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【中編小説:連載】いにしえの彼方に エピソード1

#小説 #フィクション #短編 #中編小説 #ショートストーリー #ファンタジー #茶室 #茶道 #浦山 #大学 #茶道部 #大学

毎月1日は小説の日という事で、
本日もつたない小説を掲載いたします。
今回は多分2万字を超えるので、流石に一回で
お伝えするのは、読んでいただく皆様の事を
考えていないと思いまして、数回に分けて、
投稿いたします。
お時間のある時にお読みください。

エピソード1は約7千字です。

いにしえの彼方に エピソード1

茶道の家系に生まれて

南の空が薄らと、
明るく光っているように感じた。
午前二時、
ヒカリはベッドから起きだして、
カーテンを開けた。
光の余韻が南東の山の頂上に残っていた。

「学校の裏山だ」

光はそうつぶやいて、
階段を下りてリビングに行った。
彼女の母ミツコがリビングのカーテン越しに、
同じ方角を見つめていた。
いつもとは違う真剣な表情が伺えた。

「お母さん、山、光っていたよね、
私の学校の裏山・・・見ていたでしょ・・・」


ミツコはゆっくりと振り返ると

「そうかしら、
お母さんには見えなかったわよ、
あなた寝ぼけていたんじゃないの、
まだ早いから二階で休みなさい」

そうヒカリをたしなめた。
彼女は反論しようとして言葉を飲み込んだ。

「もう一眠りするわ」

そう言って自分の部屋に戻った。
ヒカリは母の態度が気になっていた。
何か隠しているような、
悩んでいるような、
今まで見たことのない表情だった。
彼女はもう一度、
光を失った南東の山をじっと見つめていた。

太陽が昇るにはまだずいぶんと時間があった。
太陽の光が何かに反射して
光っていたわけではない。
ヒカリはじっと裏山を見ていた。
やがて東の空が明るくなりはじめていた。

ヒカリはデイバッグに荷物を詰めると
自転車で家を出た。
ヒカリの家から女子大学までは
自転車で約10分くらいの距離にあった。
ゆるい登り坂を息を切らしながら
ペダルをこいで進んで行った。

学校が見えてきたあたりで、
サエコが歩いているのが見えた。
サエコは学校の近くにある、
ローカル線の駅から歩いている途中だった。

「おはようサエコ」

ヒカリは元気よくサエコに声をかけた。

「いつも元気よね、ヒカリは」

ヒカリは自転車を降りてサエコと歩きだした。

ヒカリはサエコの言うように、
いつも前向きで快活な女性だった。
ヒカリの実家は母親が茶道教室と
茶房を開いていた。
気軽に抹茶をたしなんでほしいという想いから
3年前に茶道教室を縮小して茶房を開いたのだった。
ヒカリも小さな頃から茶道を学び、
高校生の時は母親の茶房で、
アルバイトをしていたので
人と接するのが好きなタイプだった。
そんな関係もあり、ヒカリは学校で
茶道部に所属していた。

サエコもまたヒカリと一緒に茶道部にはいった。
ヒカリは真剣に茶道と向き合うために、
大学へ進学するにあたって、
背中まであった髪をバッサリとカットしていた。

「それにしても髪もったいない」

高校時代からの友人のサエコが言った。

「いいのよ、また伸びるし」

ヒカリはサバサバした声で言った。

「まぁそうね、
それよりも隣の学校にカッコいい人いなかな」


サエコは目をキラキラさせて言った。
ヒカリの通う女子大の隣には工業大学が建っていた。
東側の小高い山を背に並んで建っていた。
ヒカリが昨夜光っていると感じたのは、
この二つの大学の裏山だった。

春のお茶会準備

茶道部は毎年春と秋に地元の方たちを招いて、
お茶会を開いていた。
近所の子供、お爺さん、お婆さん等を招いて
おもてなしするのが茶道部の活動だった。
東の裏山の頂上は100畳程の広さがあり、
8畳程の東屋が建っていた。

毎年この東屋でお茶をたて、
芝が植えられた広場でお茶を楽しんでもらう
そんなイベントを開いていた。
新入部員が入るとすぐに春のお茶会があるため、
皆ピリピリと準備をしている最中だった。

