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森幸生
2022年7月16日 00:13
【登場人物】 さめちゃん …………………………………… 会社員、作家志望 竹中すばる(たけなかすばる)……… 自営業都築群青(つづきぐんじょう)……… 会社員遠藤縁(えんどうよすが)……………… 探偵八木ちはな(やぎちはな)……………… 教師野家直(のいえなお)…………………… 大学生アゲハ …………………………………………… 少女横山(よこやま)…………………………… 大学生
2022年7月16日 00:39
「まだ起きてた?」「寝てた」と、パソコン画面のむこうのすばるが答える。「起こしちゃったか。ゴメン」「いや、ちょうど良かった。そろそろ起きようと思っていたから」 今は、二十時。夜ごはんは済ませたけど、メイクは落としていないので寝るわけにはいかない、そんな時間だ。一日の終わりが近い私とは対極に、すばるの一日は、これから始まろうとしているようだ。夜行性の彼にとっての二十時は、まだラジオ体
2022年7月16日 08:56
男は、身振りで、応接セットのソファを僕に勧めた。 僕は渡された名刺に視線を落とす。 遠藤縁(えんどう よすが)。それが、目の前の男の名前らしい。エニシと書いて、ヨスガ。変わった名前だが、目を惹くのは、その部分ではない。 ――その肩書きのほうだ。職業は、探偵。 部屋には、真冬の生命線とも言える古い石油ストーブ、パンパンの本棚が壁にそびえ立ち、キャビネットと、奥にはデスク、スペースグレーのノー
2022年7月16日 17:55
探偵の遠藤さんに調査を依頼して一週間が経った。 僕は今、知らない道を、昔、見聞きした記憶を頼りに歩いていた。僕は高二で学校を転校している。転校先の高校を卒業後、今の仕事に就いた。もう仕事も二年目だ。その間、こっちに戻ってくることはなかったし、こうして、この道を歩くのも初めてだった。 信号は、随分手前に一つあっただけ。車も通らない。風の音が鳴るだけだ。 足を止める。 この辺りのはずだった。
2022年7月16日 23:24
「先生を殺したのは、僕なんです」 その日の出来事は、一番鮮明に記憶している。何故ならば、その日のことを思いださなかったことは、一日たりともないからだ。 高二の一学期が終わり、夏休みに入ると、バカみたいに暑い日が連日続いた。十七歳になりたての夏だった。 その日、僕は偶然、ショッピングモールの最上階にある映画館の入口で、先生と出くわした。「先生とデートなんて嬉しいな」「たまたま会っただ
2022年7月17日 08:57
その日もまた空は灰色、天気は朝から雨だった。「今から会えませんか、都築さん」 遠藤さんから連絡があったのが、今から三十分前のこと。「調査は終わりました」遠藤さんは、電話でそう言った。「この先は、直接会ってお話します」と。 僕は仕事を早めに切り上げて、探偵事務所へ急いで向かった。「座ってください」と遠藤さんは僕をソファへ促した。「調査は終わったって、本当ですか?」 遠藤
2022年7月17日 18:17
絵のような青空が広がっていた。 体育館が改修工事で使えない期間のあいだ、月曜日の全校朝礼は、校庭を代わりの場所としていた。 校長の話に馬耳東風な生徒の列を眺めていたら、列の中の一点で、ふらり、影が揺れ動くのがみえた。 ――誰か倒れた。 列が膨らみ、瞬間どよめく。校庭にざわめきが広がった。 倒れた生徒は保健室に運ばれた。私はそれに同行した。 体温と脈を診たあと、「ただの貧血」そう告げて
2023年5月10日 21:33
まーあれだ。大学生の春休みといえば、時間は売るほどあるがお金がない、と古今東西、相場が決まっているわけで……。なので、友人の横山に誘われて、僕はバイトを始めた。「しっかし、マジでわからんなぁ」と僕は言う。「なにが?」と横山が。「なにもかも……。このバイト、謎すぎん?」 事の発端は、ネットの知り合いが、横山に持ちかけてきた話だったと言う。そのネトモ、就職が決まって、長く続けてきた警
2023年6月25日 20:07
僕たちを乗せた特急列車は、西へ向かう。 平日の昼間とあってか、車内はすいていて、クロスシートに膝を突き合わせて、二人で座った。 目指すは、この国の最西端。アゲハの家は、海に囲まれたその町にある。 アゲハがいたのは、携帯電話もタブレットも与えられていない密室で、外部と連絡をとる手段はなかった。しかし今は、ここに僕のスマホがあった。これを使わない理由はない。「ほら。帰る前に、家に電話入れと
2023年6月28日 21:40
西の地平線に残された一条の光が、細く細くなっていき、最後には糸がちぎれるように消失するさまを、僕はみた。その中を、アゲハに手をひかれて、僕は走った。「アゲハ。あそこ!」僕は指差す。 ――小学校の校舎だ。 残り三百メートル。 さっきまでは足元に伸びていた影が、もうみえない。見渡す範囲に、人工的な灯りも見当たらない。 正門の鉄柵には、人ひとり通り抜けできる幅の隙間があった。 昇降口の
2023年7月2日 20:38
灯りをつけるのはやめておいた。校舎の中にはオンラインの防犯セキュリティが入っていると予想したからだ。この時間、仮にみつかったところで、外から警備員が駆けつけてくるなんてことはありえないが、代わりにドローンが出動してくるはずだ。 雲の動きで、窓に影が走ったように一瞬みえた。風の音も、なんだか不気味だ。「……ドキドキする」と、アゲハが囁き声で。「静かだね。ちょっと怖いくらい。なんか肝試しみたい