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第4橋 南の島の不思議な橋 シールガチ橋 後編 (沖縄県島尻郡久米島町)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。
渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。
「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。
——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


第4橋 南の島の不思議な橋 シールガチ橋 前編はこちらから


大きくなったなぁ……
感慨に浸っている場合ではなかった


 ようやく、それっぽいスペースを見つけて車を停めた。海の沖合い結構遠く彼方に不思議な構造物が望めた。おー、きっとあれだ。でも、知らないと、あれが橋であるなんて想像もできないだろう。台形のようなかたちをしている。両端が階段になっているのだ。

岩場の先に、お目当ての台形構造物が見えてくる。まるで海の中の遺跡のようだ。


「着きましたよ、橋」と、まるで添乗員を装うかのごとく敬語でおどけながら伝えると、子どもたちは目をパチクリさせた。
「ええ〜どれ? 橋なんてないじゃん」
「あれだよ、あの、遠くに見えるでしょう」
 添乗員……もとい、パパが指をさすと、隣で妻が怪訝な表情を浮かべた。「あれかー、子どもたちにはちょっと厳しいかも?」
 車を停めた場所からは、堤防を越えるとすぐ先が海になっている。干潮のいまは、たしかに橋へと陸地が続いているが、完全に岩場だ。しかも、ところどころ水たまり(というより、潮だまり)になっているから、歩ける場所をジグザグに進んで行くような形になる。
 ちなみにグーグルマップのクチコミには、結構シビアなアドバイスが書かれていた。
「行くならまず足元を固めましょう。ビーサンでは無理です。できれば軍手も。足元がよく滑るので、うっかり手をついたときに大怪我します」
「足元はデコボコで、藻のあるところは滑りやすく、途中、来るんじゃなかったと思いました。濡れても滑りにくい履物をおすすめします」
 感じ方には個人差があるから、大げさという人もいるかもしれない。でも、フラッと思いつきで行くには、いささかハードルの高い橋であることは間違いなさそうだ。

「そうだねぇ。そしたらパパだけで行ってくるから、ここで待ってて」
 と、家族を残して出発することにしたのだが、ここで、ブーブー文句を言い始めた者がいた。6歳の長女だ。せっかく来たのだから、自分も行くのだと言って聞かない。
「そしたら二人で行ってくれば」
 と、妻も促した。何事も経験だし、まあいいか。まだ4歳の次女は流石に怖いのか、ママと一緒に留守番するという。
「じゃあ、行けるところまで行ってみようか。手をしっかり握ってて」
 父と娘によるプチ冒険の始まりだ。自分から行きたいと志願したものの、長女は基本的には慎重派だ。普段から無茶なことはあまりしない。握る手に力が入っているのがわかる。恐る恐る歩を進めているのが伝わってくる。
 とはいえ、最初のうちは写真を撮るぐらいの余裕はあった。遠くに見える橋をバックに、岩場の上でピースサインを決める長女を見て、大きくなったなぁとパパは内心密かに感慨に浸った。
 この子がまだ生まれて間もない頃に、沖縄に短期移住をしていたのだ。本島と宮古島である。さらには別に旅行で西表島まで足を延ばしたりもした。南国の青い海を背景に撮った彼女の写真は、いまも我が家に飾られている。
 ——あれからもう6年か。月日が経つのは早いのだ。
 ところが、そんなこんなで思い出に浸っていられたのも最初だけだった。橋が近づくにつれ、すなわち沖へ行くにつれ、歩行の難易度が上がっていった。クチコミにもあった通りで、足下の岩場がとにかく歩きにくいし、濡れていてツルッと滑りそうだ。