「いまからテストを行います」

学校の中庭にあるお茶室に一年生が集められた。
5月の連休返上で先輩たちが新入生に
お茶の作法などを教えていた。

「テストってなんのテストですか?」

ヒカリの同級生サエコが聞いた。

「お茶室に集められてテストって言ったら、
お茶のたて方のテストに決まっているでしょ」


4年生のユウコが言った。
1年生はみな苦笑いをしていた。
ユウコは4年生で茶道部の部長だった。

ヒカリ達は順番にお茶をたてた。
新入生は10名程、
茶道部は4年生も入れて30名程だった。
全員がお茶をたて、
部長のユウコをはじめ先輩たちが次々に
お茶のチェックを行った。
どこをどう評価し何のためのテストなのか
知らされないままだった。

「今から裏山行きます」

 お茶のテストが終わってすぐの事だった。
ユウコが部員全員を集めて言った。

「えーなんで今日ですか・・・」

1年生の部員から不満の声が漏れた。

「お茶会を安全に行うためのチェックよ」

ユウコは優しく部員たちに話した。
部員たちはしぶしぶ裏山を登りはじめた。
裏山は女子大と工業大学の間の細い道を
ひたすら登っていく。
女子大側にはケーブルカーの設備があるが、
お茶会本番の時しか動かさないと
部長のユウコが部員に説明した。
そんな事もあって、
要所要所確認のために自分たちの足で
登る事の意味を淡々と語った。

「ヒカリ・・」

山道を登り始めてすぐだった。
部長のユウコが最後尾のほうに居る
一年生の方へ向かって言った。

「ヒカリは私のそばに居て・・」

ユウコがヒカリを自分の傍に居てと言った。
ヒカリはわけがわからないまま、
先輩の言いつけなので、
最後尾から先輩たちの群れをかき分けて
先頭のユウコの傍に行った。

「あの、何か」

ヒカリは何か悪い事でもしたのかと思い、
おそるおそるユウコの顔を覗き込んだ。
ユウコはそんなヒカリを察して

「なんでもないわ、ただ私のそばで、
私の助手みたいな事をしてほしかったの、ごめんね」


ユウコは優しくヒカリに行った。
3年生と2年生はザワザワとしていたが、
ユウコが山を登り始めると、黙ってついてきた。

山道は1mあるかないかくらの幅で、
砂利だったり泥だったり、かなり足がとられた。
道の周りは草などが生え始めていた。

「虫とか、蛇とか、熊とか出たりして」

ヒカリの後ろのほうで先輩たちが
またザワザワとしていた。
それでもヒカリは黙って
ユウコについて行った。
ユウコの腰につけられた熊よけの鈴が
カラン、カランと心地よいっリズムを刻んでいた。

「ユウコさん、頂上までどのくらいですか?」

ヒカリはおそるおそる聞いた。

「ユウコは前を向いたまま、30分くらいかな」
と言った。
「30分ですか」
ヒカリはため息交じりに言った。

ユウコは少し笑っているようだった。

「ちょっと滑るから気を付けてよ・・・」

ユウコが全員に聞こえる大きな言った瞬間だった

「きゃ・・」
と言ってサエコが最後尾で転んだ。

「ほら気をつけてって言ったじゃない」

ユウコはあきれた顔をしてサエコを見ていた。

茶道部のメンバー30名は
一列になって山道を登っていった。
途中鉄道のレールみたいなものが見えた。
ヒカリは部長のユウコにたずねた。

「ユウコさん、
 あの鉄道のレールみたいなものは何ですか?」

「あ・・あれね」
とユウコ
「あれは、5月の終わりに開催される春のお茶会の時、
 お客様を運ぶケーブルカーのレールよ」
「ケーブルカー?」

ヒカリが聞き返した。

「そう、私が入学した時はもうあったから、
 何年前に造られたかわからないけど、
 隣の工業大学の学生たちが、
 造ってくれたって話は聞いた事があるわ」


ユウコは話しながら時々見える
ケーブルカーのレールを見ていた。
ヒカリは学校の裏側にそれらしき乗り物が
あった事を思い出していた。
古びた箱にしか見えなかったが、
あれがケーブルカーだったのだと思った。

ケーブルカーの故障

「わー大変」

突然ユウコが大声をだして立ち止まった。
一列で登ってきた茶道部のメンバーは
先頭のユウコが立ち止ったので、
前の人とぶつかりそうになりながら、
なんとか全員止まった。

