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【短編小説】月と地球

 私は月。果てしなくつづく黒の中に、ぽつり。あなたをずっと見つめている。
 あなたの名前は地球。自然と涙が流れてしまうほど美しい青に、私は恋をした。
 だけどあなたには、いつまで経っても触れられない。近づいては離れ、離れては近づく。そういう関係。あなたは私のこと、どう思っているのかな。嫌いでなければいいな。そんなことを考えてばかりだった。
 
 最近、あなたの様子がおかしい。かつての輝きはなくなり、なんだかすごく苦しそう。風邪をひいたのかな。熱があるのかな。それとももっと大変な病気になってしまったのかな。
 心配で仕方がないのに、私はあなたに何もしてあげられない。だって、あなたは地球で、私は月なのだから。
 あなたの体の中で悪さをする悪魔を、どうにかして消し去ってあげたい、あの日見た青を取り戻したい、そう思っても、ただ祈ることしか私にはできなかった。
 
 日が経つごとに悪くなっていくあなたの顔色。もうこれ以上、あなたの苦しむ顔を見ていられない。目を閉じかけたその時、何かが私の顔を掠めた。
 それは勢いを増しながら、どんどんあなたに近づいていく。紛れもなく隕石の群れだった。それも、今までに見たことがないくらい大きなもの。
 ただでさえあんなに苦しんでいるというのに、こんな仕打ちまで用意していたなんて。私は神を殺したくなった。
 隕石たちはあっという間にあなたの体を貫いた。それは、恋の終わりにしてはあまりに残酷すぎるものだと思った。
 
 しかし、しばらく経つと、私の絶望とは裏腹に、あなたはすっかり元気になった。そして、かつて私が見惚れた青よりも、もっと鮮やかで生命力に溢れた青を放つようになった。
 もしかするとあの隕石は、神が処方してくれた、あなたの体を蝕む悪魔を殺す特効薬だったのかもしれないな。だとすれば神に謝っておかないといけないな。そう思って、私はふっと笑った。
 
 届かぬ恋は、きっと、これからもつづいていく。

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