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【短編小説】永遠のレールウェイ

#短編小説 #ショートストーリー #フィクション #診療内科 #クリニック #永遠のレイルウェイ #精神科医 #ファンタジー #クラブ #銀座
#国分町 #仙台 #磊々峡

毎月1日は小説の日という事で、
本日もつたない小説を掲載させていただきます。
本日は約12000文字です。
お時間のある時にお読みください。

新幹線

おばさんと言うには失礼な年代に見える。
それでも僕よりは少し年上の女性である事は
なんとなく感じられる。
そんな雰囲気を彼女はまとっていた。

ショートカット、
シースルーのレースの白いブラウス。
二の肩が透けて見えている。
セミロングのスカート。
タイトとまではいかないが、
足を組み替える余裕がある程のスカートだった。

彼女は車窓に映る自分の顔を見ては、
暗い表情になったり。
一瞬ほほえんで見たり。
左手に指輪はしていない。
ただ、左手にはめた
ツイードのシャネルボーイフレンドだけが
違和感を放っていた。

僕は通路を挟んだ反対側の席で
パソコンに向かっていた。
けれど、どうしても彼女の事が気になり
ちらちらと彼女を見ていた。

東京発仙台行はやぶさ47号
5号車のA10に座っていた。
東京で学会に出た後は、できるだけ早く
帰りたいと思っていた。
けれど21時台のはやぶさに乗るのがやっとだった。
新幹線の中がオフィス代わりとなり、
僕は残された課題や残務をこなしていた。

そんな僕の目に飛び込んできた彼女が
だんだんと気になっていた。

色付けされた感情

僕には特殊能力があった。
それは、人間が色分けで見える事だ。
幸せな人は黄色やピンク
何か影や悩みがある人はグレーや黒
そんな具合に見える。
グラデーションがかかっていたり、
凄く色が薄かったり。

能力に気づいたのは、子供の頃だった。
父親が経営する小さなクリニック
待合室が僕の遊び場でもあった。
絵本を読んだり、おもちゃで遊んだり。
みな顔見知りの患者さんには、
かわいがってもらった。

そのうち、患者さんが色で見えるようになった。
ある時、顔見知りのおじさんが亡くなった。
奥さんがクリニックに挨拶に来た。
僕はその時父親に、

「おじさんの灰色だんだん薄くなってたね」

そう言ったようだ。
父親はビックリして僕を見た。
おじさんは、ステージ5の癌だった。
そのおじさんは、病院のベッドで死ぬことを拒み
父に薬をもらいに来ていた。
それから僕はいろいろな精密検査を受けたが
体の異常は認められなかった。

17歳の頃には、人の感情の起伏も
色と濃淡で見えるようになっていた。
僕の中には意識しなくても人の感情が流れ込み
時にはその不の感情に当たりすぎて寝込む時もあった。

やがて父親もおじさんと同じ色になり、
だんだんと薄くなっている事に気が付いた。
僕は思い切って父親に利いた。

「もしかして」

父親はそこで僕の言葉を遮り

「見えるんだもんな、ごまかせないない」

そういうと、自分もステージ4の癌である事を
話してくれた。

「このクリニックは私一代でいい、お前は好きな事やりなさい」

母親を早くに無くし、自分を育ててくれた父親の言葉は重かった。

「継がないかもしれない、けど、医学部には行くよ」

そういった時、父親は少しだけ嬉しそうにほほ笑んだ。
父親は僕が24歳の年に亡くなった。
必然的にクリニックは閉院した。
けれど、思い出が詰まった。待合室を見ると、
売る気にも、人手に渡す気にもならず。
そのままにしてあった。

不の感情

僕は、少しうとうととしていた。
パソコンの画面は開いたままで、
指が触ってしまったのか、変な文字が羅列していた。
一旦パソコンを閉じて、少し仮眠する事にした。
少し空腹を感じて、考えると、
今日は何も食べていない事に気が付いた。
何も買わずにやまびこへ飛び乗った事を、
少し後悔していた。

目覚めると、彼女はまだ同じ席に居た。
彼女の色は濃いグレーと濃紺が混ざり合って、
ぐるぐるしているように見えた。
僕の患者にも同じような女性が居たことを
思い出していた。

この患者は自殺願望があり、家族に黙って、
ふらっと旅に出て、自分の死に場所を探している
女性だった。
僕の脳裏にあの時の女性が蘇った。
結局僕は何もできず、自殺を止められなかった。
決して贖罪の念ではないが、いま目の前に居る女性も
放っておけない衝動に駆られていた。

