついに昨日で辞めた。
というか、これ以上はもう無理だろうと判断し辞めてもらったのだ。
それでも私はまだ、本当にこれでよかったのか迷っているし、たぶん息子も迷っている。

日本語補習校とは、現地校とは別のもう一つの学校で、海外で暮らす日本国籍を持つ子女が、ここで日本語学習の他にも日本文化に触れたりもする、小さな日本を体験出来る貴重な場所でもある。

日本語ドロップアウトなのか…

息子は、毎週山のように出る宿題もやりたくないし、土曜日の朝も早起きして学校になんて行きたくないし、なにより日本語に対するモチベーションがない。

日本語補習校へもどんどん行けない週が増えてきて、何度か担任の先生とも話し合ったが、先月も先々月も1回しか行けなかったし、退学しますと連絡した今月は先週久しぶりに登校しものの、最後の授業となった昨日は校舎使用の都合でリモートだった。

息子は、自分の日本語は全然ダメだ、と言う。
一応、本人にも自覚はあるようだ。

中学に入ると、教科書の文章も難解になり、漢字も虫メガネで(私はハズキルーペ )で見ないと読めないほど細かく複雑になり、先生の言ってることもさっぱり分からないらしく、授業にもついてゆけない。
息子はすっかり自信をなくしてしまった。
しかしどうしたら自信を持てるようにできるのか、私も万策尽きたというか…。
今まで、日本語の絵本読み聞かせ、アニメ、歌、テレビ番組、YouTubeなどもいろいろ試してきたが、眉間に皺を寄せ、体を揺すりながら歯を食いしばり、まるで修行僧のごとく苦行に耐え忍ぶ息子の姿に、どんだけぇ…どんだけ日本語が苦痛なの…と、こちらもガックリ肩を落とした。

私は息子には日本語のみで話しかけるように心がけていても、息子は日頃ほとんど日本語を使わないので、現地語と日本語と英語が混ざった変な言葉でしか会話できなくて、このごちゃ混ぜっていうのが結局どの言語も中途半端になってしまい一番よくないなぁと思う。

息子の日本語学習に付き合うのは根気が必要で、たいへん骨が折れた。
何年も毎日一緒に宿題をやってきたが
「ぜっんぜん分かんない!お母さんの教え方が悪いせいだっ!」
「なんだとぉっ!教えてもらっといてその態度はなんだ!」
お互いついイライラして、しまいには怒鳴り合いになることもあったり、どっと疲れて夕ご飯を作る気力もない日もあった。

今までは、約9年も通ったんだからここで辞めるのはもったいない…と思って続けさせてきたが、いったい何がもったいないんだか、私も分からなくなった。

これまで何人もの同級生が、一人抜け二人抜け…途中で離脱して行った。
だからといって息子より日本語がもっと達者な子もいるし、学校を続けていれば大丈夫ってわけでもないらしい、という事にも気づいた。

しかし、もし子供の頃に全く日本語を学ばずにいて、大人になって一から日本語を勉強するというのがどれだけ大変かということは、この国に住んで10年以上経っても全く言葉に不自由しないわけでもない自分を振り返ってみれば、身に沁みてわかっている。

辞めて半年もしたら、漢字なんてすっかり忘れちゃうんだろうな…。
もう、読み書きが出来るようになんてそんな贅沢なことは言わないから、せめて日本語で最低限の日常会話が出来るというラインは維持してほしかったが、それすらすでに危うい。
行ってらっしゃいと言うと、行ってらっしゃいと返され、お帰りと言うと、お帰りとオウム返しされる…。
息子と日本語で会話出来なくなる日は、近いかもしれない。

語学習得のモチベーション、私の場合

私は移住する前に、この国の言葉を日本でネイティブスピーカーの先生に4年くらい習っていたが、あくまでそれは趣味であり、年に一回くらいこの国に旅行しても、驚くほど話せなかったし全然通じなかった…。

どうしてこの国の言葉を習おうと思ったのかは、今でもよく分からない。
どうせ習うなら他の人がやっていないような珍しい言語にしようと思ったのかもしれないし、家の近くで教室が開かれるらしいと聞いて好奇心から、ちょっと行ってみようかくらいの軽い気持ちで始めたのだ。

