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第22橋 蓬莱橋(静岡県) |吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


大井川の急流をのんびり渡る
世界一長い木造橋

 橋の上から富士山が見えそうだなぁと期待しながら訪れたら、本当に見えた。それも、期待以上にくっきりと。富士山が見える橋——さすがは静岡とでもいうべきか。

 「蓬莱橋」と書いて「ほうらいばし」と読む。大井川に架けられた木造の橋で、明治12年に建造されたというから、この連載で紹介してきた橋の中でも比較的歴史がある橋といえるだろう。

 静岡には車で行くことも多いが、今回は新幹線で向かった。のぞみ号だと通り過ぎてしまうので、ひかり号の新幹線に乗って静岡駅で降りた。静岡駅からは在来線に乗り換えて、到着したのが蓬莱橋の最寄となる島田駅だった。

 駅から橋までは片道約1.5キロと少し距離がある。当初は歩いて行くつもりだったが、駅前に観光客向けのレンタサイクルを見つけたので自転車に変更した。1日500円。レンタカーを借りるほどではないが、歩くと遠いケースでは自転車があると大変ありがたい。

レンタサイクルで到着。自転車旅との相性が良い橋かも
レンタサイクルで到着。自転車旅との相性が良い橋かも


 幸い、道は平らで走りやすかった。借りたママチャリをきこきこ漕いでいく。いかにも地方都市らしいローカルなショッピングモールの横を通り過ぎると、土手に行き当たった。土手の向こうは大井川である。

 大井川の川幅はかなり広い。はるか遠くの対岸まで、一本の長い橋が真っ直ぐ続いている。お目当ての蓬莱橋の第一印象は、「長い橋だなぁ」というものだった。

どこまでも真っ直ぐ続く長い橋。色違いの修復箇所も味があっていい
どこまでも真っ直ぐ続く長い橋。色違いの修復箇所も味があっていい
どこまでも真っ直ぐ続く長い橋。色違いの修復箇所も味があっていい


 蓬莱橋の長さは、897.4メートル。「木造歩道橋として世界一の長さ」として、ギネスに認定されているという。本当に真っ直ぐで、ずっと先までぐーんと伸びるように続いている。あまりに長すぎて、橋というより道のようにも見える。

 橋の袂に小さな建物があって、そこで料金を支払う。歩行者は100円。渡るのが有料の賃取橋は、いまとなっては稀少だ。

 さっそく橋へと歩を進めると、欄干が低くて膝ぐらいまでしかない。視界を遮られないお陰で、開放的な気分になれる。

 これは「古い木造の橋あるある」だが、ところどころ補修されていて新しい板の部分だけ色が違って目立っている。とはいえ、橋板は綺麗に並べられていて、変に凹凸もなく歩きやすい。自転車でも走行できそうなほどスムーズな路面状態である。

 実際、自転車で橋を渡っている人も見かけたが、みんな降りて手で押して進んでいた。風が強すぎるからだろう。先へ進むうちにどんどん風が強くなってきた。陸地に近いあたりはそうでもなかったが、川の真上あたりはかなりの強風で、吹き飛ばされて川へドボンしそうで怖いほどだ。

 橋の上から川を見下ろすと、流れが思いのほか速くて腰が引けた。さすがは一級河川の大井川だ。国内屈指の大河であることを、子どもの頃に社会科の授業で習ったのを思い出す。

川の流れは速い。強風に体がよろめいた
川の流れは速い。強風に体がよろめいた


 蓬莱橋の由来をひもとくと、牧之原の茶畑の歴史に辿り着く。静岡といえば、お茶である。明治初期の頃、将軍家の元幕臣たちが大井川右岸地域でお茶の栽培を始めた。彼らは、対岸の島田宿まで買い出しに行っていたが、当時は小舟で渡るしかなかった。

 激しい流れの大河を小舟で渡るのには危険が伴ったという。そのことは、現地で実際に川の流れを目の当たりにして大いに腑に落ちるものがある。そこで、川を渡るために架けられたのがこの蓬莱橋というわけだ。

 びゅうびゅう吹き付ける風にへこたれず、対岸まで渡りきった。対岸には料金所はない。逆から来た人は、渡り終わったところでお金を払ってね、と注意書きがあった。なんというか、ゆるくていいのだ。

対岸からの風景。自転車の人たちは、この後すぐに降りて押していた
対岸からの風景。自転車の人たちは、この後すぐに降りて押していた


 対岸には休憩するような場所もないので、そのまますぐに踵を返した。同じ橋でも行きと帰りで景色が違って見えるのがいい。橋の幅は2.4メートル。すれ違う人たちに気兼ねしないで済む程度の幅はあるから、のんびり写真を撮りたい者としては助かる。

 訪れたのは、まだ冬景色の2月下旬だった。青く澄み切った空の下に、日本一の頂が見える。静岡といえば、富士山である。富士山が綺麗に見えるだけでもう高得点をあげたくなるのだった。

長いだけでなく、富士山が見えることもこの橋のアピールポイント
長いだけでなく、富士山が見えることもこの橋のアピールポイント


 橋の見学を終えた足で、そのまま自転車で向かったのがとあるレストランだった。静岡といえばさらにもうひとつ。食いしん坊としては、静岡旅行の最大のお目当てといっても過言ではない。

 それは「さわやか」という、炭焼きの「げんこつハンバーグ」で知られるレストランだ。静岡県内を中心にチェーン展開しており、ここ島田にも支店がある。

 そのあまりの人気ぶりがSNSでしばしば話題になるから、行ったことはなくても、名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれない。予約不可のため、来店して「番号券」を発券する必要があるのだが、行列は覚悟しなければならない。以前に静岡駅近くの店で食べたときは4時間待ちだった。

 幸い、島田のさわやかは、静岡市内の店ほどは混雑していなかった。開店直後だったせいもあるのかもしれない。40分待ち。それを短いと感じてしまうのは、感覚が麻痺しているのだろうか。

 味はもちろんのこと、接客レベルの高さもまたこの店の人気の秘密だ。とにかく気が利くし、サービスが良い。例えば、ジュースなどは「カンパイドリンク」という名称で、店員さんが一緒にカンパイしてくれる。気恥ずかしさはあるものの、一人旅だと意外とうれしかったりする。

 世界一の木造橋を無事渡り終えたことを祝して、さわやかな気持ちで店員さんとカンパイしたのだった。

これを食べたくて静岡旅行することまである
これを食べたくて静岡旅行するまである








吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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