マガジンのカバー画像

掌編

63
ノンシリーズ掌編まとめ。
運営しているクリエイター

2022年10月の記事一覧

おいしいおかし

 今日はハロウィン。  だから誰も、夜は家から出ちゃいけない。  お化けが来るからだ。 「……おい、おい。駄目だって」 「いいじゃん、兄ちゃんもほら、見ろよ、外」  閉めていたカーテンを弟がそっとめくって、窓の外を覗いている。あんなに母さんにも父さんにも駄目だって言われてたろ? ……と、言いつつも僕も好奇心に負けてしまって、外をちらりと見てしまう。 「うわ」 「ね、兄ちゃん、すげえだろ」 「すげえけどさあ。お前あんまり声出すなよ、見つかるだろ」 「大丈夫だって」  家の前の

ハロウィンの街中にて

 子供らを連れて東京に向かう。  普段県内ですらもあまり外出というものをしないので、どの子も戸惑うように、あるいは期待をするように、きょろきょろと辺りを見回している。子がはぐれないよう気を配りながら、自身も都会の駅に困惑する。子らを連れず、自分一人でなら、仕事の都合でこっちにも時々来る。しかし何度来ても慣れない。皆どうやって道順を把握しているのだろうか。特に今回は行き先が違う。いつもの仕事でなく、プライベート。  ハロウィンの仮装イベントへ行くのだ。  奇抜な格好をした子供ら

はじめ彼女は透明だった

 はじめ彼女は透明だったんだ。  これは真面目な話だけど、彼女は最初、透明人間のようなものだったんだ。そこに存在はしていたのに、誰も彼女に気付かない、見えていない。でもいたんだ。多分、僕が彼女の気配に気付くずっと前から、存在していたんだ。  教室の片隅に、誰かがいるような気がしていた。クラスの誰にも、家族にも、僕はそのことを話さなかった。誰もいない場所を指さして「あそこに誰かいる」なんて告げたら、眼科かカウンセラーのどちらかを紹介されるのが落ちだ。僕は彼女の気配を感じると同時

小さな扉

 小さな扉がありまして。  本当に小さな……人の通れない扉ですよ。そうですね、ファンタジーの世界で小人が使うような、それくらいの大きさの。  それが私の部屋の壁にあるんです。いつの間にやらあったのです。  家族は誰も知らないっていうし、私はこんな飾りをつけた覚えもないし。  飾りだと思うじゃないですか。  こんなに小さな扉なのですから。  でもそれが、ある時キイと音を立てて、開いたんです。扉の向こうから顔をのぞかせたのは、先輩でした。学校の、同じ部の、先輩です。数ヵ月前に、行

二つ目のS字カーブにて

 もう何年と通い慣れた道に今日も車を走らせる。  二つの緩やかなS字カーブがある以外は単調な道。俺の人生のようだ。そう思って苦笑する、その思考こそつまらない。はあ、まったく退屈な日々だ。車は一定の速度で進んでいく。  俺が急ブレーキをかけたのは、二つ目のS字カーブだった。  建物がある。道路を塞ぐように建っている。なんだこれ。どうしてこんな所に。いやそもそもこんなもの、昨日まで無かった筈だ。車を降りて近付いてみる。たとえばこれは映画か何かのセットで、ただのハリボテなんじゃない

おさむらいさま

「おさむらいさま、おしょくじです」  世話役の少女が小屋の戸を開け入ってくる。俺は侍などという大層なもんじゃあない。そう言っているのに聞きやしない。刀に見立てた粗末な棒きれにちらりとだけ目をやり、少女の差しだす粗末な飯を受け取った。 「あと三日か」  残り時間を考えながら、ただ焼いてあるだけの肉をかじる。こんな不味いものを運んでくるくらいなら、いっそ何もくれず飢え死にさせてくれたら良い。というよりそもそも、小屋に閉じ込められそれで終わりなのだと思っていた。どうせ死ぬためにここ

地中にノック

 地面をノックしてみると、地中から鈍い音が返ってきました。土の中に引き籠っている彼のノックです。  四六時中そこにいる彼が今日もそこにいることを確認して、私はジョウロを傾けました。流れ落ちていく水は、地上にむき出しの根に浸み込んでいきます。土の中で上下逆さまに育っていく木に生っているのはどんな果実だったでしょう。これを植えたのは私なのですが、それは随分昔のことですし、こちら側からは根しか見えませんから、何の木だったか忘れてしまいました。蜜柑か林檎だったような気はします。あるい