茶道部のメンバーは、
皆何が起きたのかとざわざわと話し出した。
そんな騒ぎにはかまわず、
ユウコはスマホを取り出すと電話をかけはじめた。

〈・・・あ・・あの・・沢木学長大変です。
 ケーブルカーのレールが曲がっています。
 このままでは脱線してしまいます。
 どうすればいいでしょう・・・〉


ユウコは相当あわてた口調で
女子大の沢木レイコ学長と話をしていた。

〈まぁまぁ・・それは困りましたね。
 昔のように春のお茶会はお客様に歩いて登って
 もらいましょうかね〉


とレイコ学長

〈そんな事、近所のおじいちゃんやおばあちゃん達
 を招待するのに、ケーブルカーが無いと困りますよ〉
〈そうですね・・みなもう足腰弱ってますしね・・
 なんとかならないか考えてみましょうかね〉


レイコ学長はおっとりとした口調で
サエコを諭すようにゆっくり喋ってる

〈学長お願いします〉

ユウコは話し終えるとはぁはぁと息をしていた。
一度深呼吸すると茶道部のメンバーに向かって話だした。

「みんな聞いて、
 このケーブルカーは春と秋のお茶会に、
 近所のおじいちゃんおばあちゃん達を
 招待するために使う大事な乗り物なの、
 でも今ここに見えるレールは曲がっていて、
 このまま動かしたら脱線しかねない。
 みんなの知恵と力をかして」


ユウコは熱く語った。
また茶道部の中がザワザワと騒がしくなっていた。
女子大はお嬢様学校なので、
機械に詳しい女子生徒は居ないようだった。

「あのー修理とかできないですか?
 これって隣の工業大学の方が
 造ってくれたんですよね、
 だったら世代は変わっても
 修理できるんじゃないですかね」


ヒカリが言った。
3秒の沈黙・・
ユウコが何かひらめいたような顔になった。
直ぐにスマホを出して電話をかけはじめた。

〈もしもし・・ケンジ・・大変・・
 すぐに裏山へ来て・・〉
〈どうした・・なんかあった〉


とケンジ

〈いいからはやく・・
 どうせ学校でウダウダしているんでしょ〉
〈うだうだは失礼だな、まぁじゃー行ってやるよ・・
 そのかわり今日の夕飯おごりだからな〉
〈わかったわよ・・とにかく早く来て〉


10分後、
遠くからかん高いエンジン音が聞こえてきた。
やがて、だんだんとその音は大きくなってきた。
エンジン音が近くなるにつれて、
それが1台ではなく2台の音だとわかった。

青白い煙とオイルの焦げた臭いが近づいてきた。
茶道部のメンバーは一斉に山道の脇にそれた。
その中を2台のバイクが駆け上がってきた。
そのバイクには、
ライトもナンバープレートもついていなかった。
モトクロスで使う小型バイクのように見えた。

「おまたせ」

バイクからノーヘルメットの男子学生が下りてきた。
後ろについてきた学生もバイクのエンジンを切り
バイクを叢へ倒した。

「バイクで来たの??」

ユウコがあきれた声で言った。

「だってここ登りきついし」

ケンジが応戦した。

「あ、こいつ3年のマサキ」
ケンジがユウコに紹介した。
「どもです」

マサキも軽く会釈した。
マサキがちょっとだけヒカリを見た。
ヒカリは一瞬ドキっとしたが
何気ない態度でやりすごした。

「まぁいいわ・・ねぇここ見てよ」

そう言ってユウコがケーブルカーのレールを指さした。

「まぁずいぶん曲がっていますねー」
「他人事じゃないのよ」

ユウコがマサキの態度に少し腹を立てた口調で言った。

「困っているの、わからない」
「で・・どうしろと・・」

「なんとかならないか?
 直せないか?なんとかしてほしいの」


しだいにユウキは泣きそうな声になっていた。
そんなユウコをよそ目に、
ケンジはマサキの方をちょっと見た。
マサキもケンジの方を見た。
二人はアイコンコンタクトしているようだった。
1秒、2秒、ケンジの顔が
今までのふざけた態度から変わり、
真剣な表情になった。

「マサキ、戻ってあれ持ってきてくれ」

ケンジはそう言うと、右手を握り左右に動かした。

「了解です、あれですね」

そういうとマサキは倒してあったバイクにまたがり
エンジンをかけて山を下っていった。

カン高いバイクのエンジン音と
青白い煙だけがあたりを包んでいた。

「ねぇ何?」

ユウコが右手を左右に動かした。

「まぁ見てのお楽しみさ」

そう言うとケンジは笑った。

悠久の広場へ

ヒカリ達は一旦山の頂上へいく事にした。
春のお茶会に向けて、まだトラブルが無いか
確認するためだと部長のユウコが促したからだ。

部長のユウコは山の中腹で
マサキを待つらしい。
ユウコはヒカリに

「ほかにトラブルはないか、
なんでもいいから気づいた事を報告して」


そう言った。

ヒカリは不思議に思っていた。
2年生も3年生も居るのに、
なぜ自分にその大役を任せるのか?
なぜ先輩たちは何も文句を言わずにいるか?
彼女は考えながら山を登って行った。

