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僕のいた時間 人はどう生きるのか

私が今暮らす国へ移住し、言葉もよくわからない中で息子が生まれ、毎日暮らすのが精一杯だった時期と、10代~20代の春馬くんがドラマや映画、舞台と活躍していた年月はぴったりと一致していて、その間に彼が出演していた作品は、私の中からスッポリと抜けている。

そんなわけで、訃報後に初めて見た春馬くんのドラマは「僕のいた時間」で、かなり重い内容の作品をいきなり最初に見てしまったのだけれど、話の中でどんどん痩せ細ってゆく姿や体の自由が効かなくなっていく様など、彼のリアリティある演技に釘付けになり愕然としながら、回を追うごとに号泣した。
弱冠23歳で、こんな良質なドラマを自ら提案し演じていたのだから驚く。

その少し前に私は、NHKスペシャルの「彼女は安楽死を選んだ」も見ていた。
ここで取り上げられた女性は、多系統萎縮症というALSとはまた異なる神経難病にかかっていたのだけど、徐々に四肢が動かなくなり、言葉も話せなくなり、自力で呼吸さえも出来なくなり、最終的に自分の意思を伝える手段が全て奪われても、思考だけは正常のまま寝たきりとなる、という症状はALSと非常に酷似している。

春馬くん演じる拓人を通して見ると、やがて "肉体という牢獄に閉じ込められた状態" に向かってゆく、体と心の様子というものが、よりリアルに迫ってきた。
拓人が、人工呼吸器をつけたら最後、もう二度と話すことが出来なくなるという事に絶望し、人工呼吸器を装着するのか否かの選択を迫られる中で、「死にたいわけじゃない、生きるのが怖いんだ。」と言う悲痛なセリフが胸に刺さった。

ドキュメンタリーの女性は、拓人のように周りの人々に助けられながら共に最期の時まで生きてゆくという道ではなく、安楽死という自分の選択を最期まで貫き、スイスで自ら実行し旅立った。とても衝撃的な内容でノンフィクションということもあり、しばらく頭から離れなかった。
「自分で死を選べることができるということは、どうやって生きるかを選択することと同じくらい大事なこと」と、女性は語っていた。

人は皆、いつか訪れる死に向かって生きている。
僕のいた時間」は、限られた命の中で人は "どう生きるか" の方に、よりフォーカスした作品だった。
番宣でバラエティ番組に出演した動画も見たけれど、涙ぐみながら一生懸命ALSについて話していた春馬くんの姿が印象に残っている。

春馬くん自身も、"自分はどうよりよく生きてゆくのか" という事を、常に模索していた人だったと思うのだ。



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