おかわり

「どうして俺がお前を守り続けていたかってそんなのだってお前あんなに死にやすいんじゃ脆すぎて使い物にならないからに決まってんだろお前」  僕の目の前には巨大な、僕の背丈よりもずっと大きな真っ黒い芋虫がいて、芋虫は僕のよく知る声で僕に話しかけてくる。  芋虫の顔には木の洞みたいな歪な口が開いていて、さっきから、さっきからずっと僕を、その口で食べようとしてくる。  食べられたくなんかない。だから必死に逃げ回っていたけれど無理だった。芋虫は僕をどこまでも追い続け追い続け追い続け僕は逃

おかえり

「見つけた!」  声をかけてきたのは、見知らぬ男だった。  いや……本当に僕はこの人を知らないのだろうか。どこかで見かけた事があるような気もする。気のせいかもしれないけれど。 「見つけたぞお前……こんな所まで来てたのかよ……まあいいや帰るぞ」  彼は僕の腕を掴み、ぐいと引っ張って立ち上がらせる。その時初めて、僕は自分が地面に座り込んでいた事に気付く。というか、ここはどこだろう。辺りを見回すと、なんとも奇妙な場所だった。電卓とか、ハサミとか、糸のついた針とか、書籍とか、そういう

くるくるが来るよ

「くるくるが来るよ」  少年が言う。少年は笑っている。オレンジ色の服を着ていて、この夕暮れのようだと思う。夕陽に照らされた空を背景に少年は立っている。その足元に猫がいる。黒猫だ。猫は小さく「にゃあ」と鳴く。 「くるくるとは何だい?」  私は問いかける。 「くるくるはくるくるだよ」  少年は答にならない答を返す。  音がする。  カランカラン、カラン、カランカランカラン。鐘の鳴るような、あるいは、何か軽く硬い金属のようなものが、転げ落ちていくような。  遠くから列車が走ってくる

虹が出ている

 虹が出ている。  別に雨なんて一滴も降っていなかったのに(最後に降ったのは確か一昨日だった)晴れた空に虹が出ている。こんな事ってあるのだろうか、と考えたが、実際目の前に出ているのだからあるんだろう。と思いながら自販機で缶コーヒーを買っていると、近くで女子中学生だか女子高生だかの集団が「えマジ虹じゃん」「撮ろ撮ろ」などとはしゃぎながら空にスマホを向けていた。 「えーなんだろ、うまく撮れない」  はしゃいでいた彼女らは少しテンションの下がった声でスマホの画面を見つめる。俺も一枚

徘徊と味噌汁

 みし、と軋む音。  屋根裏で母が徘徊しているのだ。  母の肉体は三年前に朽ちた。けれども魂は今もこの家の中を動き回っている。  父は老人ホームにいる。妻は私の母を怖がり子供を連れて実家に帰ってしまった。であるから今私はこの家で母(の魂)とふたりきりで暮らしている。だが母はいつも姿を見せてくれないので、この広い家の中私はひとりきりの気分にもなる。  小さな鍋で一人分の味噌汁を作り(一応は一人分のつもりなのだがどうも毎回多くなってしまう)米を炊く。後は近所のスーパーで適当な惣菜

ひねくれ者の妹の死

 僕の住む町の空に浮かぶあの風船。  浮かび続ける赤い風船。  あれは僕の死んだ妹なのである。  死んだ人というものは、大抵は星になるのだろう。ところが妹はひねくれ者だったから、あんなものになって、今日もふわふわ浮いている。赤い風船。妹は赤が嫌いだった。女の子は普通赤が好きで、そうはいっても今時ランドセルだって様々な色があるけれど、それでもやっぱり「女は赤」で、だからこそ妹は赤が嫌いだった。僕の同級生が言っていた、女だからって可愛いものが好きとか決めつけられるのが嫌。妹は、そ

山の向こうより、とある一場面

「ねえこれ、見た事ないやつだ。食べられるかな?」 「毒はない。――汚染以外には」  君はいつもそれを言うね、と僕は笑う。  汚染。それを言うなら、この広大な場所、その全てが汚れ切っている。  振り返る。僕らの背後にそびえ立つ山、その向こうの荒廃した大地、その更に向こう、僕らが、住んでいた街。安全な、汚染されていない、綺麗な街。  もう帰ることのない街。  汚染された果実を、ひとつもぎ取る。 「スッパ! あ、あー、でも、酸っぱいけどなかなか。君も食べる?」 「私は機械だから