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ショートショート『春恋』


桜舞う春のころ、
人は出会いと別れをくり返す。

人々が動き始めるこの季節、
凪(なぎさ)が勤める結婚相談所にも
出会いを求める人たちがやって来る。

「よろしくお願いします」

人生のパートナーを求めて 
この日、初めて相談所にやって来た20代男性。

彼の名は葉山 蓮(はやま れん)
蓮は、身長が高くて顔立ちも綺麗だ。
歩いているだけで声をかけられそうなくらい
モテそうな彼が、どうして結婚相談所に登録したのだろうか。

初めて蓮を見た凪は疑問に思った。
何か理由があるのだろうか。

「白石さんは、凄くおモテになるでしょう?
 出会いには困らなさそうですけど、
 どうしてここに登録されたんですか?」

凪は何気なく、その疑問を蓮に尋ねてみた。

「それをあなたが聞いちゃう?
 しかも、おモテになるって…日本語おかしいし。
 てか、そんなの偏見だよ、俺別にモテないし」

「すみません!失礼な事を聞いてしまって」

「別にいいですけど、それに…」
 
「それに…?」

「まあ、強いて言うなら、 
 俺にふさわしいパートナーを探すため。かな」

「えっ…」

凪は返事に困ってしまった。

凪はアドバイザーとしてこれまで
何組ものカップルを成婚に導いてきた。
いわばスペシャリストだ。
この相談所の顔といっても過言ではない。

そんな凪だが実は、生まれてこのかた二十数年、
誰ともおつき合いをしたことがない。

出会いがなかったわけではないけれど、
なぜか踏み入ることが出来なかった。

しかし、相談者にアドバイスする立場として
決してその事実を誰にも知られてはいけない。
そんな事実が知られてしまった日には
何を言っても説得力がなくなってしまうだろう。

凪は細心の注意を払った。

ただ唯一、大学からの友人で同じ相談所で働く
美由紀だけは、全てを知っている。

そんな凪にとってかかせないのは
恋愛バイブル的指南書だ。

この日も仕事終わりに
指南書をゲットするべく
本屋さんへと向かった。

会社の人や相談者と会わないように
いつも遠くの本屋へわざわざ足を運んでいる。

しかし、この日ついに恐れていたことが
現実となってしまった。

「仕事熱心なんですね」

聞き覚えのある声に振り返ると、
そこにはいたのは、相談者の葉山蓮だった。

「相談所の人って、そういう本で
 日々勉強してるんですね」

「えっと、あの…」

挙動不審な渚に蓮が続けた。

「えっもしかして、
 アドバイザーさん恋愛経験ないとか?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか!
 私にだって恋愛の一つや二つくらい
 経験ありますよ」

