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ハロウィンの街中にて

初出:Scraiv

 子供らを連れて東京に向かう。
 普段県内ですらもあまり外出というものをしないので、どの子も戸惑うように、あるいは期待をするように、きょろきょろと辺りを見回している。子がはぐれないよう気を配りながら、自身も都会の駅に困惑する。子らを連れず、自分一人でなら、仕事の都合でこっちにも時々来る。しかし何度来ても慣れない。皆どうやって道順を把握しているのだろうか。特に今回は行き先が違う。いつもの仕事でなく、プライベート。
 ハロウィンの仮装イベントへ行くのだ。
 奇抜な格好をした子供らの姿に、道々周囲からの注目を浴びてきたが、さて人が増え、駅が迷宮と化していく毎に、周囲に馴染んでいく。あちらで吸血鬼が音楽を聞き、向こうでは血まみれの女性が歩きスマホをしている。あっちではゾンビが人でなく菓子に齧りつく。
 皆イベントに来ているんだろう、ならばとにかく後をついていこう、そう考えて人の流れに身を任せる。そうすると人ごみの中に突入していく事になるので、子供と手を繋ぐ。と思ったが人数からして両手で足りないので止める。自分の服を握らせる。白衣を着てきて良かった。裾が広がるのでスペースは足りるだろう。ネットで見た子供用のハーネス、あれを買った方が良かったかもしれない。
 イベントは、盛り上がっているようだった。
 時間に余裕を持って出てきたので、途中迷ったにしては開始直後に到着できた。その筈なのだが、既に酔っ払っている人や、あれも酒のせいかもしれないがテンションの上がり切っている人もいる。実はもっと早くから始まっていたイベントが今ちょうど盛り上がっているところなのか、それともどこか他で散々上げたテンションのままここへ流れてきたのか。わからない。東京はよくわからない。
 来て早々疲れ始めた自分とは別に、子供らはワクワクとした様子で向こうに行こう、あっちに行こう、と服を引っ張る。
「どうやってるのそれ?」
 見知らぬ女性が話しかけてきた。これが都会のノリなのかそれともイベントのノリなのか?
 女性は子の一人を指さす。その頭では猫耳がピコピコ動いている。
 少し考えて、企業秘密です、と言った。
 女性は「えー?」と不満そうな声を上げながら顔は笑い、そのまま「わかったーじゃあねー」と離れていった。納得したのかしていないのか。都会は、いや女性はよくわからない。わからない事ばかりだ。帰りたい。
 しかし子供は楽しそうである。普段こちらの都合でインドアな生活を送らせている。だが今回はせっかくのイベントなのだから……。
 猫耳を動かし、しっぽをピンと立てる子。好奇心旺盛で、見慣れない景色を忙しなく観察している。
 ツギハギだらけの皮膚の子。いつもは大人しいが、今日は珍しく私を引っ張り、自分の興味のある場所へ誘導しようとする。
 頭に角のある子。臆病なこいつを連れていくべきかどうかギリギリまで迷ったが、大丈夫だろうか。まだ平気そうだが、注意しておこう。
 目の三つある子。よく見ると瞬きを繰り返している。眩しいんだろうか……いや、雑然とした環境で目にゴミでも入ったのじゃ……ん、いや、うちの研究所も割と雑然としている……?
「大丈夫かい?」
「へいき。おもしろい」
 元気そうだ。
 年に一度のハロウィン、人々が仮装するこのイベントならば、やはりこの子らも馴染みやすい。まさか本物がいるなんて誰も思わないだろう。一応これも研究の一環だからと主張したが、予算を使わせてくれなかったのは残念だけど……交通費だけでも痛い出費だったけれど……。そういえば出発直前に、車で行くのではないのかと驚かれた。運転は苦手なのだし、こんな長距離はごめんだというのに。
 まあ、そんなことはどうでもいい。子供らがご機嫌ならば良い。
 本当は全員連れてきたかったが、流石に人の形すらしていない子は許可が出なかった。これでもうちの研究所は、大分融通がきく方らしいが。でもこう、周りを見回しても、皆精巧な化粧をほどこしているのだから、ここに化物が何体混ざろうと気付かれないのではないか? ううん……あいつはまだ繋いでおかないといけないから厳しいとしても……あの辺ならばこう……。
 猫の耳が自在に動くことも納得されるような環境なのだから。
 納得……いや…うん…まあされたんだろう納得……。
「あっさっきの猫ちゃんだー!」
 うわっさっきの女性だ。また来た。この人ごみの中でよくもまあ再会できたものだ。
「アイス食べるー? えってゆーかこっちの子もスゴいじゃん三つ目? 三つ目? このおデコの目どうやって動かしてんの? 手品?」
 こわい。女性こわい。手品じゃないです。本物です。
「ところで気になってたんだけどー。おじさんそれ何の仮装? 雑過ぎじゃね? 白衣着てるだけじゃーん。この子達こんなすごいのにおじさーん。何? 博士? 悪の博士?」
「ええと、はい、いえ、普通の博士です」
「普通て。地味ハロ? 一人地味ハロ? 会場違うっしょーそれー」
 ゲタゲタと笑う女性。酔っているのか? ハロウィンだからなのか? 恐ろしい日だ。
 帰りたい。
 化物で満ちた平和な研究所に帰りたい。ああ……。
 恐怖の夜は始まったばかりだ。

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