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おいしいおかし

 今日はハロウィン。
 だから誰も、夜は家から出ちゃいけない。
 お化けが来るからだ。

「……おい、おい。駄目だって」
「いいじゃん、兄ちゃんもほら、見ろよ、外」
 閉めていたカーテンを弟がそっとめくって、窓の外を覗いている。あんなに母さんにも父さんにも駄目だって言われてたろ? ……と、言いつつも僕も好奇心に負けてしまって、外をちらりと見てしまう。
「うわ」
「ね、兄ちゃん、すげえだろ」
「すげえけどさあ。お前あんまり声出すなよ、見つかるだろ」
「大丈夫だって」
 家の前の道路を、たくさんのお化けがふよふよと浮きながら通り抜けていく。うちの近くにはお寺があって、お化け達はそこを目指しているのだと聞く。外国から来たらしいお化け達が日本のお寺に何の用があるのか、両親に聞いても教えてくれない。そもそも知らないのかもしれない。お化け達がお寺で何をしているのか、大人も誰も知らないんだ。僕も。
 知りたい。
「……なあ」
「何、兄ちゃん」
「こっそりさ、追いかけてみようか。お化け」
「いいの!?」
 両親に見つからないようにこそこそと、僕と弟は夜の町に出る。
 寒い。もう十月も終わるからかな。それともパジャマで外に出てきてしまったからかな。一応上着は羽織ってきたけど。だってあんまり準備に時間をかけていると親にバレるかもしれないから、着替えてこれなかったんだ。
「いいか? 静かに追いかけるんだぞ?」
「うん、わかった」
 弟は小声で抜き足差し足忍び足と言いながらのそのそ進む。声を出さない方がより静かに行けると思うんだけど。
 さあ、お化けにも、大人にも、見つからないように、慎重に。
 慎重に、ゆっくり進んでも、お化け達の進みもまたゆっくりだったから見失わずに済んだ。やっぱりお寺に向かっている。お寺に入っていく。
 お寺に……。
「えっ!?」
 お寺がぐにゃりと歪む。それだけじゃない、周りの地面も木も、空の雲も星も全部ぐんにゃり歪んで、歪んで、形を変えて。
「あれ……?」
 気付けば、そこはものすごく広い部屋の中だった。学校の体育館より広い。そしてたくさんのテーブルと椅子が並べられ、壁にも天井にもカラフルな飾りがつけられている。それから、何故かお坊さんが何人もいて(いやここはお寺の筈だからお坊さんがいるのはむしろ普通なのか?)、テーブルにお菓子を並べている。
 ……お菓子だ。チョコにクッキーに飴にケーキに、うわあ、お菓子がいっぱい! すごいな。パーティーかな。
「兄ちゃん兄ちゃんあれちょっと食べていいかな」
「え、待ってそれは流石に」
 そうやって声を出したのがマズかったのかもしれない。
 お坊さんのひとりが、僕達を見た。
「あっ……。え、えっと……僕達は……」
 ど、どうしよう。怒られる……いいや、それどころじゃなかった。

 僕達は、お化けに取り囲まれていたのだ。

 あれっ!? いつの間に!? や、やばい。お化けに捕まってしまったら僕達一体どうなってしまうんだ? ……弟だけでも逃がせるだろうか?
「お前ら……」
 お化けが僕達に話しかけてくる。なんだ、なんだ?
「お前らもしかしてピーヨッコとビンビコか! なんだあ、随分と人間に化けんのがうまくなったじゃねえか。ほらこっちに来い、宴が始まるぞ」
 へっ?
 どうも僕達は、ピ……なんだっけ、なんとかってお化けと間違われているらしい。良かった。どうなる事かと思ったけど、仲間だと思われてるなら安心だ。
「お前らは何が好きだったかなあ、これか? こっちか?」
 僕達は椅子に座らされ、目の前にどんどんお菓子が並べられていく。
 でもこれ食べて大丈夫かな? 毒だったり罠だったりしないかな? ……なんて僕が悩んでいる隙に隣に座る弟がばくばく食べていた。
「お、おい、大丈夫か?」
「? 美味いよ? 全部すげえ美味い。兄ちゃんも食べなよ」
 おそるおそるクッキーをひとつ摘まんで、口に運ぶ。
 さく。
 美味い! 美味しい、美味しい、美味しい。さくさくしたクッキー、ふんわり甘い生クリームのケーキ。ジュースもある。オレンジジュースをごくごく飲んで、大きなバウムクーヘンにかぶりつく。それでまたジュースを飲んで、チョコタルト、バニラアイス、ペロペロキャンディ。
 どれだけ食べてもお菓子はまだまだいっぱいある。食べ放題だ。やったあ。
 僕も弟も夢中で食べた。
 夢中で、
 夢中で、
 夢中で。
「…………い、おーい、大丈夫かい君達」
 誰かが呼んでいる。
 目を開けると、目の前には、近所の交番のお巡りさんがいる。
 ……目を開けると? あれ、僕、どうやら寝ちゃっていたらしいな。
 隣には弟もいて、すやすや寝ている。あ、起きた。
 バタバタと足音が聞こえて、見ると父さん母さんが遠くから駆け寄ってきていた。
「アンタ達こんな所で何してるの!」
 母さんの怒鳴り声が頭に響く。こんな所って……。
 あ、ここ、お寺か。
 立ち上がるとなんだか体が重い。お菓子を食べ過ぎたのかもしれない。でも周りにお菓子なんて一個もない。お化けもいない。弟もきょろきょろ首を動かして、そして少しがっかりしたような顔をする。わかる、わかるよ。
 食べ足りないよな。
 母さんの説教を聞きながら、僕は、もっとあのお菓子が食べたいなと考えていた。

 来年のハロウィンになったら、また、あの宴に参加できるだろうか?

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