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徘徊と味噌汁

 みし、と軋む音。
 屋根裏で母が徘徊しているのだ。
 母の肉体は三年前に朽ちた。けれども魂は今もこの家の中を動き回っている。
 父は老人ホームにいる。妻は私の母を怖がり子供を連れて実家に帰ってしまった。であるから今私はこの家で母(の魂)とふたりきりで暮らしている。だが母はいつも姿を見せてくれないので、この広い家の中私はひとりきりの気分にもなる。
 小さな鍋で一人分の味噌汁を作り(一応は一人分のつもりなのだがどうも毎回多くなってしまう)米を炊く。後は近所のスーパーで適当な惣菜を買う。一人分の食事。母は何を用意しても食べてくれる様子がないので、私だけが飯を食う。母は姿こそは見せないものの徘徊する物音で大体どこにいるか判断できるので、食事を用意しては音の近くに置いておくという事をこれまで何度も繰り返したが、一度も母の分の食事が減っている事はなかった。やはり魂だけになってしまった母はものを食わないのだろうか。それとも私の知らないところで何か食べているのだろうか。屋根裏のねずみなんかを食べていたらどうしよう。腹を壊すのではないか、いやでもしかし、母にはもう壊す腹もないのだ。
 ひとりきりで飲む味噌汁は、塩辛い。

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