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ダルバート【3】 ダルバートの未来

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


インドのシリコンバレーといわれて久しいIT都市バンガロール。市内中心部には国内外の大企業が事務所を構える高層ビルが軒を連ね、高架鉄道とハイウエイが縦横無尽に交差する様はさながら近未来都市の様相を呈する。そんなバンガロール随一のオシャレスポットであるコラマンガラにBamey'sという一軒のネパール料理店がある。ダージリン出身のネパール系インド人オーナーが9年前に立ち上げた割と「ガチな」ネパール料理店である。現代的で無国籍なアートが雑多に飾られたエントランスには、ネパールをイメージさせるタルチョ(経文旗)や仏像といった美術品がさりげなく展示されて気分を盛り上げる。土曜の午後14時過ぎに入店すると、カップル、友人、ファミリーの如何を問わず全ての卓がインド人客で埋まる。その光景は私にとって衝撃だった。

バンガロールのネパール料理店Bamey's


それまで私がインドで出会ったネパール人は、食堂の厨房作業員や門番、道路工事人などほとんどがインド人から雇われた出稼ぎの肉体労働者だった。そこには大国インドと小国ネパールの力の差が歴然とあらわれていた。こうした格差をとりわけ強く感じさせるのが北インドで、彼らネパール人に対するある種の蔑視が今も北インド社会には存在する(ネパール人以外にもナガランドやマニプルといった北東諸州やビハール州出身者、またかつては南インド人に対しても存在した)。

昨今、国内外への観光旅行がブームのインドだが、最も手近な国外であるネパールを訪れる北インド人観光客は旅行ブームの前から多かった。ネパールを訪れる彼らの態度は尊大で、ネパールでもヒンディー語で通しインド料理を要求する。こうしたことから私は勝手にインド人を「ネパール食文化に興味のない人たち」だとイメージしていた。少なくとも昨今インドの都市部に氾濫する、ピザやバルガル(ハンバーガー)といった欧米式の食文化に対するのと同様の関心を、彼らがネパール料理に向けるとは思えなかった。

だからバンガロールのBamey'sで、身なりの良さそうなインド人客がネパール料理を美味しそうに食べている姿を見て驚いた。「あのインド人がダルバートを食べるのか!」と。ショックのあまり私は、隣の席で楽しそうに食事をしていた若い二人組のインド人男性客につい話しかけていた。

「あなたたちはインド人なのになぜネパール料理を食べるんですか? ヘルシーだから?(という答えを期待していた)」

IT系の仕事をしている、という彼らから返ってきた早口の英語の答えは意外なものだった。

「ハハハ、僕たちは決してヘルシー志向でネパール料理を食べに来ている訳ではありません。今までインド内外に仕事で赴任した時、ネパールを含むアジアン料理店で食べる機会がありましたが、料理として単純に美味しかった。それが一番の理由ですよ。昨日はタイ料理だったから今日はネパール料理かな、とかね。また大学の同窓や会社の同僚にもネパール系の人たちがいて、彼らを通じてネパール文化に興味を持ったというのもあります」

Bamey's で会った隣席の二人組


つまり彼らにとってネパール料理とは、日本料理やタイ料理などあまたある外食料理の選択肢のone of themという位置付けなのだ。店内のネパール(系インド)人の接客術はそつなく、この居心地のよさも彼らを惹きつける理由なのだろう。改めて店内を見回すと、インド人の家族連れや夫婦、カップルなど皆楽しげにネパール料理を食べつつ談笑している。

北インド人や、何より私自身なんかよりバンガロール在住のインド人の方がよほどニュートラルでバイアス無しに、クールにネパール料理を楽しんでいる点に新鮮な驚きを感じて半ば呆然としていると、すっかり注文したことを忘れていたダルバートが置かれた。調理の仕方はインド人用に多少はカスタマイズされてはいるものの、それはまぎれもない「タカリー・ダルバート」だった。

青銅の大皿にグンドゥルックなど品数の多いオカズ類、脚のついたカチョラ(小皿)にはカロダルと呼ばれるケツルアズキ豆の汁物が、ギウ(ギー)の香りを立たせている。ネパールでも日本でも、(ネパール人移民の多い)マレーシアやタイに行ってもほぼ同じ内容、同じ見た目である。商業的なインド料理発生の黎明期、コックの間ではナンやカレーといった料理こそがスタンダードだと認識されていた。それと同様の「ネパール料理のスタンダード化」が現在、全世界で同時進行しているかのようだ。

インド、デリーにあるネパール料理店


一方、ネパール系インド人の飲食店主の中には、生まれてから一度もタカリー族に会ったことのない人や、「タカリー・ダルバート」の意味を「ゴージャスなダルバート」であると誤解している人すらいる。しかしたとえそれがネパールのタカリー族が本来持つ調理法や盛り付け方から逸脱したものであっても、だからこそ逆に広く世界に浸透したことの証左でもある。日本の本来の寿司イメージから逸脱した”SUSHI”が世界中で見られるように、いつしか各国で独自進化したダルバートが食べられる日がくるのかもしれない。





小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

インド食器屋のインド料理旅」をまとめて読みたい方はこちら↓



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