名刺

僕はノートパソコンを鞄にしまうと、席を立ち
彼女の方へ歩み寄った。
彼女は窓に映る僕を見て、こっちを向いた。
よく見ると、ショートカット、目の大きさ、
唇の色等、バランスの取れた顔立ちで、
美人と呼べる範囲に入る女性だと思った。

「あの、何か?」

「少し具合が悪いのではないかと思いまして」

そう言って、僕は名刺を差し出した。

「間宮クリニック、間宮昌希先生」

彼女は名刺を読み上げた。
こういう時、医者の名刺は功を奏す。
彼女は不思議そうであるが、それでも笑顔を見せた。

「あ・いい香り」

彼女は僕の名刺を鼻もとでゆらゆらさせていた。

「今日はラベンダーが折りこんであります」

僕は彼女の言葉に、正直に答えた。

「素敵ですね、先生はいつもそうやって女性に声を
 かけて口説いていらっしゃるのですね、これを使って」

そういうとまた名刺をゆらゆらさせた。
彼女が冗談で言っているのは、顔の表情で解った。

半分当たり、と言いたい所だったが、
その言葉は呑み込んだ。
ただ彼女の濃いグレーと濃紺の色に少し紫が入った。
僕がラベンダー効果と思っている現象が彼女にも起きた。
彼女は、まだ救えるかもしれないという想いが、
より一層大きくなった。

「そんな事はありませんよ、僕は貴方が心配なだけです
 ちょっと脈を測っていいですか」

そう言うと僕は彼女の隣に座り、彼女の右腕をそっと持ち上げ
脈を測った。

「90くらいありますね、ちょっと早めです。そして手が冷たい」

「先生、白衣を着ていない男性に手を持たれたら、
 誰だってドキドキしますよ」

そういうと少し顔を赤らめた。
彼女の紫色が少し多くなるのが分かった。
僕はそのまま彼女の隣に座り、
他愛もない話をした。
好きな食べ物や、好きな動物や
占いの話等をした。

やまびこはあっと言う間に仙台駅のホームに滑り込んだ。
僕と彼女はやまびこからホームに降りた。
彼女も仙台に来たらしい。

「これからどちらへ行かれるのですか?」

僕の問いかけに彼女は

「秘密です」

そう言ってほほ笑んだ。

「では名前だけでも教えていただけますか?」

この問いに、彼女は少し迷いながら

「あゆみ・西城あゆみです」

そうはっきり言った。

僕らはホームから改札口へと移動して
改札口で別れた。
別れ際に僕は、

「何か困った事があったら、電話してください
 ラベンダーの名刺に電話書いてありますから」

そういうと、彼女は微笑えみながら会釈をして
歩き出した。
黒のセミロングスカートを少し揺らしながら
それでも足取りはしっかりしていた。
彼女の紫色がよりいっそう濃くなっていた。
ただ、濃いグレーと濃紺に変化はなかった。

再開

僕は仙台駅に停めてある自分の車まで歩いた。
医者という職業柄、皆ベンツかBMにでも乗っていると
思われがちだが、僕は国産のマツダに乗っていた。
少し小型のマツダは、パーキングでじっと主人をまっていた。

少し空腹を覚えたが
23時を回っているで主要な飲食店は開いていない
朝の新幹線でも弁当を買い損ねた。
本当に今日は何も食べていない事になる。
僕はそんな日もあるさと思い、車を走らせた。

海沿いの小さな港から、少し入った所に、
間宮クリニックは立っていた。
父親が亡くなってから、大学卒業、大学院、インターン
国家資格取得するまでの7年間は空き家になっていた。
地元に戻る時は、ここに住もうと思っていたので、
それを今実行している。

間宮クリニックは二階が住居で、
僕はここで一人で住んでいた。

いつの間に眠ってしまったのか
僕は昨日のワイシャツのままソファーで目覚めた
携帯がブルブルと震えていた。
時計が朝9時になろうとしていた。

「はい」

僕は短く答えた。
電話がクリニックではなく、携帯の場合
登録されている電話番号以外は<はい>としか
答えない事にしていた。
いたずらや、怪しい電話を防ぐためでもあった。

