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第10橋 通潤橋 後編(熊本県)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


放水は思っていた以上の迫力
160年前に造られたかんがい施設のレジェンド

 熊本に行ったら、まず食べたいものは何か。そう聞かれて自分が思い浮かべるのは、あか牛である。阿蘇の豊かな自然の中で放牧され、育った上質な和牛。ちなみに、「あかぎゅう」ではなく「あかうし」と読む。

 朝の便で東京を出発し、空港からレンタカーで阿蘇方面へ向かった。そうして、復興のシンボル的存在の三つの橋を見学したところまでを前編で綴った。その続きとなるわけだが、時刻は午前11時すぎ。ちょっと早めのお昼ご飯といった時間帯だ。

 せっかく阿蘇まで来たのだから、少々奮発してあか牛を食べようと、南阿蘇の名店へナビを設定しようとして——アレっとなった。その日はあいにく、店休日だという。項垂れるが、きちんと下調べをしてこなかった自分が悪い。

 仕方ないので、次に食べたいものを、ということで思いついたのがラーメンだった。熊本といえば、やはりラーメンである!  そう力強く自分に言い聞かせ、あか牛が食べられない悔しさを紛らわせる。

 それにしても、この橋旅連載では、やたらとラーメンばかり食べている気がするなぁ。地域を問わず、素敵な橋があるところにはラーメンあり、などというのは乱暴か。まあ、男の一人旅だと、なんだかんだでラーメンを選んでしまうよね。

熊本ラーメンは東京でもたまに食べるが、本場で味わうと美味しさは何割も増しに。


 お馴染みのクリーミーな熊本ラーメンで満たされたところで、いよいよ今回の旅の最大のお目当てである通潤橋へ出発——と思ったが、その前にもう一箇所立ち寄りたい場所があった。白川水源である。

 南阿蘇には、カルデラの湧水が出るスポットがいくつもあって、白川水源はそのうちのひとつ。熊本市内の中心を流れる白川の源でもある。

 要するに、綺麗な水が見られる名所というわけだ。環境省の名水百選にも選ばれているというが、実際にこの目にしたら、それも納得の美しさだった。小さな池に、濁りのない透き通った水がたたえられている。底がハッキリ見えるほどで、周囲を囲む樹木の緑色の空間も相まって、絶景度を増している。

 水が綺麗なところは、だいたいいいところである。それは、これまで旅してきた中で得た結論の一つなのだが、この地もまた例に漏れず、という感想だ。

白川水源は名水スポットらしく、水を汲んで持ち帰ることができる。
そのためのペットボトルも売られていた。


 さて、色々と寄り道もしたが、今度こそ目的地へ。通潤橋である。

 ずいぶんとゆっくりしているなぁと思われるかもしれないが、実は理由がある。放水時間に合わせて、訪れることにしていたからだ。

 通潤橋は、石造りのアーチ式水路橋である。四方を河川に囲まれた白糸台地に農業用水を送るために建設されたもので、橋の真ん中から勢いよく放水される様が人気を集めている。この放水こそが、ほかの橋にはない、通潤橋の最大の見どころなのだ。

 というより、行くのならば、放水に合わせて訪れるのがほぼ必須と言っていいだろう。放水時間は、毎日13時から15分間。そのタイミングを目がけて訪れるよう、計画してみたというわけだ。

 などと偉そうに書いておきながら、実は到着がギリギリになってしまった。道中での時間配分を甘く見ていたというか、寄り道しすぎたのかもしれない。

 車を停めたのが12時55分。駐車場からは橋が見えるほど近く、歩いて1〜2分の距離なのだが、その前にまず観覧証を購入しなければならない。橋の最寄駐車場は道の駅になっていて、そこの物産館で観覧を申し込む方式だ。町外から来た人は大人500円。

 いちおう人数制限もしているそうで、混雑時には販売休止になることもあると書かれていたが、この日は幸い空いていて、すぐに観覧証をゲットできた。それを手にし、早足で橋へ歩を進めた。

