蒼とバラ【ショートショート】
「ねえ、秘密の話なんだけど。」
彼女の声がする。一瞬何処にいるのかと錯覚したが、確かにそこにいる。
「ん?突然どした?」
彼女を見ると、窓際で小さく切り取られた空を見上げていた。じっと見つめた先の空は狭い。今日は快晴。雲一つない秋の空だ。
「空が蒼い理由が知りたくて仕方なかった時があったの。」
何を言っているんだと思った。彼女はそんなことくらい知っているはずなのに。今時小学生でも知っていることだ。彼女がそんな思考に至るのは、酷く感傷的に揺れ動く心を自分で制御できない時だと。そしてそれはとても温かく満たされた状態で、いつかの不安にばかり向いている時だと想像はつく。
――――ああ、今日は・・・。
彼の日、天気は快晴で、最高気温は28℃、最低気温は18℃。
「今もずっと、それが知りたくて居る。」
こちらを振り返って微笑んだ彼女の瞳は、心を捕らえて離さないほど深かった。
「そう思うなら、きっとそれが真実だ、君にとっての。理由なんてなくてもいいと思わない?」
彼女の視線はまた狭い空にうつろう。
「迷ってる。そこに飛んでいるアゲハチョウに訊くべきか、あっちに飛んでいるオオルリに訊くべきか。」
「オオルリ?こんなところに珍しいな。渡る頃か、もう。」
「・・・遠い、遠い。」
彼女は良く言う。蝶が見つけられるものは近い、鳥も見つけられないものは手も届かない、と。きっと、南への渡りがせまるそのオオルリはきっと彼女にとっては遠く、こたえなど、理由など、もたらすことなどきっとない。だがすぐそこにヒラヒラと花から花へ飛ぶアゲハチョウは、彼女にとってはあまりにも儚く映るのだ、きっと。掌からこぼれて行くように失われていく。そんなこたえなど、理由など。
遠くも、近くも、結局。
どちらにしても、蒼い理由はわからない。彼女は知っているのだろう。
「ねえ、このバラは何色で、その理由はなに?」
有りもしないバラがあたかもあるように、問うてみる。
「真紅。理由は・・・多分、バラがそう応えたからよ。」
一呼吸おいて呟いた彼女は、一瞬とても哀しそうな瞳をした。深く深く、果てしなく深く、沈んでいきそうな。
―――空が応えてくれなくて、それが不安なんだ。そう察した。
蝶も鳥ももたらすことができない「蒼」の真実。彼女の真実が彼女の求める理由にならないのだと悟る。
あらゆる制限の中で、彼女は守られ、失ってきた。
不安なのはきっと、全て。今とても満たされているのに、一刻、滝のようにその温かさは落ちて行く。自分の心に底が見えず、いくら温かさを感じても感じても、ふと涙が落ちること。滝のような涙が流れ落ちて行くこと。守られながら失っていくこと。
―――数年後。同日。
蒼い蒼い空の応えがないことが、彼女の不安を煽る。ふと満たされたような幸せも、あっという間に涙と化すのだから。その最後の一滴が流れ落ちた時。
気が付いた。
彼女の全ての涙が心を深い蒼に染めていることに。
ここだった、彼女が求めた蒼の真実は。
そういうことか、そうだったのか。
やっとわかった、
彼女が求めたのは。
彼女はもういない。どこにもいない。
失って守られたもの全てで、彼女は彼方へ飛んで行ったのだろう。
そして今、大地に根を張るように生きている自分がここに居る。
はっ、として振り返ったそこには花瓶にバラが一輪だけ差してあった。
Twitterで見かける診断メーカー。書く小説の始まりと終わりを指定する診断。以下の診断を元に書いたお話です。
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