「へぇー」

とっさに強がったものの
核心をつかれてしまった凪の顔は
真っ赤になっていた。

「つき合ったことないでしょ?」

蓮は凪にしつこく聞いてきた。

「すみません、私急いでるので」

凪は、そう言い放ち
逃げるようにその場を後にした。

次の日、蓮は相談所へやって来ると
真っ先に凪のもとへ向かった。そして、

「俺と結婚を前提につき合ってください!」

唐突に、蓮は凪へ告白をした。

「ちょっと、急に何言ってるんですか⁉︎」

凪は周囲に聞かれてないか
すぐに周りを確認した。

「白石さん、どうかした?」

「いえ、何でもありません」

「葉山さん!こちらへどうぞ」

凪は平然を装いながら
蓮を相談席へと案内した。

「一体何を考えてるんですか?
 お客様と何かあったとなれば
 私は会社をクビになります!」

声を押し殺しながら話す凪。

「冗談なんかじゃありませんよ!
 俺は本気です」

一歩も引かない蓮に、凪は呆れてしまった。

「本当にいい加減にしてください!
 私、仕事中なので」

「白石さーん、ちょっといい?」

「あっはい、すぐ行きます!
 すみません、ちょっと失礼します」

「柳さん、白石さんの代わりに
 葉山さんの担当をお願い」

「えっ?あ、はい!」

凪は突然上司に呼ばれた。

「二人は親しい間柄なの?」

「二人というのは?」

「あなたと葉山さんを街で見かけた人がいてね、
 二人はそういう関係なのかって
 相談者さんから問い合わせがあったのよ」
 
「偶然お会いして挨拶しただけで
 決して親しい関係なんかじゃありません」

「そう、それならいいんだけど。
 葉山さんは人気もあるし
 勘違いされるような行動は慎んでね。
 会社としても困るから」

「はい。気をつけます」

「申し訳ないけど、白石さんには
 葉山さんの担当を外れてもらうわ」

自分には全く非が無いはずなのに
なぜこんな目に遭わなければいけないのだろう。凪はやるせない気持ちになった。

「凪ー、お昼行こう」

お昼休みはいつも
決まって美由紀とランチへ出かける。

「今日は何食べよっか?
 てか凪、何か顔色悪いよ」

「うーん…」

「葉山さんのこと?」

思わず黙ってしまった凪の様子に
美由紀は何かを察した。

「よし。それじゃあ、
 今日はとっておきの場所へ案内してあげる!」

美由紀は、見晴らしのいい丘に立つ
結婚式場へ凪を連れて行った。
平日は一般開放されていて、
外の景色を眺めながら
ランチを楽しむことが出来る場所だ。

「前にさ、私が元彼に振られたとき
 凪、ここに連れて来てくれたよね」

「そうそう、あの時は美由紀が人間やめちゃうん
 じゃないかってくらい落ち込んでてさー 
 私、ほんっとに心配したんだよ」

「はは、ごめんごめん。あの時は
 凪のおかげですっかり開き直れたよ。
 それで?本当に葉山さんとは何もないの?」

「何もないはずなんだけどね…」

凪は、街で偶然蓮に会ったことや
相談所で突然蓮に告白されたことを話した。

「そうだったんだ」

「からかわれてるとしか思えないし、
 何で私なんだろうって」

「何でって、そんなの簡単じゃん!
 好きなんだよ、凪のことが!」

「何で⁉︎」

「何でって…恋ってそういうもんじゃん?」

「恋?」

「そう、恋だよ!」

「そうかな…」

「そもそも葉山さんって人気があるから
 いろんな人とマッチングしてるんだけど、
 なぜか誰とも縁を結ぼうとしないんだよね。
 何で結婚相談所に登録したんだろうねー」