橋は「道の駅 通潤橋」に隣接している。車を停めやすいし、休憩もできて便利。


 橋のすぐ目の前に到着したときには13時を少し過ぎていたが、まだ放水は始まっていなかった。川岸に広めのスペースがあって、大勢の見物客で賑わっている。時間通りには始まらない、らしい。映画館に着くのが少し遅れてしまい、焦って席についたらまだ本編が始まっていなかったときのような気分になる。

 それから5分ぐらい待機しただろうか。頭上にそびえ立つ橋桁の、ちょうど中間地点にある穴から、水しぶきが上がった。そうして、橋の下を流れる川目がけて、滝のように水がドドドーッと流れていく。少しずつ蛇口を捻るのではなく、いきなり全開。

石造りの歴史ある橋から水が噴き出した瞬間、歓声が上がった。


 想像していたのとちょっと違った。いい意味で、だ。正直、こんなに豪快だとは思っていなかったのだ。圧倒された。ド迫力と、ドを付けてもいいぐらい。

 なぜ放水を行うのかというと、通水管の中にたまった土砂やゴミを排出するためだ。「土砂吐き」というらしい。そう聞くと、確かに勢いよく放水したほうが綺麗になりそうな気がする。

橋の真下まで近づくと、かなりの迫力だ。水しぶきがかかりそうなほど。


 通潤橋を渡る水は、「通潤用水」と呼ばれる。北東に流れる笹原川から取水した水は、円形分水や5箇所の水路トンネルなどを経て橋を渡り、棚田を潤す。用水路の総延長は、本線と支線を合わせて40キロ以上にも及ぶ。

 通潤橋が完成したのは1855年。約160年前に作られ、いまもなお現役で活用されている貴重なインフラは、2014年に「世界かんがい施設遺産」にも登録された。

 放水は15分間と聞いていたが、時間をすぎても水が止まる気配がしない。ただ、開始当初と比べると水流の勢いはだいぶ落ち着いてきていた。頃合いを見計らって、橋の上へと移動することにした。

 橋の上は平らで、反対側まで歩いて渡ることもできる。水が出ているところを間近で観察できるが、縁に近づきすぎるとそのまま下に落ちてしまいそうでなかなかスリリングだ。

 観覧証と一緒にもらった用紙に、「橋上の観覧の“注意事項”」が書かれていた。その内容はかなり細かい。走る、ふざける、暴れるなどの行為、飲酒、疾病、疲労などの状態での観覧の禁止。さらには、歩きながらの携帯電話やカメラの使用、ヘッドホンの着用までNG行為となっている。

 いささか過剰にも感じるが、あえてここまで細かく注意事項を挙げる気持ちも理解はできる。率直に言って、危ないのだ。橋の上には柵のようなものは一切ない。不注意は大敵で、歩きスマホなんてもってのほかだ。

 ある意味、アグレッシブな観光地ともいえるだろう。日本国内では結構珍しいと思う。誰も責任を取りたくないから、柵を作ったり、橋の上を歩行禁止にしたりするほうが多数派だ。安全は確保される一方で、美しい景観が失われていく。そんな観光地をたくさん目にしてきたから、通潤橋の潔さに密かに好印象を持った。

橋の上を歩いて、水の噴き出し口を見学。危ないので白線が引かれている。


 ドドドーッと力強く流れ始めた水が、ド—ッぐらいに勢いを弱め、終いにはチョロチョロに変わった。やがて完全に放水が止まったのを確認して、橋を降りた。

 最後に補足しておくと、放水は通年で行われるわけではないので要注意だ。5月中旬〜7月下旬は農地灌漑のため、12〜3月は凍結防止のため休止となる。橋自体は別にいつでも見られるものの、やはり訪れるなら絶対に放水を観に行くべきだろうと、強くオススメしておきたい。

元々この地には岩尾城があった。二の丸跡に上れば、通潤橋を眼下にできる。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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