「わたくしグランドホテルのマサキとお申します。
 間宮先生のお電話で間違いないでしょうか?」

電話の女性は明瞭な発音と適度な音量で、
ゆっくりと落ち着いた声でしゃべった。

「間宮は私です」

僕は短く受け答えした。

電話口のマサキと名乗る女性は、少しほっとした声になり

「お客様の、西城あゆみさまが、少し気分がすぐれないので
 間宮先生に電話してほしいと言われまして」

僕はしばらく考えた。
その場で電話を替わってもらう事もできた。
けれど、彼女の事が気になっていた。
なんだか無性に会いたい衝動にもかられていた。

「わかりました。50分程かかりますが、伺いますとお伝えください。
 あと西城あゆみさんは、連泊ですか?」

「ありがとうございます。ではお待ちしております。
 西城あゆみ様は、夕べから月曜日の朝まで4泊で
 承っております。」

丁寧な受け答えがかえってきた。

僕は10分で着替えた。
今日は金曜日だが、クリニックの予約は入っていない。
毎日が日曜日のようなものだ、彼女の処へ行っても問題ない。

僕はマツダに乗ってグランドホテルへ急いだ。
高速では、多少オーバースピードだったが、
自分でも逸る気持ちを抑えられなかった。

自殺願望者と決めつけているわけではないが
大体の場合、体や心からSOSが出る。
そのSOSをキャッチし損ねると、最悪の事態になる。
僕は何度か嫌な思いをしていた。
なので、すぐにでも彼女の顔と彼女の色を確認したかった。
それともう一つ僕の中で単純に会いたいという感情が
ある事を認識していたが、僕は彼女を救うほうの気持ちを
優先して、マツダを走らせていた。

電話をもらってちょうど40分で、
グランドホテルの駐車場へたどり着いた。
僕は小走りにロビーへ行った。

フロントカウンターで

「先ほど電話いただいた間宮です」

少し息をきらしながら、そういうと

「あちらでお待ちです」

フロントカウンターの女性が、ウエイティングソファーを
手のひらで指示してくれた。

僕は促されるまま、
ウエイティングソファーのほうを向いた。
彼女は僕のほうを向いて、
そっと微笑んでいるかのようだった。

クリニック

「昨晩はどうも、こんなに早く再開できるとは
 僕はラッキーなのかな」


少しおどけて、冗談チックに彼女に歩みよった。

「ラベンダーの先生、お呼びだてしてしまって、ごめんなさい
 クリニックお休みさせてしまったかしら」

「大丈夫ですよ、
 今日はあなたの予約を入れてありますから」

「ま・・お上手なのね」

「それより具合が悪いようですけど、大丈夫ですか?」

「少しめまいがして、朝起き上がれなかったものですから
 先生のラベンダーの名刺が気になって、
 ホテルの方にお電話していただいたの、
 でも、来て下さるなんて思ってなくて、とっても嬉しいわ」

彼女は昨日よりは少し落ち着いた様子に見えた。
僕は神経過敏になり、鳥越苦労をして、
彼女の顔を見にきたのか?
ただそれだけの感情だったのか?
僕の自己探求と自問自答が始まった。
しかし、今は彼女を救うほうを優先したはずだと
思いとどまり、僕は彼女と向き合った。

「気分転換に少し出ましょう」

僕はそういうと、彼女を促して、ホテルの外へ出た。
駐車場にはマツダが止めてある。

「ドライブでもしましょうか」

そういうと彼女をマツダの助手席に乗せた。

僕はスタートボタンを押して
マツダを駐車場から出した。

「医者だからベンツにでも
 乗って迎えに来るとおもいましたか?」


僕は笑いながら訊いた。
彼女は無言で前を見ていた。

沈黙は嫌いなほうだが、今日は話が続かなかった。
僕は彼女の方を少し見て、色を確認した。
まだ変化はない。
大丈夫、救える。
そう思い、車を走らせた。

やがて彼女は小さな寝息を立てて、
助手席で眠ってしまった。

40分で、間宮クリニックの前に着いた。
車が止まると。

「あ、間宮クリニック」

入り口のドアに書いてある文字を彼女が読んだ。

「少し眠れましたか?」

僕の質問には答えず、彼女がしゃべりだした。

「先生、内科、小児科って書いてあります」

どこか安心した口調で彼女は言った。

僕は彼女をクリニックの中に招きいれた。
すると彼女がまた驚いた眼で僕を見た。

「先生、中はピカピカじゃないですか
 待合室もリクライニングのソファーがあるんですね」

ただ彼女の言葉はそこで止まった。
診察室ではなく、カウンセリングルームと書かれた
部屋のドアを見たからだ。

「だましているわけではありません、
 僕は精神科医なので、
 診察室はカウンセリングルームなんです。
 ただ貴方だけではなく、外観が昔ながらの病院を
 みると、なぜかほっとした気持ちになるようなので
 外観は父親の代からのままです。」