その日、凪は仕事終わりに
子供たちにテニスを教えている蓮を見かけた。

「あんな顔するんだ…」

いつもの自信に溢れた強気な印象とは違って
子供たちを見つめる蓮の眼差しは
とても優しいものだった。

「白石さん!」

レッスン中にも関わらず、
凪に気づいた蓮がこちらへ駆け寄ってきた。

「この前は、突然すみませんでした!」

「もういいので。その代わり
 もうこれ以上、私に関わらないでください」

「あっ、ちょっと待って!
 これだけは聞いてほしいんです。
 俺は本気で、あなたこそ俺のパートナーに
 ふさわしい人だと思っています!」

「だからやめてください!聞きたくない!」

凪は急にめまいがしてそのまま道端に
倒れ込んでしまった。

「白石さん!白石さん!」

救急車の中で必死に名前を呼ぶ蓮。
凪はもうろうとする意識の中で
自分の名前を呼ぶ蓮の声が
だんだん遠のいていくのを感じた。

そしてそのまま意識を失ってしまった。

蓮は凪のそばから離れようとはしなかった。
凪が倒れてすぐに救急車を呼び
子供たちのレッスンを別のスタッフに任せ
蓮は救急車に乗って凪に付き添った。

凪の意識が戻ったのは翌朝のことだった。

凪が目を覚ますと
しっかりと手を握ったまま
眠ってしまった蓮の姿があった。

「葉山さん…」

凪の声に蓮も目が覚めた。

「ああ良かった、意識が戻って」

ちょうどその時、看護師さんが
病室へ見回りにやって来た。

「白石さん、体調はどうですか?」

「もう大丈夫です。
 あの、私どこか悪いんですか?」

「一応検査をしましたが、先生によると
 特に異常は無いとのことです。
 念のため、今日は様子を見させてくださいね」

「すみません、お世話かけます…」

「白石さん、ここは病院ですよ。
 気にせず、ゆっくり休んでください」

看護師さんは優しく微笑んだ。

「ありがとうございます」

気づくとそこに蓮の姿はなかった。

蓮は、凪が看護師さんと話をしている間に
そっと病室を後にした。

「葉山さん」

待合室で凪の回復を待っていた美由紀が
蓮に声をかけた。

「凪が倒れたって会社に連絡をくれたの
 葉山さんですよね?
 非通知みたいだったけど」

「はい」

「急いで駆けつけたらあなたがいたから。
 凪のこと、ありがとうございました」

「たまたまその場にいたので」

「葉山さん、少しだけお時間いいですか?」

美由紀は、凪が蓮のことで
他の相談者から苦情が来たこと、
それによって担当を外され、仕事や
蓮の言動に悩みを抱えていたことを話した。

「そうでしたか…」

それからというもの、
蓮は結婚相談所を退会し、
凪の前に姿を現すことはなくなった。

「あのー葉山さんってご結婚されたんですか?
 もう一度お会い出来ないかなって思って来たら
 さっき別のアドバイザーの方から退会したって
 聞いて。私ねらってたんですよー。
 葉山さん、イケメンで紳士だし
 本当に退会しちゃったんですか?」

「事情は分かりませんが、ご本人から退会すると
 の申し出がありましたので」

「そうですか…」

美由紀は蓮が退会してから
彼ねらいの相談者たちの対応に追われていた。

「凪ー、仕事もう終わり?
 久しぶりにご飯食べに行かない?」

「うん、いいよー」

「体調はどう?」

「うん、もう大丈夫!」

「葉山さんって本当にモテるよね。
 退会してしばらく経つのに
 今日も葉山さん狙いの相談者さんから
 問い合わせあってさー」

「そうなんだ」

「あのね、凪。葉山さんのことだけど、
 凪が倒れた日…」

「病室で私に付き添ってくれてたよね」

「知ってたんだ」

「うん」

「ごめん凪!実はあの日、葉山さんと話をしたん
 だ。私、もうこれ以上凪に関わらないでほしい
 って言っちゃった。葉山さんが退会したのもそ
 れが原因かもって…」

「美由紀が謝ることないよ!
 むしろありがとうだよ。おかげで
 あの人と会うこともなくなったし
 心配事が減ったよ」

美由紀と夕飯を食べた帰り道、
凪は何となく蓮のことを思い出していた。

そして気づけば凪は、あのテニスコートにいた。
蓮が子供たちにテニスを教えていた場所だ。

ふと振り返ると、蓮によく似た人物が
道を渡ろうとしているのが目に留まった。

凪は道を渡るその人を呼び止めようと
とっさに車道に飛び出してしまった。

「危ない!」

誰かに腕を掴まれ、凪は歩道へと引き戻された。

「えっ、葉山さん…?」

「何してるんですか⁉︎死ぬところでしたよ!
 えっもしかして俺のせいで
 本当に死ぬ気だったとか…」

「ちょっと落ち着いてください!」

「落ち着いていられる訳ないでしょう!大事な人
 が目の前で車にひかれようとしたんだから。む
 しろ、何で白石さんは、そんなに落ち着いてい
 られるんですか⁉︎」

「私、あなたに似た人を見かけて
 思わず声を掛けようとして。
 体が勝手に動いてて…」

「えっ…?」

「二回も助けられちゃいましたね。
 この前はちゃんとお礼を言えてなかったし。
 本当にありがとうございました」

「そんな、お礼を言われるようなことは何も。
 そもそもどっちも俺のせいだし。
 それに、柳さんから聞きました。
 俺のせいで白石さんに迷惑かけてしまって
 本当にすみませんでした!」

「はい…正直、迷惑でした」

「ですよね…」

「だけど、その迷惑のおかげで私は
 あなたの優しさに触れることが出来ました。
 今日だって、気づいたらあなたの事探してた」

「それって…」

「これって ″恋″  ですよね?」

蓮の顔は真っ赤だった。
凪は、そんな蓮の頬にそっと手を添えた。

「私と結婚を前提に、
 おつき合いしてもらえますか?」

「はい、もちろんです!」

蓮も、頬に添えられた凪の手を優しく包んだ。


おしまい𓍯


最後まで読んで頂き
ありがとうございますᵕᴥᵕ


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