熊よけの鈴だけがリンリンと山の中にひびいていた。

「わー綺麗」

サエコが言った。
全身泥だらけのサエコがヒカリに寄ってきた。

「ちょっとその泥落としたら」

サエコははっと気づいて、
両手で泥を落とし始めた。
たいして綺麗にはならなかった。


山の頂上は広い広場のようになっていた。
およそ100畳くらいの広さがあった。
広場全体は芝になっていたが
まだ茶色い部分が少し残っていた。
春のお茶会までには全て、
緑の絨毯に変わるだろうと予測された。
その中心に8畳程の東屋ひっそりと立っていた。
中には椅子もテーブルもない。
ただお茶の湯を沸かす炉のような仕切りはあった。
昨年の秋のお茶会で火をおこし、
お湯を沸かした後のような灰だけが残っていた。

ヒカリは更にあたりを見回した。
広場の周りには山桜の木が植えてあった。
理路整然と山桜が植えてあった。
おそらく先人達が人手で植えたのではと
思わせる山桜の木々は百本程植えてあった。
なんとなく歴史を感じさせる風が吹いているように
ヒカリは思った。

「水・・水」

サエコが騒いでいた。

「水道なんてないわよ」
「あるわよ・ほらそこ」

サエコが東屋の横を指さした。
そこには手漕ぎポンプの井戸があるようだった。
古びた手漕ぎポンプのようだったが、
手入れがされていて黒光していた。
サエコは自慢げに井戸に行きポンプを漕いだ。
しかし何度こいでも水は出なかった。

「残念でしたね」

ヒカリがそういうと
茶道部の先輩たちが持ってきたペットボトルの水を
手漕ぎポンプの中に入れだした。
普通のペットボトルより大きめの焼酎か何かが入っていた、
取手付の5リットル程のペットボトルを
手漕ぎポンプの上から中に注ぎはじめた。
サエコとヒカリはぽかんとその光景を見ていた。
茶道部の先輩たちが変わるがわる
ペットボトルの水を足しては、
手漕ぎポンプをこいでいた。
やがてゴウゴウいいながら水が溢れはじめた。

「出た・・」

サエコが思わず叫んだ。

「すごいすごい」

ヒカリも叫んでいた。
いつの間にか茶道部員の歓声が山一杯に広がっていた。

「この水おいしい」

ヒカリが一口井戸の水を飲んで言った。
茶道部の先輩たちは空になったペットボトルに
水をくみはじめた。

「この水どうするんですか?」

サエコが先輩に聞くと

「この水でお茶をたてるのよ、
 とっても美味しいお茶になるわ」

そう先輩が応えてくれた。
この井戸水だけ、軟水の値が30くらいで中性なの、
だからお茶に適していると教えてくれた。

ヒカリは東屋の状況、広場の芝や草の状況、
井戸の様子等、スマホのカメラで撮影した。

「まだ山桜咲かないね」

そういうサエコに

「春のお茶会あたりが満開らしいって
 先輩達が話してたよ、桜楽しみだね」

ヒカリは言った。
春のお茶会の話は母や祖母から聞もいていた。
ヒカリも小さい頃は祖母に連れられてきた
記憶があった。
祖母は昨年の秋、想い出と共にこの世を去った。
息を引き取る枕もとでヒカリの手をにぎり

「あの桜が見たかったね・・・、
 ヒカリちゃんあとは頼んだわよ」


そう言って眠るように逝った。
あのときの祖母の言葉にどんな意味があったのか
わからないが、祖母の代わりにこの桜を見るために
ヒカリは茶道部にはいった。

〈おばあちゃん、今年は私がたてたお茶飲んでね〉

新緑の広場にぽっかりとあいた青空を見上げながら
ヒカリは心の声で叫んでいた。
そこにまるで祖母がいるかのような
温かい風がヒカリを包み、
やがて木々を揺らして通りすぎて言った。

エピソード2へ続く。

本日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。
皆様に感謝いたします。

エピソード2

エピソード3

エピソード4






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