橋まであと少しというところで最後の難所が。波にさらわれないよう要注意。


「…………」
 最初はウキウキだった長女も、すっかり押し黙ってしまった。
「どうする? 怖いなら引き返そうか?」 
 ところが、そう聞くと彼女は首を振った。勇気を振り絞って前へ進もうとする。
 いよいよ、橋がすぐ目の前まで迫ってきたところで、最後の難関が待っていた。足場の大半が水没しており、左右1〜2メートルぐらいしかない幅の岩をつたって進まなければならない。しかも、岩の表面が出ているところにも一部波がかかっている。ウッカリ流されたら洒落にならない。
 さて、どうしたものか。せっかくここまで来たのだから、橋まで辿り着きたい。しかし、小さな子どもを連れて行くのは正直無謀に思えたのも正直なところだ。
 あまり考えている時間はなかった。そうこうするうちに、どんどん潮が満ちてきているのか、波がかかる場所が増えていく。
「ちょっとだけ、ここで待っていられる? パパ向こうの橋まで行って、すぐに戻ってくるから」
 娘は、コクリと頷いた。わずかな時間、ここにいる限りは危険はないだろう、という判断だ。

 ササッと行って、パパッと写真だけ撮って帰ってくるつもりだった。橋の袂に辿り着き、駆け足で階段を上った。橋の上まで来ると、眼下に沖縄の海が広がった。最高にいい眺めなのだが——残してきた長女が気になってそれどころではない。

段を駆け上がり、橋の上へ。もちろん、誰もいない


 見ると、こちらに向かって彼女が何かを訴えかけている。というより、ほとんど叫ぶようにして何かを言っていた。表情はゆがんでいる。泣いている? 遠目にも半べそなのが分かった瞬間、踵を返した。

橋の上から見下ろす。真ん中あたりに小さく見えるのが長女だ。


 橋の上から彼女のところまでタタタッと戻るのにたぶん10秒ぐらい。そんなわずかな時間が長く感じられた。無事に戻ってきたパパに対して、長女はカンカンに怒っていた。両目に涙を浮かべながら。
「ごめん」
 平謝りに謝った。置いていかれたと思ったというか、普通にやっぱり怖くなったというか。そりゃまあ、怒るよね。逆の立場なら自分も怒るかも。
 再び手を取り合いながら帰路についた。陸地が近づくと、妻と次女が手を振って出迎えてくれた。
「見てたよー、よくあんなところまで行けたねえ、すごかったよ」
 と、妻が長女を褒め称えた。次女も尊敬の眼差しを送っている。
 そんな歓待ぶりが満更でもないようで、長女は先ほどまでの泣き顔とはうって変わってどこか得意顔だ。でも、お陰で自信がついたのならそれで良かった。パパに対する不信感も芽生えてしまったかもしれないが……(汗)。

 肝心の橋に関する記述が少なくなってしまったので少し補足しておくと、シールガチ橋はそもそもは漁師さんのために作られたものなのだという。沖縄の離島ではお馴染みの、石網で魚をとる伝統漁法がここ久米島でも行われていて、橋はそのときに使われていたものらしい。

翌日、はての浜ツアーに行く途中に見えた橋は完全に水没していた。


 じっくりと魚を探すような余裕はなかったけれど、たしかにあれだけ広い浅瀬が続くのなら、釣りをするには良さそうだ。
 久米島にはほかに「熱帯魚の家」と呼ばれる岩礁地帯があって、そちらは観光客向けの割とメジャーな名所となっている。同じように潮だまりができていて、その中では熱帯の魚たちが泳ぐ様が見られる。天然の水族館である。
 実際に行ってみたが、黄色や青など、色鮮やかな魚たちが肉眼で見えるほどたくさん泳いでいて、子どもたちも大喜びだった。こちらは足場が安定していて歩きやすいし、波に流されそうになる心配もいらない。子連れ旅で行くのなら、こちらのほうが断然オススメかも、と最後に書いておく。

久米島でいちばん人気のスポットといえば「はての浜」。橋を優先したので、こちらは後回しに。
せっかくなので久米島情報を少し紹介すると、乗馬体験はとくにおすすめ。
沖縄そばも久米島では味噌味がポピュラー。味噌好きなのでこれは嬉しかった。
久米島といえば久米仙、ということで当然のように工場にも立ち寄り。
ここもある意味、聖地だよね。
本島もいいけど、のんびりしたいなら沖縄は離島まで足を延ばすと満足度がより高くなる。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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