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落とし物

蝉の声で目覚めた。
今日も青空が綺麗だ。

俺は少し前からこの公園で、寝泊まりしている。
遊具が2つしか無いこの公園は小さいが、大きい木が数本有り、木陰が涼しい。
大きい公園や地下通路は仲間が多いが、夏は暑いし、臭くて堪らない為、避難して来た。
まぁ、俺自身も臭いが…。

大抵の子供や親子は、俺に気付くと公園を出る。
もしくは、俺から離れた入口側の遊具で少し遊び、すぐに公園を出る。
俺は嫌われ者の浮浪者だ。

…ウトウトしていたが、話し声で目覚めた。
入口に2人のガキがいる。

兄弟だろうか。
大きいガキが奥にいる俺に気付き、小さいガキの手を引き、入口側の遊具で遊び始めた。

「これ、つまんないなー。僕、あれで遊びたい!」
「駄目だよ。浮浪者がいるから…。これで遊ぼう。」
大きいガキが声を潜めて言うが、丸聞こえだ。

「嫌だ!あれで遊びたい!」
「駄目だって!言う事を聞けよ!」
「嫌だーーー!あれで遊ぶーーーーー!」
「もう、勝手にしろ!お母さんに言いつけるからな!」

大きいガキがいなくなり、小さいガキは俺の近くの遊具で遊び始めた。
チッ、ガチャガチャうるせーな。

グーーーーー!
腹が鳴ってしまった!

とんでもなく大きい音だったから、ガキにも聞こえたのだろう。
俺を見ている。
見るな!
クソガキ!

「ユウター!帰って来なさーい!」
女の声が聞こえた。
ガキの兄貴も一緒だから、母親だろう。

「はーい!」
兄貴の言う事は聞かないが、母親には弱いのだろうか。
ガキは素直に遊具から降りようとしている。

ボトッ!
俺の目の前に何かが落ちた。
菓子だ。
ガキはそのまま走って行った。

…このまま置いておいても腐るだけだしな。
俺はガキが落とした飴玉を口に入れた。
甘いな、旨いな。
包み紙はゴミ箱に捨てた。

次の日も、あのガキが来た。
今日は1人だ。
すぐに俺の近くの遊具で遊び始めた。
コイツ、この遊具が気に入ったのか?
俺が臭くないのか?

少し経ち、
「ユウター!帰って来なさーい!」
ガキの母親の声が聞こえた。

「はーい!」
ガキが素直に返事をする。

ボトッ!
また、俺の目の前に何かが落ちた。
菓子だ。
ガキはそのまま走って行った。
全くおっちょこちょいなガキだな。

…このまま置いておいても溶けるだけだしな。
俺はガキが落とした小さいチョコレートを食った。
甘いな、旨いな。
包み紙はゴミ箱に捨てた。

3日連続で、あのガキが来た。
また、俺に近い遊具で遊びやがる。
睨みつけてやったが、俺に怖気づく様子など、微塵も無い。
このガキ、なかなか度胸が有るな。

少し経ち、
「ユウター!帰って来なさーい!」
ガキの母親の声が聞こえた。

「はーい!」
これで静かに眠れる。

ボト!ボト!ボト!ボト!ボトッ!
遊具と俺の間に何かが沢山落ちた。
菓子の様に見える。
ガキはそのまま走って行った。

これは流石にマズイだろう。
「おい!坊主!」
声をかけようとしたが、ガキの母親と兄貴が見ている。
俺は寝た振りをした。

ガキ達がいなくなったのを見計らい、俺は遊具から少し離れた木陰に、菓子を纏めて置いた。
こんなに沢山の菓子、誰がが踏むかもしれないからな…。
まぁ、この公園に来るのはあのガキ位だけれど。
明日、アイツが来たら、あそこに置いてあると伝えよう。

しかし、次の日、あのガキは来なかった。
その次の日も、その次の次の日も、5日経っても来なかった。
夏休みに親戚の家へ遊びに来ていただけのガキだったんだろうか…。

どうするんだよ、この菓子。
…食うか。

まずはラムネを食った。
甘いな、旨いな。

少し溶けてベタベタになった飴玉を口に入れた。
甘いな、旨いな。

…あのガキ。
俺に食わせる為に、わざと菓子を落としたのか。
もうここには来ない事が決まっていたから、最後に沢山の菓子を落としたのか。

…ハハッ。
ハハハハッ。
あんなガキに同情されて、俺も落ちぶれたもんだな。

俺はその菓子を全部食い、いつの間にか眠っていたらしい。
夢を見た。

「信之さーん、お三時ですよー。」
羊羹、団子、饅頭。
お袋が笑った顔。

公園の紙芝居、水飴、ラムネ。
兄貴と姉貴の手の温もり。

幸せだった頃の優しい記憶。

親父と兄貴は戦死し、お袋と姉貴は空襲で死んだ。
家は焼けた。
俺は独りで、必死になって生きた。
結果的にこんな風になっちまったが。

戦争が無ければ、俺は違う人生を歩んでいたんだろうか。
あのガキ位の年の孫がいたのかな…。

全く、お節介で優しいガキじゃねぇか、あの野郎!

子供の遊び場を、奪っちゃいけねぇな。
仲間の元へ戻るか。

俺は公園を後にした。


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