「そう、先生は精神科医さんだったんですね
 だから私の事が気になった」

僕は静かにうなづいた。

彼女をカウンセリングルームの
リクライニングシートに座らせた。

彼女は少し考えているようだった。
僕は彼女の言葉を待っていた。

3分は立たないくらいの時間
彼女は話だした。

「先生、こうやって出会ってしまったのも
 何かの縁かもしれませんね、
 私を診ていただけますか?」

「もちろんです。
 そのつもりであなたをここへお連れしました。」

僕は彼女の色が見える事は言わなかった。
ただ、濃いクレーと濃紺と紫の中に
少し黄色いラインが交りだした。
彼女は何か変わろうとしているのかもしれないと
思った。

カウンセリング

僕はレモングラスのお茶を入れた。
本当は投薬が必要なのかもしれない。
けれどクリニック内での投与はできないので
少しでも落ち着かせるために、レモングラスの
お茶を入れた。

クリニックに訪れる患者さん達は、
いろいろな悩みを抱えていたり、
とっても疲れていたりする。
僕はその時の症状に併せて、ハーブティーを
入れる事にしていた。

僕がカウンセリングルームに入ると
彼女はリクライニングシートに座り
くつろいでいる様子だった。

「先生、この部屋いい香りがしますね
 ローズですか?」

僕は彼女を見て静かにうなづき
レモングラスのお茶を差し出した。

「この部屋はローズアロマを焚いています。
 ハーブティーをどうぞ、すこしお話しながら
 始めていきましょう」

僕はそういうと、問診票を彼女に渡した。

「嘘でも、言いです。あなたの情報が必要です。
 保険証があれば一緒にお願いします。
 無ければあとでもいいですよ」

そういうと

「ここまで来てウソを言ってもしかたないでしょ
 正直にかきますね。
 でも、このハーブティー美味しいです。
 なんか落ち着きます。」

彼女は問診票を書き始めた。
僕はそれをじっと見ていた。

名前は西城あゆみで間違いないようだ。
最初に教えてくれた名前は本当だった。
年齢は僕よりも10歳年上だった。
そして職業欄は空欄だった。
主婦なのか、それとも夜の街の人なのか
シャネルの時計を今日もつけていた。
色々と妄想妄想してしまうが、
一旦その妄想は置いておいた。

悩んでいる事は人間関係や仕事の事と書いてあった。
そして今の気持ちは案の定、
<死にたくなることがある>
とも書かれていた。

僕は問診票を見ながらどうすべきか考えていた。
その時グググーーと腹時計が鳴った。
彼女は笑い出した。

「先生お腹が空いているんですね」

時計を見るともう12時を回ろうとしていた。

「昨日から何も食べてなくて、もう12時ですから
 流石に限界なのかもしれません、西城さんは
 お腹空いてませんか」

「先生、私もさっきからお腹が鳴っているんです」

そういうとまた笑い出した。

彼女の色に混じった黄色いラインは
すこしずつ太くなっているようだった。
その分濃いグレーと濃紺もまた濃さを増しているように
見えた。

僕は二階へ上がって、冷蔵庫にある材料で
チャーハンを二人分作った。
味の決め手は出汁を使う事だ。
知り合いのシェフが教えてくれた。
それからチャーハンには出汁を使う事にしていた。

僕は卵の薄焼きをチャーハンに乗せて
カウンセリングルームへ入った。

「出かけるのも面倒なの、お口に合えばどうぞ
 召し上がれ」


そう言ってチャーハンを出した。
彼女は目を丸くしてスプーンで
チャーハンを口に運んだ。

「先生、美味しいです。
 コクが深くて、それでいてさっぱりしていて
 こんなチャーハン初めて食べました」

「本当の感情は腸がつかさどっていると
 言われているの知ってますか?
 おなかがすくとイライラするでしょ
 逆に美味しいものを食べて満腹感が得られると
 幸せな気分になったりしますよね」

