麦の夜2

あの子の日記 「麦の夜」

首元で感じる蒸し暑さで去年の夏を思い出す。同じ居酒屋、同じメンバー、机の上には飲みかけの生ビールが3つ。1年たっても私たちは何も変わっていない。

「だからあ、好きとか愛してるとかねえ、何百回言い合ったって終わるときは終わっちゃうわけ。愛してるの効力なんて3秒くらいしかないんだから。愛してるなんてねえ、言うだけ薄れてくだけだから」

ハルちゃんは冷めた唐揚げをつつきながらまた同じことを言って、トモちゃんは「まあねぇ」「まあそうよねぇ」「そうねぇ」と相づちのバリエーションを増やしていった。

「愛なんてねえ、愛してるって言葉じゃ足りないくらいアツいものだと思うわけ。ミサきちみたいなふんわりした女の子だってアツいもん持ってるでしょ?」

アツいもんって何よ、と笑ってジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。愛も恋も愛してるも好きも何ひとつ解明できない夜だけど、こんな夜こそ愛おしい。

「やば、見て見てトモ。あの奥の店員さんかっこよくない?」
「奥?どれ、どこ」
「すいませーん。注文いいですかあ。ほら、今こっち見た人」
「あー、あの人ねぇ。微妙」

イケメンが運んできたビールは3割り増しで美味しいと言うハルちゃんも、イケメンの定義は人それぞれだねぇと笑うトモちゃんも、やっぱり私たちは何も変わってない。

愛って何だか知らないけれど、こうして変わらない関係を愛って呼んでもいい気がしてる。




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