ある時、語学教室のクラスメイトの中で一番若い男子が「皆さん、この国の言葉を習って何か役に立ってますか?」と聞いてきた。
キミ…それを言っちゃあ…お終いよ…。
この国は人口がとても少なく、超マイナー言語であるこの国の言葉を話す民なんて極めて少数派だ。
この国の民もそれをよく分かっているため、相手が外国人の場合は、老若男女、子供でも、さっと英語に切り替えて話してくる。ほんと何処に行っても英語はよく通じる。移住者の中には、一生英語だけで通すわ、だってこの国の言葉話せなくても困らないし、という人も結構いる。
そんなわけで、この国の言葉を話したり役立つ機会は全くなく、大都会である東京に住んでいてもこの国の民と出会う確率は無きに等しかった。
ほどなくして、その男子は教室に来なくなった。
…だよね。習ってたってね…。私は辞めるタイミングが分からず、何年もダラダラ通ってるだけでその後も上達しなかった。
しかしのちに、教室に通っててよかったぁという事態が訪れることになる。

そう、出会ってしまったのだ。
かなり低い確率な筈の、この国の民である夫に。
夫も日本語を勉強していたので、お互い自分の母語を教え合おう!ということになった。ランゲージエクスチェンジというやつである。
この国の言語も日本語も全世界的に見たらマイナー言語なので、専用のサイトでもそれまでなかなかランゲージパートナーは見つからなかった。稀に申し込みが来ても、日本語を勉強してます!とあるのに日本語でメッセージをくれた人は一人もいなかった。
そこに夫が彗星の如く現れたのだ(笑)
夫は日本語、この国の言語、英語でメールをくれた。それだけで飛び抜けてポイントが高く、しかも同い年ということで、お互い運命を感じちゃったのだ(笑)
生まれ育った国は違うけど、中高生の頃に聴いていた音楽なども洋楽なら、あの頃あれ聴いてたよねぇ〜と共通点も多く、夫はマニアというかJ-POPなんか私より知ってるくらいで、日本食大好き、私が行ったことがないような場所まで日本各地を旅していたり、話題も途切れなかった。

今ならアプリも沢山あるし、Webカメラを使い対面リモートで会話するのも普通な事だけど、その頃は赤ペン先生のように毎回お互いメールで文法の間違いを添削し合い、恐ろしく長いメールのやり取りをしていた(後にSkypeで顔を見ながら会話もするようになったけど)。
私は夫にこの国の言葉で返事を書くのに毎回2、3時間はかかり、夫からのメールを少しでも理解したいがために、仕事から帰ると睡眠時間も削り毎晩3、4時間は辞書と首っ引きで猛勉強するようになった。
語学教室もそれまでは毎回遅刻していたのが、授業が始まる30分前には到着するようになり、先生を質問攻めにするようになった。
先生も引くほどの変わりようである。
この時が一番、一生懸命にこの国の言葉を勉強していたと思う。

そのうち、3、4ヶ月に一度は夫が日本へ会いに来てくれるようになり、私も半年に一度くらいは夫の国へ会いに行くようになった。

恋は人を変えるのだ。てへペろ。

まぁベタだけど、語学上達の近道の一つとして、その国の人と恋愛するっていうのは、強力なモチベーションになると思う。
どうにかして自分の気持ちを伝えたいし、相手の事も分かりたい、と切実に思うので、切羽詰まって勉強するわけです。
ということは、息子も日本人の彼女が出来たりしたら、俄然やる気が出るのかもしれない。

だけど私自身も昔に比べて、この国の言葉をもっと理解したいというモチベーションは、居住年数が長くなるほど下降している。
もともと怠け者の自分が顔を出し、最近は日本語で本を読んだりドラマ観る方がやっぱり楽しいしラクだよなぁ、と思ってしまう。
この国の言葉でニュースを読んだり、手続き関係の書類を見たりすると秒で眠たくなり集中力が続かない…。
しょせん外国人の自分は、一生かかってもネイティブ並みになるのは無理…と諦めてしまっている部分もある。
だから息子に日本語学習を頑張りなさい!と言うたびに、心の中では、そういう自分はどうなのさ?と、もう一人の自分がツッコミを入れてくるのだ。
息子のやりたくない気持ちも、分からないでもない。

でも、自分の子供と自分の母語で話が出来ない、というのは辛いものがある。
お母さん、友達の前で日本語で話しかけないで!と、息子に言われた時は寂しかった。

出来れば息子は日本へ留学でもしてくれないだろうか。
そしてそこで出会った日本人と結婚するなんてことになったら、お嫁さんが日本人って最高かも。私が呆けてこの国の言葉を全て忘れてしまっても、嫁とは日本語で話せる。いいかもしれない。名案だ。

と、また息子に夢や期待を持ってしまう。
だけど、子供に期待しない、諦めるっていうのは、親としては難しいものなのだ。


それでも、行きたくないと言い続けながら、息子が9年もの間、日本語補習校に通い続けたことについては、辞めたことを嘆くよりも今は、よく頑張ったね、と褒めてあげたいと思っている。



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