「ほんとだわ、先生すごいんですね」

「僕はすごくありませんよ、そういう説も
 あると言う事です」

僕は食事の片づけを終えると
本格的にカウンセリングに入った。
直球で本題に切り込む事にした。
真実がわからなければ、対処方法もわからない。

「死にたくなることがあると
 書いてありますけどどんな時ですか?」

僕の質問に彼女は少しだまった。
そして、重い口を開いた。

「先生、本当は、
 私、死に場所を探しに来たんです。
 先生と新幹線で会うまで、
 私は死ぬつもりでした。」

感情が高ぶっているのか、彼女は
泣き始めた。
小雨はやがて本降りになり、土砂降りになった。
僕は彼女が落ち着くのをまった。

僕はレモングラスのハーブティーを
アールグレーの紅茶に変えて
彼女に出した。

彼女の涙は小雨になった。
僕は質問を続けた。

「大丈夫、貴方は死にません。
 僕が死なせませんから、安心して話してください。
 人が自ら死ぬ時は、SOSを出さずに衝動的に
 死にます。
 もちろんその前には沢山のSOSを出しますが
 誰もSOSをキャッチしてくれず、
 SOSを出すのにも疲れた時、突発的に死にます。
 貴方は、死にません。僕があなたのSOSをキャッチ
 したから、死にません。安心してください。」

僕は子供をあやすような口調で語りかけた。

ひとしきり泣いた彼女は、また話し出した。

「先生、好きでもない男に抱かれる女の気持ち
 わかりますか?」


彼女は突然切り出した。
なぜそんな質問をするのか、想像はできた。
けれど、いまその回答を答えるのは
得策ではないような気がした。

「僕はあなたではないし、貴方の好きなタイプも
 わからない、逆に嫌いなタイプも、
 だからあなたの気持ちをわかろうとはしても
 それを理解する事は、できないでしょう。
 本当に格の所は誰にも見えないし、
 そこへ他人が土足で立ち入る事はできないです。
 ただ、僕にできるのは、貴方のお腹の中に溜まった
 死にたいほどの気持ちを吐き出すために、
 どんな話でも聞く準備があると言う事です。
 良かったら、話してくれませんか?
 精神科医は患者さんと向き合い、
 患者さんが答えを出せるように寄り添うだけです。
 精神科医は、患者さんが答えを出す
 お手伝いをしているに過ぎないのですよ」


僕は優しい口調で言った。
彼女はまた何かをためらうようなしぐさを
したかと思うと、体をリクライニングシートへ
投げ出すように、深く背もたれにもたれ掛け
目を閉じた。

彼女は目を閉じたまま話しだした。

「先生、私は罪深い人間です」

そう言いうと大きな目を見開き
僕をじっと見つめた。

「先生、私は生きるために、好きでもない男達に
 抱かれてきました。そして、妊娠しました。
 けれどその命は、すぐに消されていきました。
 私は、罪を背負っています。
 人殺しと同じです。それでも先生、
 それでも生きていてもいいんですか?
 何人も何人も命を消しました。
 人殺しです。
 私は生きていたくなんかないんです。」

僕は黙って彼女が話す言葉を聞いてた。
どんな生い立ちで、現在に漂流したのかはわからない
けれど、それは辛く苦しい日々でもあったはずだ。
その全てを理解する。理解しましたというのは
偽りの言葉になってします。
僕は少なくとも、患者さんを偽った気持ちで診てきた
事は一度もない。
ただただ、救いたい、それだけだった。

彼女の濃いグレーと濃紺色は、この想いから、
造られているのだと感じた。

僕は自問自答していた。

<さぁどうする、
 安定剤の処方箋を書くことは可能だ
 けれど、それでは彼女は救われない。
 では、彼女を救う方法はあるのか?>

僕自身は葛藤していた。

死を除いて、改善へ向かわせる方法は一般的は3つ
①今の仕事も、生活も、場所も全て変えてしまう事
②投薬により、時間をかけて気持ちや行動を変える事
③彼女の心に登場する、例えばパトロンと和解して
 自由を手に入れる事。
どれも難しいが、どれもリスクはある。
ただ、死ぬよりはましだと思う。
彼女にどう提案すべきか?
どう、治療を進めるべきか迷っていた。

