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虹が出ている

 虹が出ている。
 別に雨なんて一滴も降っていなかったのに(最後に降ったのは確か一昨日だった)晴れた空に虹が出ている。こんな事ってあるのだろうか、と考えたが、実際目の前に出ているのだからあるんだろう。と思いながら自販機で缶コーヒーを買っていると、近くで女子中学生だか女子高生だかの集団が「えマジ虹じゃん」「撮ろ撮ろ」などとはしゃぎながら空にスマホを向けていた。
「えーなんだろ、うまく撮れない」
 はしゃいでいた彼女らは少しテンションの下がった声でスマホの画面を見つめる。俺も一枚撮ってみるかと缶コーヒーを左手にスマホを右手に、カメラアプリを起動しレンズを空へと向けると……あれ……確かにうまく撮れない。というか写らない?
 結構はっきりくっきり出ているのだけれど、虹。向こうのビルの横から、こう……ここに虹が……目で見ると確かにそこにあるのに、何故かカメラでは撮れない。
 しばらく悪戦苦闘し、そして諦めた頃にはさっきの女の子達はいなくなっていた。きっと彼女達も諦めたのだろう。スマホをポケットにしまいこみ、そういえば左手にコーヒーを握りしめたままだったと思い出す。そうだよコーヒー飲みたかったんだよ俺は。
 カシュ。
 缶を開けると……俺は冷たいコーヒーを買った筈なのに、白い、湯気のようなものがもわもわと出てくる。買い間違えたか? いや、缶は確かに冷たいのだ。ただ湯気だけがもくもくと……湯気というか白い煙だなこれ、白く細い煙が空へと立ち昇り、そしてきらきらと……きらきらと虹色に輝いていく。
 白かった煙が、虹のように七色に染まって、空へ昇っていく。
 虹だ。
 俺の缶コーヒーから、虹が出ている。
 俺は……。
 俺はこの缶をどうすればいいんだ……。
 おそるおそる缶に口をつけ、傾けると、よく知った強い苦みと軽い酸味のある液体が口の中に流れ込む。こく、ごく、ごく。旨いコーヒーだ。いつもと同じ味だ。
 缶から口を離せば、その時にはもう、虹はどこにもなかった。
 空にもなかった。
 ただ、青空だけが広がっていた。

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