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第4橋 南の島の不思議な橋 シールガチ橋 前編 (沖縄県島尻郡久米島町)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


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海の中?に架けられている橋


 本連載もこれでもう4橋目になるわけだが、前回までは割とメジャーな橋ばかりだった気がしている。いや、気がする、だけではなく事実そうだろう。鶴の舞橋、祖谷のかずら橋、錦帯橋……いずれも橋そのものが観光地化しているようなところである。ひょっとしたら、濃い橋旅ファンからすればいささか物足りなさがあったのではないか、などと密かに反省もしていたのだ。

 そんなわけで、今回はググッと一気にマイナー路線に舵を切ることにした。有名か無名かなんてあまり意味はないと思う一方で、誰もが知っているような橋ばかり紹介するのもなんだか気が引ける。そこで、ここいらでひとつ、とっておきの隠し球を投入してみようかなと、思い立った次第なのだ。
 橋の名前は——シールガチ橋。ご存じだろうか? 名前を聞いただけでピンと来た人は生粋の橋マニアと言っていいだろう。
 あるいは、この橋は知らなかったとしても、名前からその所在地は想像できるよ、という人はいるかもしれない。カタカナの地名は珍しいし、言い回しも独特だ。「沖縄?」と思った人、そう、ご名答である。
 では、沖縄のどこなのか。ちなみに、本島ではない。流石にこれは知らないと答えられないか。正解は——久米島である。

 これまで沖縄にはおそらく20〜30回ぐらいは訪れている。「プチ移住」と称して3ヶ月ぐらい住んでみたこともあった。しかし、久米島へは行ったことがなかった。今回が初訪問ということで、自分にしては珍しく事前に少し下調べをしたのだ。果たして、どんな見どころがあるのか。一通りチェックしてみて、最も気になったのがシールガチ橋だった。
 久米島は沖縄本島から西へ約100キロのところに位置する。那覇で飛行機を乗り継いだら、久米島までは小型のプロペラ機だった。搭乗橋ではなく、タラップを歩いて上って搭乗すると、「ああ、離島へ行くんだなぁ」という実感が湧いてくる。

プロペラ機で島に着陸! 周りが美しい海という絶景の滑走路。


「この飛行機、テレビがないよ」と、娘が文句を言った。羽田から那覇まで乗ってきた大きな飛行機では、座席にシートモニタが備え付けられていて、娘はそれで好きなアニメをたっぷり堪能していたのだ。「でも、近いから、すぐに着くから」と答えながら、シートベルトを装着してあげる。久米島まではわずかに40分。本当に近いのだ。
 今回は家族旅行である。この連載は前回まではすべて一人旅だったので、いつもとは少し違った様相の旅になるかもしれない。

 久米島に着いたらすでに日は暮れていた。都内の家を出たのは午前中だった。国内とはいえ、離島になると大移動だ。この日は大人しくホテルで眠りにつき、翌朝から島内を見て回ることになった。

オフシーズンのためプールでは泳げなかったが、夕陽がきれいだったからよしとする。


 身軽な一人旅とは違って、子連れ旅だと行動が制限される。どこに行くか選ぶときも、普段なら「子どもも楽しめそうなところ」が最優先——なのだが、今回はパパのワガママを聞いてもらうことにしたのだ。
「行きたい橋があるんだ」と、切り出した。
 ええ〜、橋ぃ……と不満の声が出るかとも思ったが、意外と反応は薄い。娘たちは物珍しい島の風景に気を取られているようで、それどころではないようだ。
 ならば、いまのうちに素早く己の目的を果たしてしまおうと、橋目がけて車を走らせた。すまんみんな、パパはどうしても行きたいのだ。
 ちなみに車は空港でレンタカーを借りた。離島の旅は車は必須だ。

サトウキビ畑の中を走る島ドライブが最高すぎるのだ。


 家族旅行で島を訪れて、最初に向かったのが橋というのもなんだか滑稽だなぁ。しかも、橋といっても普通の橋ではない。そう、今回の目的地シールガチ橋は、一味違う橋なのだ。いや、その風変わりぶりは、一味どころではない。
 そもそも、橋とは何か? と問われれば、海だったり、川だったりを渡って向こう岸に行くためのもの、と答えるのが普通だろう。ところが、シールガチ橋には、その説明は当てはまらない。「渡るため」の橋ではないからだ。
 シールガチ橋は、海の中に架けられている。海の「上」ではなく、あえて「中」と書いた。なぜかというと、橋の一部が完全に水没しているのだ。
 ところが、普段は海中に沈んでいるその橋に、干潮のわずかな時間にだけ歩いて上れるのだという。いわば、「幻の橋」である。

 実は昨晩到着した際に、空港内の観光案内所でそれとなく聞き込みは済ませていた。
「シールガチ橋に行ってみたいのですが……」
 と聞くと、橋に上るなら干潮の前後2時間ぐらいに行くようにとのこと。その日の干潮時間を知りたいなら、潮位が調べられるサイトで検索すればいい。
 案内所の人は親切に教えてくれたが、珍しい質問だったようで少し戸惑った様子だったのが印象的だ。
 久米島の中でも、マイナースポットと言っていいだろう。少なくとも、誰もが行くような定番観光地ではない。
 その証拠に、近くに駐車場はなかった。というより、案内板のようなものも一切出ていないから、意識して探さないと見つからない。スマホの地図アプリをカーナビ代わりにして目指したが、見事に迷ってしまった。

(後編へ続く)


第4橋 南の島の不思議な橋 シールガチ橋 後編2022年4月25日(月)公開予定!


吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。


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