心のオアシス

僕が精神科医になりたての頃
お世話になっていたドクターに言われた事がある。

「自分では気づいていない事
 
自分にしかわからない事
 外面や他人からしかわからない事
 この3つの側面を患者さんと二人三脚で
 ひも解いていく事
 一緒にパズルを組立てたり、
 ピースの色や景色を塗り替えたりする事
 これが精神科医の仕事だ。
 ハイ点滴しましょうね、
 ハイお薬出しましょうねで治るはずがないんだよ」

そんな言葉を思い出していた。

僕はグランドホテルへ電話をして、
今日は間宮クリニックで西城あゆみを預かる旨を
伝えた。

僕は彼女を誘って、仙台駅まで出てきていた。

駅前の牛タン屋で焼き肌肉を食べた。
牛タンを食べている時の彼女は幸せそうな
顔をしていた。

「先生、本当の感情は腸にあるって話
 本当かもしれませんね」


そう言って笑う彼女は僕よりも年下に見えた。

「先生は、国分町とかも行かれるんですか?」

思いもかけない彼女の言葉に一瞬戸惑ったが

「よく、国分町なんて知っていますね
 たまには仲間たちといく事もありますが
 僕自身精神病なので、一人がスキなんですよ」

彼女は僕の言葉を冗談と取ったのか
ケラケラと笑った。

僕らは間宮クリニックに帰ってきた。
仙台駅まで車で30分と不便な場所にある。
お酒を飲むときはタクシーを呼ぶが、
今日はお酒は飲まないと決めていたので、
車で出かけた。
彼女もお酒は飲めそうだったが、ノンアコールで
付き合ってくれた。

僕はカウンセリングルーム2へ彼女を招きいれた。
そこはベッドルームになっている。
普段はあまり使わないが、宿泊しなければいけない
患者さんのために作ってある。
バスもトイレも、冷蔵庫に飲み物もある。
ホテル並みの設備にしてある。
少し違うのは、テレビが無い事、その代わりに
本棚があり、医学の本、小説、漫画、絵本まで
揃えてある。
そして監視カメラが付いている点と、鍵が中から
開かないようになっている。

僕は彼女に一通りの説明をして、
今夜はここへ泊るように促した。

「グランドホテルよりは設備が悪いけど
 ガマンしてもらえますか?」


そういう僕に

「先生のベッドには入れて下さらないの」

と返してきた。
僕は彼女の顔を見て一瞬戸惑った。
彼女の色に変化が無い事にも驚いた。
彼女はそういやって人生を渡ってきたのかもしれない
そう思った。

僕は苦笑いしながら

「患者さんとはそういう関係にならない事と言うのが
 父親の遺言なんです。ごめんなさい」

「私ふられちゃったのかしら」

ちょっと照れながら彼女が言った。
こういう時は、本当に10歳も年上なんだろうかと
思ってしまう。

「そうではありませんよ、貴方は魅力的な女性です。
 医師と患者の関係が解消されたら、いつでもあなたを
 奪いにいきますよという意味ですから、あまり深く考えず
 今日はお休みください、一日疲れたとおもうので」

僕は、彼女のプライドを気づ付けないように言った。

本来カウンセリングは1時間以内と決まっている。
そういう意味で、僕はすでにルールを逸脱してる。
ただ、彼女が放つ色が気になっていて、しばらく様子を
見たいと感じたから、今夜は宿泊を進めた。
一応手続き上は一泊入院という形になる。

僕は部屋に戻り
モニタのスイッチを入れた。
監視カメラは正常に動作しているようだ。
患者さんが気を使わないよう
監視カメラは目立たないようになっている。
それでも彼女はカメラを見つけて
手を振った。

死にたいと思っている人の
感情の起伏が大きい事を僕は知っていた。
この笑顔に油断して、僕は患者を死なせた事がある。
それは僕のトラウマとなって渼り着いていた。

次の朝、彼女をグランドホテルへ送っていった。
夕べはリラックスして眠れたのだろ
彼女の色が、少し変わってきていた。

僕は途中の薬局で薬を処方してもらった
重度の精神病であれば、SSRIの処方も考えたが
判断に迷う所があり、一般的な安定剤
頓服として出されるD薬を選択して処方した。

別れ際、彼女にD薬を持たせた。

「ちょっと辛いなと思ったら飲んでください
 少し落ち着くと思うので」

「先生、ありがとうございます。
 先生、私、先生のカウンセリング通ってもいいですか?」

「僕は構いませんけど、
 東京からだと結構時間もお金もかかりますけど
 大丈夫ですか?」


彼女は静かにうなづいて、薄い微笑みを浮かべた。
彼女の濃いグレーと濃紺は、少しだけ明るい色に変化して
黄色いラインがまた増えたように見えた。

彼女は月曜日の昼に間宮クリニックにやってきて
毎回1泊入院し、火曜日の昼に帰っていった。
東京でどんなやり取りがなされ、
どんな男に抱かれているのかはわからなかった。
ただ僕のクリニックに着くと、ひどく疲れた顔で
すぐに眠りこけてしまう時もあれば、
気分が良い時は磊々峡などへドライブに行く事もあった。
彼女は生きる事を選んだと思った。

月曜と火曜は彼女のために予約を入れない生活が
5年続いた。
彼女にとって、間宮クリニックが
疲れた体を癒すオアシスのような存在になっていると
感じていた。

永遠のレイルウェイ

5年間毎週通っていた彼女が
月1回に減り、2か月に1回に減った。

彼女の濃いグレーと濃紺の色は
明るい白と水色に変わり
太い黄色いラインがくっきりと見えるようになっていた。

僕はもう大丈夫だと思った。

僕は彼女に

「もうカウンセリングは必要ないと思う
 貴方は5年前から変わってきましたよ
 もう死にたい病から、前を向いて生きる事を
 決めたのではないですか」


そういうと、彼女は

「先生には、私が見えてしまうのね
 でも、その通り、もう泣かない事にしたの
 でも、先生、いつでもここへ帰ってきていいかしら」

僕は言っている意味がわからず
彼女を見ていた。

「これで、先生とは医師と患者の関係
 契約が解消されるのでしょ
 先生が前に言った、患者とはそういう関係に
 ならないという事は、患者でなくなったら
 そういう関係になってもいいということよね」

僕は苦笑いしながら
小さくうなずいた。

「でもね、先生、
 私は先生に付きまとうような女じゃないのよ
 永遠に旅する女、レールがある以上、どこへでも
 いける女。
 そして、レールを自分でひけるようになった女
 そういう女に先生が変えてくれたの、
 だから、ここは、先生は、私のオアシスなの」

彼女はそういうと
初めて僕に名刺を渡した。
そこには、
銀座で有名なクラブの名前と住所が書いてあった。
名前は西城あゆみのままだった。
名刺の裏を見て、ちょっとびっくりした。
姉妹店として国分町にお店がオープンしたらしい。
そこには、オーナー西城あゆみの名前が印刷されていた。

彼女はこの5年間、死にもの狂いで自分と戦い
自分の居場所を手に入れたのだろう。
そんな彼女の人生を思うと、
感動で泣きそうになっていた。

「先生、いつでも歓迎するわ、
 かならずお店に来てね、カウンセリング料の
 何倍もいただく事になるけどね」


彼女はそう言うとケラケラと笑っていた。
彼女の黄色いラインがまたよりいっそう太くなり
光っているように見えた。
僕はまぶしくて目を細めた。

彼女と出会って、6年目の秋がすぐそこまで
来ているようだった。

おわり

編集後記

約5日間のうちの24時間くらいを使って書けた
と思います。
遅いか、早いかはおいておいて
今回も書いていくうちにストーリーが
変わっていきました。
ドラフトからのドラフト1という具合の
出来栄えでしょうかね
再考すべき点は沢山ありますが、
とにかく月末仕事が忙しく
集中できませんでしたが、なんとか最後まで
たどりつきました。

人の感情や状況を色分けで見える
間宮昌希先生と西城あゆみとの出会いから
始まる物語
次回作を書くとすれば
「精神科医間宮昌希の憂鬱」とかなりそうですかね
10歳年上の夜の女王の生活も気になりますし
恋の行方も気になりますし
間宮先生が過去に死なせてしまった人も気になりますね
次はどんな人を言葉巧みに救うのか
楽しみではありますが・・・
まだ書く余力があれば、頑張って書いていきたいと思います。

一言だけ本部中に登場するD薬は実名を避けました。
変に乱用されてもこまりますので、
ただ、この小説が、
心を病んだ人が少しでも緩和するのならと
書いてみました。

1万字書いた時点で力尽きた感ありまして
この辺が限界かと思いながら、限界を超えていけと
自己応援、自己葛藤しながら書きました。

とにもかくにも、最後までお付き合いいただいた
皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。


サポートいただいた方へ、いつもありがとうございます。あなたが幸せになるよう最大限の応援をさせていただきます。